朝、Boti村に行くための4駆とガイドが着ている予定であった、が、やっぱり簡単にいかない。三菱の四駆が来ていたが頼んでおいた英語のガイドがいない。ホテルオーナーのThomasに問い質すと「この運転手がよく知っている、ガイドもできる、英語はできないがあなたのインドネシア語であれば問題ない」えええ?勘弁してくれええ。。。でもいないものはどうしようもない、行くしかない。一日の契約で1Jt。8時すぎにとりあえず出発。Soeの町を過ぎてすぐに地方道に入りまたしてもTwisted Road、最悪の道です。Boti村までの途中、歩いている人たちが何組もいた。道は悪路だけではなく山の尾根に道が走っているところもあり、崖で両脇が切れ込んでいる場所もあり怖いのなんのって。道の勾配もきつく四駆でないと明らかに行けない。あとはバイクで行けるくらいか。
ところでこの運転手(名前はセルギ)が道を全然知らない、岐路があるとどっちに行けばいいか聞きまわっている。なんと州都のKupangのAston Hotelから昨晩着た、Boti村に行ったこともない!とのことでガイドの役にはまったく立たない。「どうやってRajaの家に入れてもらうのか?」と問いただすと「ホテルのThomasさんから家に近づいたら近くを歩いている人に話をしてもらって入れてもらえ」と教わったとの返事、「最低!」こんな恐ろしいところに来てガイドもいない。ほんま大丈夫なのかいな。言葉も通じないはず。
そうこうしているうちに悪路を四時間すすむと着きました、歩いている人に運転手がたのんで門の中に入れてもらいました。
どきどきしましたが、中にいた別のグループのガイドのサポートを得てRajaの家に入れてもらう。びびって写真は撮れませんでしたが、髪をまとめてお饅頭のように頭の上に乗せているこの部族独特の頭をしたRajaがいらっしゃいました。とにかくご挨拶をしなければならない。持参の日本のメーカーのコーヒーを差し上げました。インドネシア語は通じないので側に通訳の紳士がいました、SOEから来ているそうです。
この写真はRajaの家に通じる階段です、周辺は荒涼とした荒地なのにさすがにRajaの住まいはオアシスのように緑豊かな場所にありました、小川が谷にそって流れており、Rajaの家はこの小川の脇に建っている、この緑の豊かさは驚き。Rajaは終始穏やかで私たちの話を静かに聞いて居られました。この人のおじいさんの代まで首狩りをしていたとはとても思えない。Rajaの息子さんも緑の庭で遊んでいて穏やかな時間が過ぎている場所でした。我々がIkatに興味をもっていると話すと、しばらくしてから王妃さまが入口近くにあるIkatの作業場所兼Ikatのショールームに連れて行ってくれました。
この村では綿花から糸をより、手染め手織りの布を作っていました。ただ全部ではないと思います。模様は独特の幾何学模様です。
一緒に写っているのは王妃様です。私の肩にかかっているのはトウモロコシなどの穀物を入れて運ぶための手作りのイカットです。こういうの初めてみたので買ってきました。この他にシリを入れる綺麗な箱を買い、Rajaの家で持参のお弁当も食べさせてもらいました。最後に寄付を差し上げ、御礼に赤いIkatを頂戴し、一時過ぎに気分爽やかにRaja宅を後にしました。
ちなみにこのRaja邸で会ったオランダ人のカップルは迎賓館みたいなところに泊まったそうです。気候がさわやかで快適だったとのコメントでした。上には上がいます。
この日はOinasiまで帰途足を延ばしましたが、比較的大きな川以外何もありませんでした。時間があるのでSoeの町にあるArt Shopを訪問、明らかに中国系のおばあさんが長い年月をかけて収集した木彫りやIkatの古くて素晴らしい物を幾つもみせてもらいました。
この晩はまたGajamada Hotelに宿泊。
翌日半日かけてKupangに戻り、午後NTT州立博物館で地域毎の古いIkatのコレクションを鑑賞しました。夜は耳が治ったSianto君と食事をし、久しぶりにWestern StandardをクリアーしているAston Hotelに泊まりました。翌4月30日早朝のLion Airにて隣のRote島に向かいました。




