地域一斉の防災訓練で久しぶりに母校の第一体育館に入った。

 卒業して48年経ってるけど、ここは何も変わっておらず時間が止まってるみたい。

 唯一、トイレが和式から洋式になっただけ、後は当時のまま。

 ステージに向かって左側上には体育教師憩いの場?、体育教官室が健在。


 この第一体育館と第二体育館が、我が町を含め近隣町の避難所になってるけど、建てられたのは昭和44年(1969年)とだいぶ古い、耐震補強はされてるだろうけど、大地震に耐えられるのだろうか。

 第二体育館にいたっては、昭和天皇が静岡国体で母校を訪れた年、昭和32年(1957年)の建設で化石的建物?って言ってもいい。

 果たして、こんなに老朽化してる場所が避難所でいいのだろうか。


 我が町はここに避難所するのではなく、まずは町内で自力で避難生活ができるよう色々と準備している。


 やっぱ、行政が考えることって、形式的で現実とは懸け離れてるように感じる。

 「お役所仕事」って言われても仕方ない。

 
 我が町の本日の担当は「保健、衛生班」、医務室の設置、携帯トイレの使い方、ゴミの処理方法などをシミュレーションしてみた。


 3年生が南校舎で「模擬試験」の真っ最中で、迷惑をかけないようにと、とても縮小された訓練だった。
 こんな日に訓練やらなくてもいいのにね〜。




  浦川、タノオキ(旧ごみ焼き)

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