本日、第85回箱根駅伝 が終了しました。
優勝候補筆頭だった駒澤大学の大八木監督が戦前から名指しで警戒していた
東洋大学が初優勝を遂げました。直前に部員の不祥事で監督が辞任するなど
出場辞退が危ぶまれる危機を乗り越えての見事な結果でした。
もともと東洋大学はここ数年は毎年ダークホースと呼ばれ、実力は高かった
わけですが、結果論を承知で申し上げると、くだんの不祥事によって逆に
チームワークやモチベーションなどが高められたのではないでしょうか。
さて、日本の正月の風物詩として社会に定着した箱根駅伝。
世の中の陸上競技に対する注目度で言えば、オリンピック、世界陸上に匹敵する
大会だと思います。もしかしたら、箱根のほうが上かも。
(もちろん競技レベルはオリンピックと箱根では雲泥の差です)
あらためて今年のレースを見て、1つのコンテンツとしての箱根駅伝の完成度の
高さを再認識しました。面白いです。
そんな箱根駅伝を作り上げた背景は、間違いなくTV放送の力でしょう。
これだけの巨大コンテンツになると、周辺に巨大なビジネスフィールドを生み出します。
(計測工房もその中の1つです。箱根駅伝予選会を計測させていただいています)
そして、そのTVによる波及効果は各大学の宣伝の格好の材料となり、各大学は駅伝を
強化して箱根で名前を売ろうという方針を取ります。名のある指導者を招聘し、合宿所
や練習環境を整備し、そして優秀な高校生の争奪戦です。
(今や、全国の高校の長距離ランナーのトップクラスの9割は箱根のために関東の
大学に進学するとか)
箱根駅伝を目指して関東の大学生長距離ランナーのレベルは年々向上しており、
この年代(18歳~22歳)における1万m28分台とか29分台の選手層の厚さでは日本は
世界一かも知れません。
さて、ひるがえって元旦に終了したニューイヤー駅伝2009(全日本実業団駅伝) 。
こちらも3チームによる三つ巴レースで、アンカーのラストのスプリント勝負で3チーム
が1秒差にフィニッシュという劇的なレースを富士通が制しました。
見る者を興奮させてくれたすごいレースでした。ですが・・・
実業団チームには多くの箱根駅伝OBランナーが所属して、ニューイヤー駅伝にも
出場しています。しかし、熱心なファンの方ならご存知かと思いますが、多くの
箱根駅伝OBランナーは卒業後に伸び悩んでいます。実際にニューイヤー駅伝の
出場メンバーの5000m、1万mの自己ベストを見ても、箱根で活躍した選手の多くは
大学時代の記録のままという場合がほとんどです。
日本記録を出すとか、日本選手権で優勝するとか、オリンピックや世界陸上の日本
代表になるなどの高みまで到達することなく、ただ毎年のニューイヤー駅伝でそれなり
の走りをするだけで競技生活を終えるという箱根OBは多いです。
日本の実業団チームは企業ですから、会社名のPRのために陸上部を持っていると
いうことで、ニューイヤー駅伝がその集大成ですから、ニューイヤー駅伝で結果を
出せればチームとしての存在意義は果たしているのかも知れません。
逆に、オリンピックや世界陸上の代表になる選手は、箱根駅伝を経験していない場合
も多いです。つまり関東以外の大学卒業とか、高卒という選手ですね。
もちろん中には箱根を経験して、卒業後に実業団で成長して世界と戦えるトップ
ランナーになった選手もいます。(北京五輪マラソン代表の中国電力の尾方剛選手
と佐藤敦之選手などそうですね)
しかし、そういう選手はほんの一握りです。
多くの箱根駅伝ランナーは、箱根駅伝が競技生活のピークになってしまっているのが
現実です。それが良いか悪いかは、色々な見方があると思います。
私は、箱根駅伝の価値は充分に尊重すべきであると認識しつつも、アスリートとしての
競技人生のピークは箱根駅伝になるべきではないと思っています。
ただ、現在の構図の中では、個人として何らかの意味で卓越した選手だけが箱根駅伝を
越えていけるが、周りの環境に流されていく選手では箱根を越えられない(=アスリート
としてのピークを箱根駅伝で終えてしまう)という傾向が変わっていくことは難しいのかも
知れません。
結局のところ、「箱根駅伝がお金を生み出す」というところで構図が出来上がってしまって
いるので、ある意味で資本主義が現在の箱根駅伝を作ったとも言えるかも知れませんね。