関係のない人の家の前でしゃべり続ける外国人がいたとかの話で、「日本人でそんな人はいないのですか?」 と訊かれる事もあるのですが、日本人もいますよ。

 

 

例えば、土曜日の夜21時30分とかに家の前に車が横づけされて、「すみませんわざわざ」 みたいな日本語で男性がしゃべり、路地から出てきた女性としゃべり出す。

 

 

30分とか経って22時になったりしてまだ終わらない。

 

 

なぜか?

 

 

車のエンジンがアイドリングしたままヘッドライトも点いたまま、ハザードも点いたままで、その車のそばで話しているというミステリー。

 

 

人が失敗するというシュチュエーションでは、車系ネタか、携帯電話系ネタが多いと思う。

 

 

例えば、私が先輩に呼ばれて先輩の自宅に何かを持って行ったとします。 電話がかかってきて持って来てくれとか言われたとします。

 

 

『先輩の家に行って渡したら、せっかく車で来たので久しぶりにあそこの本屋に寄って帰るかあ~』 とか想像していたとします。

 

 

先輩の家に行って、なぜか先輩が話をしたがるとかがあって終わらない感じだったりすれば、家の外で話しているのもどうかなあ~ となるので、『じゃあ、場所を変えませんか』 と言ったりして移動すると思う。

 

 

道路の幅員、道路の幅が4Ⅿとかの道路でも車を家に横づけしてそこでしゃべられると通行車は避けていかないといけないとか、自転車の人から見ても邪魔じゃないですか。

 

 

そうするとね、近所の人から見て、「うわっ、またあいつらだ。 どういう育ち方したのかなあ~」 みたいに思われて先輩であったり先輩の奥さんとか子供がそういう目で見られるとかある。

 

 

あるいは、隣に住んでいるおじいさんとかおばあさんに、「またあいつらがしゃべっているみたいだ」 と思われたり言われたりする事になる。

 

 

それで勤めている会社が上場企業とかだったりすると、「あいつら我が物顔で調子に乗っている」 みたいなものが付け加えられる事になる。

 

 

世の中には高齢者の独居という、おばあさんが一戸建ての家に1人で住んでいるとかあったりするし、そんな場合、日常にはない非日常の知らない車が隣の家の前でライトを点けて車内でなく外でしゃべっているとかを見ると不安を煽るとかある。

 

 

そうするとその先輩の家を訪問した私か? あるいは呼んだ先輩か? どちらかが少し話が長くなっていると気づいた時点で、「場所を変えませんか?」 とか切り出す事で問題が深く陥らずに済む。

 

 

車に乗って来ていればその公道で邪魔な車に乗って近所の本屋さんの駐車場に移動して自販機で冷たいものを買って、「じゃあこれを飲み終えたら解散という事で」 みたいに言って続きをしゃべれば良い。

 

 

そうすれば、先輩の奥さんに、「あの三之橋という後輩はどんな育ち方をしたのか」 と言われる事もないじゃないですか。

 

 

大学生を卒業して会社員となった会社員1年生というか社会人1年生でそんな風にできたりするのではないかと思う。

 

 

例えば、大学生でも1人暮らしをしている人ばかりで、誰かの住むアパートの部屋で宅のみをする事になった。

 

 

「俺の住んでいるアパートは絶対宅飲みはダメなので」 みたいに言う人がいて、そんな人に限って自分の部屋以外で宅飲みすると1番奇声を上げるとかやらかしまくるとかある。

 

 

自分の住んでいるアパートでなければ、自分には簡単にたどり着けないはず・・・ みたいな思い込みがそうさせるのだと思う。

 

 

じゃあ車で誰かが来た時に、自分の住んでいる家とかアパートの前に車を停めてそこでしゃべれば良いという話であっても、自分の家の前だと恥ずかしいとか何かがあり、関係のない人の家の前でしゃべるとかしてしまう。

 

 

「自分の家の前であったら絶対にやらない」 のだけど、「数軒離れた知らない人の家の前だと私の事なんて知らないのでやる」 みたいな人かなあ~ と思うので、普通に考えたら病気じゃないですか。

 

 

あくまでも私の場合ですよ。

 

 

私であったら、友達の家の前とか、彼女の家の前とかそこではやれないけれど、数軒離れた家の前ではやれるとは考えない。

 

 

なぜか?

 

 

と訊かれれば、先輩の家の前で迷惑な行動と考えるものは、赤の他人の家の前でも同じだと思うので、移動するとかする。

 

 

偽装工作をするような事によって、自分の家の前ではやれないけれど、赤の他人の家の前だとやれちゃう~ というのはソリューションマジックではなくて、自分の運気を自分でより下げるだけだと思う。

 

 

”タガが外れた状態になる” みたいな。

 

 

昔は大学生になった18歳とかで自動車学校に通い、普通自動車運転免許証を取得して、「これから先の人生を車の運転が大きく左右するファクターになる」 とか言って、今よりはもっと運転技術の習得とかであったり習慣であったり、それを間違えて覚えると人生がとんでもない方向に行くぞ~ みたいに言ったりやったりしていた。

 

 

たぶんそのみんなで、「こういう落し穴に落ちて這い上がればくなる人がいるぞ」 みたいにやっていたりした事で大人になってそうならずに済んだだけだと思うのです。

 

 

車の運転免許を取って大学に運転していくというシュチュエーションでも、バディ・システムを組んで男友達を乗せて運転し、おかしなことをしたら教え合うという相棒も完備していて、その子の家は会社経営者とかだったりした。

 

 

グリッドラインで可視化しているようなもので、自分でおかしな行動をして気づけないという事がないようにしていた感じだったので、大学を卒業して会社員となってもその世界に溶け込めた感じ。

 

 

自分がしっかりとして自己管理をやるという人もいれば、友達がしっかりしていたりするという事で連動してそうなるという人もいる。

 

 

車に関して言えば、住宅そばなので少しだけ移動した会社とか無人っぽい所で車内で話せば良いとなるわけですが、さすがに車に乗せたくないとかもあるのか、そうならない。

 

 

外国人が住んでいるマンションの前で携帯で通話するという感じでも、通行人が多いとか視線が気になるのか? そばにある一戸建ての家の前でしゃべり続けるとかになる。

 

 

その場合でも、深夜とか無人っぽい会社の前とかで座り込み静かにしゃべれば済むと思うのですが、無人っぽい所で話すのは嫌だったりして民家にくっつく傾向にある。

 

 

”変なくっつき方をする”

 

 

という感じ。

 

 

外国人って声が異常にデカいとかあるのですが、テレビ電話のようにしてしゃべるハンズフリーにして、酔っ払っていたりするとさらに声がデカい。

 

 

小学生3年生の子供でも、「叫びたいとかあれば無人の公園に忍びこんでそこで気のすむまま叫べば良いじゃん」 と思うのにそれはやらず誰かの家のそばにくっついてやるのでテレビとかAmazonprimeビデオの映画とかの音声が聞こえづらくなったりする。

 

 

テレビの刑事ドラマでも携帯に着信があると、「ちょっとすみません」 と断って少し離れて通話するとかしている。

 

 

でも、外国人の場合はずっと笑い声がしまくっていて、夜中に「酔っ払いか」 と窓を開けたら隣の家の前で黒人女性がスマホに向かい変顔をして競い合っているみたいで、「それメチャウケる~」 とか言って笑いまくっていて周りに誰もいない夜中に1人お祭り状態だったりするので、ポケットからスマホを出して110番緊急通報して酔っぱらい過ぎなだけかもしれませんが壊れすぎにも見えるので注意してあげてと言う感じ。

 

 

笑うバージョン以外では、「もう死にたい」 とかの泣くバージョンもある。

 

 

「じゃあ日本人にはそんな人はいないの?」

 

 

と訊かれれば外国人と同じように中途半端に壊れた系みたいな人はいる。

 

 

ただ、声のトーンが少し違うとかの違いはある感じ。

 

 

国籍は関係と思う。

 

 

ただ、日本人の場合だと日本で生まれ育ち、18歳とかの高校を卒業したくらいで親元を離れるアローンスタートをやる。

 

 

大学生になったというタイミングで宮崎とか長崎で育った人が福岡にある大学とか専門学校に通う為に生まれて初めての1人暮らしをする。

 

 

それまでお父さんとかお母さんとか家族と一緒だったり、幼稚園生の頃からの友達がずっと一緒にいた事で見えていない自分がいたりするじゃないですか。

 

 

何の土地勘もない誰も知りあいがいない所で、コンビニとかに買い物に行き、誰も知りあいがいないのに店員さんに「いつものですよね?」 と言われタバコを手に持っていたりするのを見て、「あ~この人は自分の事を覚えてくれているんだ」 と思ったりする。

 

 

1人ぼっちで大学の入学式に行き、大勢の知らない人達を見て、「友達ができるだろうか」 みたいなものを感じる。

 

 

例えば、幼稚園生の頃はいつも5人組で通園していた。

 

 

男の子3人と女の子2人でバディシステムを組む感じ。

 

 

1番家が遠い子が次の子の家に行き、どんどん増えていきいつも5人で幼稚園に行って、帰る時も一緒。

 

 

その幼稚園生からの流れで小学生になると、「あっ、幼稚園で一緒だった子だ」 みたいな顔なじみがいて小学生生活となる。

 

 

小学校2校くらいが次の中学校で1つになると、「あっ、小学校で一緒だった子だ」 みたいな顔なじみがいるスタートになる。

 

 

でも、大学生というのは、その顔なじみが一気に途切れる感じで人生がシャフルされる感じになり、友達が0人になる。

 

 

”友達” と言ったりするので誤解を与えそうですが、顔なじみとか、顔や名前を知っている人という方が良いのかもしれない。

 

 

幼稚園生とか小学生とかの頃の友達ができるというのとレベルが変わってくるので、友達が1度0人になると増やせない人は増やせない。

 

 

外国で生まれ育った人が日本にやってくるというのは、そういうのと少し違っていると思う。

 

 

日本人だと大学生になる時にわざわざ寮に入るとかしない人の方が多いと思う。

 

 

1人になった時にそれまで家族がいたり友達や顔なじみがいた事で見えていなかった自分を発見するとかはある。

 

 

例えば、大学の入学式の日に自分から声掛けできなかったりして、そこで「自分は声掛けができない人なんだ」 と実体験からそう感じる人もいるし、「自分は声掛けされやすい人なんだ」 とか、「自分は声掛けされにくい人なんだ」 とかわかったりする。

 

 

じゃあ、大学の入学式の日に声掛けできなかった人は一生そのままなのか? と言えばそうでもなかったりして、上手くできない事を自覚した事で残りの4年間で修正していく人はいる。

 

 

実際に体験してみないとわからないものだったりするので、親元を離れるというのは貴重な体験だったりするのでやらないよりはやった方が良いと思う。

 

 

日本で生まれ育った日本人の場合、子供時代に短期留学とか集団生活も経験していたりしてそこでたぶん集団心理の落し穴とかを学習していると思うので、18歳頃だと1人になるというのは意識していると思う。

 

 

でも、日本にやってくる外国人は真逆かなあ~ と思う。

 

 

例えば、コインランドリーに行こうとレビューを読んだりすると、「洗濯とかしない外国人がたむろっている」 とか書いてあったりするじゃないですか。

 

 

心霊動画でも高校を卒業してみんなと別れて1人でアメリカに行った女の子が馴染めずに自殺して幽霊となってみんなが集まった部屋に出てくるとかあるじゃないですか。

 

 

新しい環境に順応できずにノイローゼになったりして精神を病むとか自殺する人はいたりするので、できるだけそうならないように集団で暮らすみたいなものになると思う。

 

 

その弊害からいつも同じグループで集団で行動をするとかになる事で、気が小さな人でも集団心理で気が大きくなってしまうとかも起きると思う。

 

 

子どもの頃から習い事に行かされるとか塾に通わされるとか塾でも合宿とかあったりするので、そういう場数が多かった子というのはたぶん大人になった時に環境に順応するスキルみたいが抜きんでているとかあると思う。

 

 

例えば、関東の方で外国人の家族を刺して殺害した事件とかがあって、ニュースで犯人の取材をしていて、「彼はサッカーをしていてカッコいい感じで、うちの娘も当時憧れていました」 な~んて近所の住んでいる人が証言するシーンがあったりするじゃないですか。

 

 

高校生くらいまで憧れられるような人だった人でも、その後に躓いて最後は精神病みたいな人生になって人を殺害してしまうとかニュースにはよく出てくる。

 

 

そのくらい高校生までの人生はその後の人生とはあまり関係ない感じがある。

 

 

たぶん、1度リセットして自分から1人ボッチになるとかをした方が良いと思う。

 

 

例えば、車の運転を大学生1年生18歳で始める。

 

 

そんな場合、百貨店のお中元の配達員のアルバイトに応募する。

 

 

そうするとリストを見て、地図を見て、行った事もないその人の家まで車で運転して行く事になり、『うわっ、難しいなあ~』 と感じるじゃないですか。

 

 

それまで大学まで運転してバディ・システムを組んだ友達を乗せて行き、帰って来る。

 

 

それって慣れてしまい、『車の運転って簡単かも』 と思っていたりする。

 

 

でも、自分から1歩踏み込んで配達の仕事をしたりすると、三井不動産が開発分譲した〇〇〇タウンみたいな造成された家ばかりではないので路地裏に入った家とかあったりして、『車はどこに置けば良いだろうか』 とかも考えないといけない。

 

 

今の時代だと、「カーナビがあるので知らない所にも行ける」 となると思うし、今時宅急便のドライバーだとアプリで次はこういうルートで行けと表示されるらしい。

 

 

でも、携帯電話もカーナビもない時代だと地図を見てどういうルートでどう配達しようとかも考えないといけないし、そこに不慣れな運転もするという組み合わせだと難易度が撥ね上がってしまう。

 

 

周りの住人とかに訊くのが手っ取り速いと感じても、人あたりが悪いとそれも迷惑がられるとかある。

 

 

つまり普段友達を乗せて運転している時には、自分では運転はまあまあできる人に見えていたりするのに、いざ1人ボッチになって仕事で地図を見ながら探すとかの運転をすると、「自分は車の運転には向いていないのではないか」 と急に考え方が変わってしまうとかあるのです。

 

 

高校生の頃とかに自宅にクロネコ宅急便のいつも同じドライバーの男性が配達に来て、それを見た時に難しそうに見えない。

 

 

昔は佐川急便のドライバーの給料が高いとかで高校を卒業して佐川急便のドライバーになった人もいたりした。

 

 

『他人がやっている仕事を見たら簡単そうに見えるのに、いざ自分がやったらその難しさを知る』 みたいな感じ。

 

 

後は、”ワンデー彼氏募集に応募する” というやつもやっていた。

 

 

「私は20歳の女の子で〇〇県からこっちに来て1人暮らしをしている会社員です。 彼氏はいませんが今度の日曜日に1日だけ彼氏になってドライブに連れて行ってくれる男性を募集しています~」 というもの。

 

 

普段はバディ・システムの友達のお父さんが会社経営者なのでその会社に2人でそれぞれの車で行き、1番奥の倉庫に1台置いて相乗りして大学に行くので待ち合わせとかは決まっている。

 

 

でも、ワンデー彼氏募集に応募すると、会った事もない女性で顔すらわからないし、待ち合わせ場所が車が混み合う駅前とかだったりして探すというのもあるわけで、急に難易度が跳ね上がる。

 

 

普段友達と一緒に車を運転して大学に行く事で、不慣れな運転でもそう難しさを感じない。

 

 

例えば、大学生1年生でも高級車の新車に乗っている子の多くはシフト操作が苦手とかでATだったりする感じで、自分に合わせて車を買うのでその分も楽に感じる。

 

 

でも、それが1人ボッチのアルバイトで百貨店のお中元の配達でもやれば、ボロボロのライトバンでMT車だったりするし、行先は土地勘もないわけで困難に感じるものに変わる。

 

 

ワンデー彼氏募集に応募した時でも、待ち合わせ場所を指定して、「こんな服装です」 と教えてもらっていて、車から降りてドアの横とかに立ってタバコを吸いながら待ち、『そんな服装の女性がいないよな~。 からかわれたのかなあ~』 と思っていると、「お待たせしました」 と言って女性が来て、全然申告した服装と違う恰好だったりする。

 

 

それで車に乗ってもらいドライブに行くとなった時に、”たぶんわざわざ違う服装を言ってその子から見て私三之橋は車とかも教えているのでわかるけれど、逆からは見えないというか気づけないようにしていて、待ち合わせをした人を見て嫌だと思えばそのままスルーしようとしていたように見えるので、乗ってもらえたというのは人当たりはそう悪くないって事かなあ~” みたいにホッとする。

 

 

大学が一緒だったり、アルバイトが一緒だったりすると、女性とどこかに行く事になり待ち合わせをしても来ないとかドタキャンされるとかってないじゃないですか。

 

 

あくまでも基本みたいなものとしては、何等かの人間関係があれば、待ち合わせをすっぽかすとかは常識的にしない。

 

 

でも、ワンデー彼氏募集に応募したとかであれば、そもそも何の人間関係もないので、待ち合わせ場所に行き、そこで初めて見た三之橋という男性の恰好とかを見て、「えっ、ちょっと残念な人」 みたいに第一印象で跳ねられるとかはあり得ると思うのです。

 

 

”正直さ” みたいなもの、というかリアリティのあるものと言えば良いのかもしれません。

 

 

例えば、大学生の人が何となく自分は会社員になるのが良いかなあ~ と想像して、あくまでも経験した事がない想像なので実際に会社員になり、そこに大勢のOL姉さん達がいて人当たりが悪いとかあれば一気にハブられてしまうだけだと思うのです。

 

 

ひょっとして、もしも自分がそんな人あたりの悪い人であったなら、大学生のうちに洗礼を受けて、その失敗経験から修正を掛けていく事をすれば、卒業後に会社員になった時にハブられずOL先輩姉さんと他愛もない会話ができるのかもしれないじゃないですか。

 

 

「人あたりの悪さとかって何ですか?」 と訊かれると説明は難しい。

 

 

昔とある関西人の年配の人が言っていたのは、「その人は自分に何かをしたとかでなくて、見ていて嫌いな人がいる」 とか。

 

 

例えば、会社員となって働き、上司が誰かと接客している時に、「ちょっと三之橋君来て」 と言われ、そのテーブルにいるお客さんとかに挨拶して同席する。

 

 

そんなシュチュエーションで、お客様の視点で上司と話して、「何だか話しやすい人だなあ~」 とか思っていてそこに部下を呼んで紹介した時に、「ゲッ、」 とか思ったりして、何かとっつきにくい人とか、苦手意識を感じると仕事に影響するじゃないですか。

 

 

「あの三之橋という人に電話をしないといけないのだけど、俺あの人に電話したくないなあ~」 となる。

 

 

会社員となってそこにメチャかわいい女性が入社してきて、部下となる。

 

 

上司とかに紹介されるとか、あるいは「三之橋ですよろしくね」 と挨拶してそこで、「ゲッ」 と思われたりすると、会社に行くのが罰ゲームみたいになり、1週間以内に辞めたいとかになるとかあるのかもしれない。

 

 

難関な大学を卒業した人とかが言うには、学生時代はテストに答えるだけで楽だった。

 

 

でも、会社員となったらたぶんその人と一緒に居たくないとかの理由で辺鄙な課に行かされるとかになる。

 

 

ざっくり言えば生まれてからの20年チョイが楽で、そこから先50年苦しみ続けるみたいな。

 

 

イメージのようなもので言えばそんな感じ。

 

 

”人当たりが悪い” とそこから先の人生がしんどいものになるかなあ~ みたいなもの。

 

 

もちろん誰でもそうだと思うのですが、”自分が大学を卒業して会社員になった時に受け入れ先がない” とかってわからないと思うので、想像でそういう風にならないように大学生時代の4年間は意識していくと思うのです。

 

 

「それと外国人はどう関係あるの?」

 

 

と訊かれると、外国で生まれ育った人がわざわざ国外の日本にやってきて18歳くらいだとすると普通は車の運転をしていく年齢だと思うのですが、外国人って住んでいるアパートとか賃貸マンションとかの駐輪場が溢れるくらい自転車に乗っているじゃないですか。

 

 

ディスカウント店に行くと自転車売り場に溢れるくらい自転車が置いてあり、そこにいつも外国人グループがいて自転車を買って乗る。

 

 

日本人の場合でも幼稚園生くらいに自転車を親が買い乗れるようになる事で友達の家まで遊びに行くという感じで行動半径が広がる事で一気に学習していくものがあったりする。

 

 

ただ、外国人の場合はそもそも日本で生まれ育っていないので、自転車の乗り方とかメチャクチャだったりするじゃないですか。

 

 

道路に3台の自転車で3人が横並びで運転していて、車とかの邪魔になっている。

 

 

夜に無灯火で走るとか、昼間でもスマホを片手に持って自転車で走るとか、歩道を走るとか、左側通行なのに右側の歩道を走るとか・・・

 

 

買い物に行く時でも同じ国の人と一緒に買い物した方がわからない事が減るとかあるのでグループで行動する。

 

 

つまりリーダーみたいな人が間違えて覚えてしまっているとその人と一緒に行動する過程でその人も間違えて覚えてしまう。

 

 

夜中に酔っ払った外国人が騒いでいると日本人が1人でそのそばを通ったら怖いとかあるので、注意しない。

 

 

その結果として、「菅元首相時代に外国人を呼ぶ政策をした事で古くからの住人が暮らしにくくなったと言って失敗だったのではないか」 みたいに外国人を日本に呼ぶ政策は問題が増えただけのように言われていたりする。

 

 

日本人が日本で暮らし続ける過程で、たぶん18歳頃の潮目が大きく変る環境の変化で上手くラインに乗っかる事ができずに、その後の50年とか苦しむ人はいる。

 

 

そういう年齢で外国から日本にやってきた外国人の場合は、集団で行動をするという部分であったり、日本の事がよくわからないとかあると思うのでダツラク率はさらに大きくなると思う。

 

 

車の運転とかに関してですが、時々、「車の運転で自分がハブられたりするとかって無いと思うのですが・・・」 みたいな疑問を言われる人もいらっしゃいます。

 

 

そんな人に向けて説明をしますと、

 

 

大学生1年生の18歳とか人は一斉に車の運転免許証を取得する傾向にあります。

 

 

例えば、大学生であれば学生時代に普通自動車運転免許証を取得しておくくらいはしておかないと就職に影響する気がするとかで免許証を取得してちょっと車の運転をしておく。

 

 

お父さんとかが仕事をして給料などをもらい、そこから自分達の家族の食費などを出すという他に息子が県外の大学に通うという事で家賃なども含めて仕送りをするという事になるわけで経済的に負担が増すというものがある。

 

 

そうすると、「オヤジからの仕送りで生活をしていくという部分に少しアルバイトをすれば良いのに、そこにマイカーをローンを組んで買うとアルバイトをもっともっと増やさないといけなくなるので、車は大学生時代に買わないようにしよう」 みたいに考える人は少なくもない。

 

 

例えば、レンタカーを借りて友達と運転を交代して1度でも旅行に行くとかすれば、「俺はもう運転ができる人なんだ。 会社員になっても及第点はいっているはず」 という風に思い込むじゃないですか。

 

 

多くの学生は、運転して事故を起こさないとかの結果で、自分は運転できる人なんだと思い込んでいたりする。

 

 

でも、会社員になると上司はその新卒入社の人がほんとに運転できるのか? くらいは最低限目視確認をしないといけなかったりする。

 

 

上司の仕事に同行させられるというシュチュエーションで、「〇〇君、ちょっと運転してみて。 俺が横で道を教えるから」 なんて言ってキーを渡されるとかある。

 

 

そんな仕事の途中で、上司が自宅に寄って取ってきたいものがあるとか言って上司の自宅に行くとかもある。

 

 

上司が病気であったり、前日に接待とかで遅くまで飲んだとかで自宅に俺の車で迎えに来てとか言われる。

 

 

それで上司の車で行って待っていて、そこに上司が来て、「あれれ、何であんなところに車があるんだ?」 と思う事もある。

 

 

邪魔になっているのに平気でそこに車を停めて待っているとか。

 

 

普段誰かを送り迎えするとかをしていないと、ある日上司の自宅とかに行った時に、上司から見た視点で、「何だあいつは?」 という違和感を感じる事があったりするのです。

 

 

よく私三之橋が新入社員時代に上司から上司の高級車のキーを渡されたとか、会社の黒塗り高級車のキーを渡されたとかブログにも書いていたりするのですが、「三之橋君、運転できるよね?」 とか訊かれた事もないのに高級車のキーをポンと渡され運転して行って来てとか言われる。

 

 

会社というのは、どこかの大学を卒業したという人を単に採用しているだけなので、その人がほんとに仕事ができるのか? とかわからないじゃないですか。

 

 

そうするとね、プロ野球に例えると入社してすぐに試合に出させてそこで実践がどうなのか? を見た方が手っ取り速いという感覚だったりするのです。

 

 

高級車1台が事故に遭ったところでそもそも保険に入っているし、廃車になったとして損害が出たとしてもその仕事ができない人を雇い続けるよりは安くあがるじゃないですか。

 

 

大人になった時によく聞く台詞に、「プロ意識が欠落している」 みたいなものがある。

 

 

大学生の人はアルバイトくらいしかした経験がないので会社員の世界とか知らない。

 

 

その知らないという部分で、「このくらい運転できれば及第点はいくはず」 と想像していたりするのですが、厳しい会社とか厳しい上司だとたった1回プロ意識が欠落していると感じたら即アウトという事になるという現実があるのです。

 

 

例えば、上司の家が角地にあり、それで迎えに行った時につい角に車を停めてしまうというミスをする人もいる。

 

 

普段契約して駐車保管している月極駐車場から出発して、お客様駐車場のあるスーパーとかに駐車して買い物をして帰るという事をしているだけですと、ある日仕事で住宅街に行きそこは路上に駐車禁止の標識がありそばにコインパーキングなどもないという事で、「うわっ、どうしようどこに車を駐車すれば良いんだ?」 と頭がバグってしまい、そばの関係のない月極駐車場に無断駐車してしまうという人も実際にいる。

 

 

上司の自宅の隣の隣が空き地だったという事で勝手に私有地に上司の車を乗り入れて待っていて、上司が見た瞬間に、「何してくれているの?」 という怒りを招く人もいたりする。

 

 

上司が見て、「これは仕事につかえないレベルだわ」 みたいに思ったりするとそこで配属替えとなるとか起こる。

 

 

夫婦の離婚理由に、”性格の不一致” とか言ったりするじゃないですか。

 

 

適切に言えば、”感覚が合わない” と言えば良いのかもしれない。

 

 

上司から見て、何もわからないように見えるその人にいちから丁寧に教える気持ちなどさらさらない。

 

 

その人が何か失敗すれば全部上司の責任になるという事を考えると早く捨てる方が適切と判断する。

 

 

そのようにやらかした人というのは、「もしも自分に仕事が向かないとかあればそれは説明があるはず」 みたいに思い込んでいる人が少なくないのですが、そもそもそんな具体的に上司が言ったりする事ってないと思う。

 

 

上司が新入社員に対して、「三之橋君、君どういう神経しているの? 感覚がズレているよね?」 みたいな台詞は言わない。

 

 

なぜか?

 

 

やはりそれを言ってしまったりすると言われた人は自分ではそう思わないとかあるので、逆恨みされるとかになるから。

 

 

どこかの上場企業に勤めている有名な大学を卒業した社員がいて社内失業状態に陥ってしまっていたりするとかざらにあるわけですが、なぜ優秀な成績の人が抜け出せなくなるのか?

 

 

と訊かれれば、たぶん、「あなたは戦力外です」 みたいな通知がないからだと思うのです。

 

 

もしも芸能人だったりすれば、自分の行動結果から干させるとかある。

 

 

でも、会社員の場合は、給料を振込み続けるので、自分が自分が干されているとか思えなかったりする。

 

 

難関の国立大学を卒業したという感じの人だと、お父さんやお母さんから勉強をしなさいと言われてきていたとか、車の運転は大学を卒業した後に車を買えば良いと言われていたりする感じで、親に言われて行動をした事で失敗している感じがある。

 

 

中には小学生時代に共生スキルの問題を指摘され、精神病みたいな感じで相談に連れて行かれたという人もいたりする。

 

 

ざっくり言えば、”組み立てる力” みたいなものが弱いのだと思う。

 

 

例えば、大学生1年生の18歳で運転免許を取得して、どうしても苦手意識を持ったりする。

 

 

それは小学生の頃から乗っている自転車とか、高校生時代から乗っているバイクに比べると、”不慣れさ” というものからくるとっつきにくさのようなものだと思うので、場数で慣れていくという風に考える。

 

 

「車の運転が苦手なのに、わざわざそこでお中元の配達のアルバイトをするのですか?」 なんて言われる人もいらっしゃるのですが、どのみち土地勘なんてものはないわけで、地図を見てドライブルートプランを自分で組み立てて走るしかない。

 

 

知らない人の住んでいる町なので、どうして車を路上に駐車したままいくしかなくて、急いで戻った時に、「てめえ~、ふざけた真似をしているとぶっ殺すぞ~」 みたいに激高されるとかはある。

 

 

そこで謝罪をして、「お前いくつだ?」 と訊かれて、「18歳です」 と言うと「大学生か?」 と言われ、「そうです」 と言うと、「じゃあ仕方ないな、俺も言い過ぎたわ。 俺にもちょうど大学生の息子がいるし」 とか言われる。

 

 

”カミナリオヤジ” みたいな人と知り合い、運転を教えてくれる話になる。

 

 

『〇〇さんは、これまで何人ぶっ殺したのですか?』 とか。

 

 

『〇〇さんが見て運転がイラっとするのはどんな運転している人ですか?』 とか。

 

 

アルコール中毒みたいな、何かの中毒系かなあ~ と思うのですが異常なくらい怒りっぽい人に見えるので、道路でキレるみたいな人の心理状態を取材しておく方が将来役立ちそうじゃないですか。

 

 

会社員になるとすぐにOL姉さんの部下ができたりして、「上の人に代われと言われています」 とか電話が回ってくる。

 

 

そのお客さんの為にはそのメチャかわいいOL姉さんと話した方が幸せに見えるのですが、なぜか電話を代われとか言う。

 

 

会社員の場合、自分がやらかしたわけでもなく怒らせたわけでもないのに、本人を飛び越して電話を代われとかそういうシュチュエーションが多い。

 

 

そんな感じなので、大学生時代にキレる系の人としゃべったりして仲良くなるという経験をしておかないと大人になって自分が困るだけの話だったりする。

 

 

後は、配達をしているドライバーの人の中には、「大学生の頃から配達の仕事をして、俺には自分のペースでできるので合っている感じでそのままドライバーの仕事をするようになった」 なんて感じの先輩がいたりする。

 

 

お中元の配達をして、その時に車を路上に駐車しているという部分で、その答え合わせをしておく方が良くない? って思うじゃないですか。

 

 

ひょっとしたら、自分的には適切に車を路上に駐車しているつもりでも、その駐車で迷惑をしてイラっとした人がいて、でもいちいち電話してクレームを言わないだけなのかもしれないじゃないですか。

 

 

今の時代だと、チャットGPTに訊いてみるとか、ネットで質問してみるとかするんじゃないかと思う。

 

 

私の場合は違うんですよ。

 

 

「えっ、車の運転に苦手意識があった事で一気にお中元の配達の仕事をして現場で怒られて学び、そこにいた先輩となる人に自分の仕事ぶりの答え合わせをしていたんですか?」 と驚く人がいる感じ。

 

 

例えばね、大学生の人がアルバイトをしてドライバーで配達の仕事をして、そこでミスったとかあっても、「あの子は大学生のバイトだしなあ」 と言ってその人に注意をしないケースがあるじゃないですか。

 

 

そういうのを見越していかないといけないと思うので自分で答え合わせもしていく。

 

 

国立大学とか難関な大学を卒業する人の中には、お父さんの言う事が絶対という感じの人がいて、そういうケースだと失敗するという事が許されないわけで失敗をしないようにする事で学べないものがあると思うのです。

 

 

配達の仕事をすると、住宅街とかで一方通行道路に入ってしまい、「お前バカなのか~、ここは一方通行だ~」 とか怒鳴られたりして、普段の通学とかで一方通行道路を逆走するとかしないのに、まったく知らない道路だと標識を一瞬で読み取るという事ができない自分に気づかされるとかある。

 

 

普段自分が失敗をしないように生きてセーフティーゾーンの中から出ないように生きていると失敗しない代わりに成功から程遠い結果になるという事を招いたりする。

 

 

新聞の求人を見た時に資格欄に、「大学卒業程度」 とか書いてあったりするじゃないですか。

 

 

あれってたぶん親から離れて自立をした人を想定しているのでそういう風に書いてあると思うのです。

 

 

大学まで行くわけなので、高校卒業した人にはないような経験をしているとか、大学を卒業して会社員になったら即戦力になれるように自分で調整をしているような人でしょうか。

 

 

例えばね、車の運転免許を持っていないと就職に不利になるという風に考えて免許を取る人は大勢いる。

 

 

でも、運転免許証を取得できたらそこからどうやれば就職した時に上司がABC判定でAを出す事ができるだろうか? と考える人は少ない。

 

 

お父さんとかお兄さんとか抜きで、どうすれば1人で車の運転技術が上達していくのか? というスキームを考える人は少ないと思うのです。

 

 

例えば、上司の部長は暇ではないので、入社した部下の新入社員に車の運転の質問とかされたいとは思わないと思う。

 

 

新入社員がある日入社してきて、〇〇課とかの朝礼で、『僕は大学を卒業したばかりで何もわからないのでよろしくお願いします』 と言った時にたぶん上司だけでなくて、そこで働いている高校を卒業して新卒採用で1年働いているOL姉さんでさえも、「迷惑なやつが入ってきたわ」 と思う。

 

 

それじゃあ、どういう人物像が歓迎されるのか? と訊かれれば、自分で勝手に仕事を覚えていき、自分で答え合わせをしていくような人かなあ~ と思う。

 

 

車の運転は自動車学校に通い、卒業時は全員平等に横並びになっていて、操作とか必要最小限の事だけ習って、「後は公道に出て自分で運転しながら学んでね」 と放り出されるじゃないですか。

 

 

例えば、バイト先で知り合った女の子がいて彼女でなくガールフレンドという感じで、「えっ、三之橋君免許取ったの? じゃあ日曜日にあのテーマパークまで行こうよ~」 とか言われる。

 

 

そんな場合言われた方が正直行きたくない。

 

 

カーナビもない時代道も知らないのに県外まで走り続けるとかしたくはない。

 

 

でも、”自分がやりたくないなあ~” という感情を伴う時のチョイスって、『どっちが損失デカいかなあ?』 という風に考えるじゃないですか。

 

 

中学生の頃に引きこもりになった友達を見ていても、1度学校に行きたくないという事で休み、そこから50年引きこもりになったりする事になってしまう。

 

 

それと同じで彼女ではないガールフレンドに誘われ、「行きたくない」 というチョイスをした事で大学生時代に2度ドライブなんて行かなくなるのかもしれない。

 

 

そう考えると、そのガールフレンドからの誘いに乗り、そこで失敗しまくっても行った方が良くない? となるので行く。

 

 

よく初めて女の子とドライブに行く事になったので慣れた友達にドライブルートプランを組んでもらう~ なんてバカちんがいたりするじゃないですか。

 

 

私三之橋の場合はコンビニで地図を前日とかに買い、当日彼女を迎えに行きそこで地図を広げてチャチャっと適当に直感でこんな感じかなあ~ とドライブルートプランを組み立てた。

 

 

なぜか?

 

 

第1回目で失敗した事で第2回目のルートプランを考える時に修正するから。

 

 

もしも友達に失敗しないようにドライブルートプランを組んでもらってメモとかを渡されて成功できたとしてもその1回は助かる事になっても、その後に役立たない。

 

 

”修正を掛ける技術” というのが磨けない事になるので、自分で自分の首を絞める人になってしまう。

 

 

県外とか道がわからないので、手っ取り早くそこで畑仕事をしているおじいさんに尋ねる。

 

 

そうするとね、外国で外国人に道を尋ねている時のように言っている事がわからないので集中して聴く事になる。

 

 

最後におじいさんが、「わかったか?」 みたいに答え合わせをするので、『お父さんの言われた事は、最初にこの道をこう行き、〇〇〇を目印にこういう感じで斜め左に曲がって狭い道を行き、その次に〇〇〇を目印に右折してこういう道に行くって事ですよね?』 と考えて言うと、「そうだ」 みたいに言うじゃないですか。

 

 

例えば、アメリカとかに1人ボッチで行き、バスの乗り方とかがわからないとかで知らないそこにいる外国人に訊くと周りに人がいっぱい集まってきて英語とかで一生懸命に教えてくれる。

 

 

そんな時に、『僕は英語はわからないです』 とかうっかり言ってしまうと周りの人がさ~っとどこかにいなくなる。

 

 

それと同じですよ。

 

 

私三之橋という人がいて、『道がわからないので教えてもらたりしませんか?』 とおじいさんに話を振ると訛っていたりしてその人は真剣に説明してくれる。

 

 

なぜそのようなシュチュエーションになっているのか? と言われば、それは私三之橋が主宰で始めた行動になるので、『おじいさんの言葉が訛っていて理解できません』 とか言えないのです。

 

 

身振り手振りで話すおじいさんが何を伝えたいのか? を考えるしかない。

 

 

そういう風に上手くいかない事が続いて目的地に着いたりする。

 

 

じゃあ、「そのドライブに行った経験と仕事がどう関係あるのか?」 と訊かれれば、会社員になって仕事をやった事がないのを振られるとかある。

 

 

例えば、私三之橋の場合はルーキー時代に上司がシステムの責任者の部長に社内システムを設計して作りメガバンクの審査を受けたいと説明した時にシステム部の©部長は審査を受けるとかの仕事は絶対にやりたくないので、「ちょっと三之橋君来て。 君でもそのくらいやれるんじゃないの?」 と仕事を振られた。

 

 

そもそも大学生だった人が会社で働くという経験すらないわけで社内のシステムを組むとか経験あるわけないじゃないですか。

 

 

でも、上司に振られた仕事をシステム部の部長はやりたくないので、「三之橋君がやれば良いんないですか?」 と振ってきた。

 

 

その空気感が断れない雰囲気に見えたので、『わかりました』 と私は答えたのです。

 

 

「自分にはそんな仕事はできない気がする」 みたいな感じで仕事を振られた時に断ってしまい、それで人生終わる人はいる。

 

 

意外に思われるかもしれませんが、私は会社員になって自分にできないかもしれないなあ~ と思う仕事をやれと言われた時に断った事はないのです。

 

 

会社員1年生になった時に同じ課にお局界大ボスというナンバー1のおばあさんがいて、その人が40年とか得意先の管理をしていたので、「あの新米の三之橋さんが私の仕事を引き継ぎできたら大ごとよ」 みたいにいつもというか会った最初の日から私の事を仕事もできないバカと呼んでいました。

 

 

上司に、「三之橋君、実はねあの〇〇さんの仕事を引き継いでほしいと思うんだけど、どう?」 みたいな打診された事もないのです。

 

 

今高校生だったり、大学生の人だったりすると、会社員って会社に入って自分がやりたい仕事をしているとか勝手にそういう風に思い込んでいると思うのですが、ある日やれと言われた事でやっているだけなのです。

 

 

今10月なのですが、上司に呼ばれて、「来年の4月に新卒入社の短大卒のメチャかわいい子が入社してくるので、三之橋君の部下にしようと考えているけれど、三之橋君の気持ち的にはどう?」 なんて訊いてくれれば良さそうに思うのですが、そういうのはないのです。

 

 

例えるならば、映画俳優をしている人みたいに、いきなり台本を渡されてその役を演じるきるしかないみたいな感じ。

 

 

車の運転免許を取った時にガールフレンドに、「今度の日曜日県外のあのテーマパークまで車で行こうよ~」 と言われ、地図の見方とかもわからないでやるしかないと運転していくアドリブでやっちゃえ~ みたいなノリと一緒。

 

 

運転のドライブデートでもアドリブで直感でやって修正をかけるとかしておき、アドリブ+修正をかける技術で何とかして目的地に行ったりしたその経験をフィードバックして仕事でもやっていくだけのお話なのです。

 

 

免許を取ってガールフレンドとかにドライブに行こうと誘われ、「でも、事故を起こすかもしれないし」 と断る。

 

 

そういう人は仕事でも、「僕にはそんな仕事はできないような気がする」 と断る。

 

 

たぶん、”強迫性障害” みたいな障害でそうなると思うのです。

 

 

会社員になると友達でもないのに電話で話したがる人がいて、方言とか滑舌が悪い人がしゃべり続け、『えっ?』 とか何回か言うと「俺が訛っているという事か~~~」 とか怒鳴られる。

 

 

でも、『今言われたお話というのは、こういう話ですよね?』 とおじいちゃんは答え合わせが好きなので答えると、「そうだお前は話ができる奴だ」 とか言って仲良くしてくれる。

 

 

「私は訛っていたり滑舌悪いおじいちゃんと電話で話すとか無理です」 という人は会社員になったりすると地獄を見る事になるだけの話なのです。

 

 

私の場合は、ドライブに行こう~ とか言われるのは嫌だった。

 

 

なぜですか? と訊かれれば、大学生になって同じクラスの人のアパートとかマンションに1度行ったりした家がどこだったのか? がわからないとかあったりして、何か大学生になった環境の変化にうまく順応できていないというか、しんどさを感じたりしていた。

 

 

高校生の頃は電車に乗ったりしてただ乗っていれば高校に着いたりする。

 

 

でも、大学生になったら土地勘もない道路を運転して大学に行くという違いがあったりした。

 

 

車を週に3回とか洗車しているという労働も増えていたので、どこかセーブしたいと思ったりする。

 

 

新しい環境に順応していくという部分で、それまでの高校生時代と違い、友達も作らないといけないし、入学式の時点でも周りの子は普通自動車運転免許証を取得して普通車サイズの中古車を買って持っていたりして、出遅れ感もあったりしてテンポが速く感じる。

 

 

”戸惑い” みたいなものでしょうか。

 

 

入学式の日に話した新車の国産高級車を買って乗っていた子が言っていた、”これから先の人生は車の運転技術の習得が大きく左右するんだ” という言葉を思い出すと、初心者マークを貼っている1年間に上達できる人とそうでない人がいると考えられるので、どこで差がつくのかなあ~ というのも気になる。

 

 

1年とかで差が付くという事は、ある一定期間の半年などで自分で上手くなれているとかを感じる事ができないと、車の運転が楽しくないようなものになって次第にモチベーションが下がって乗らなくなるとかあると思うので、休みたい気持ちだけど今は休まない方が自分の為かなあ~ となる。

 

 

ドライブとかは、ガールフレンドとかに「ねえ、今度の日曜日はあそこに行こうよ」 みたいに言われて当日地図を見てチャチャっとドライブルートプランを組んでそのプランが頭の中にあり、その進捗具合を考えたり、調整したりという、”遂行機能” と呼ばれるような、「その目標に到達できるにはどういう行動をするのか」 というものになる。

 

 

そういうのって高校生時代までにはないようなものになるので、不慣れさからしんどく感じる。

 

 

私的には、自分が難しさを感じるとかしんどさを感じるもので差が付きそうなイメージで的を絞っていただけだと思うのです。

 

 

例えば、長崎で生まれ育った人が高校生時代に自転車に乗っていて、大学生になる事で福岡に引っ越してきて1人暮らしを始める。 そんな場合土地勘もない交通量も多い福岡で車の運転はちょっと、みたいな躊躇するものがあり自転車に乗るA君。

 

 

でも、熊本と宮崎で生まれ育って自転車に乗っていた高校生のB君とC君が福岡にある大学に通う事で1人暮らしを始めみんながやっているので同じように普通自動車運転免許証を取得して普通車サイズの中古車を買い車の運転をしている。

 

 

B君が運転するB君の車の助手席にバディシステムを組んでいるC君が助手席に乗っていてスーパーから出る時に、自転車に乗ったA君が自転車で横切る。

 

 

『うわっ、びっくりした。 何この人自転車で右側の歩道を走っていたので頭おかしいんじゃない?』 と言ったりして、C君は助手席でうなづく・

 

 

でも、そのおかしな運転をしているA君という人はそのやらかした事に気づかないわけで、残りの人生50年ずっとそのままになる。

 

 

「車の運転は自分に無理だと思ったりして運転しない事でどういう損をするのですか?」 と訊かれればそんな部分。

 

 

同じように車の免許を取って運転は下手くそだけでできる。 みたいな人の場合、同じような損をするけれど気づかない。

 

 

例えば、教えてgooという相談サイトで女性が運転が下手くそでお父さんを乗せるとダメ出しされるという事で乗せないようにしていたけれどある日どうしても駅までとか送る事になってしまった。

 

 

「おい、〇〇〇。 この通りを走るから信号3回変わってやっと右折できたけれど、右の平行する道路を走っていれば1回で右折できたんだぞ」 みたいに運転しているとダメ出しされ続ける。

 

 

それでお父さんを乗せてあげた事でダメ出しをやり続けて、「どうしてそんなに矢継ぎ早に言えば私がやる気をなくすというのがわからないのか? 教え方が悪いお父さんをどうすれば良いですか?」 みたいな相談をしていた人がいる。

 

 

今の時代だと便利な道具があるので攻略は簡単だと思う。

 

 

あくまでも私三之橋の場合がそのような人であったならば、Amazonでスマートグラス10万円とかをすぐに発注し、届いてお父さんにもう1度リベンジを申し込む。

 

 

スマートグラスをかけて、動画撮影モードにして運転をして、助手席のお父さんのダメ出ししている様子を撮影する。

 

 

その動画を彼氏とか、あるいは会社の先輩とかコーチに送る。

 

 

『うちのお父さんが私にこういう感じでダメ出しするのでそのダメ出しされないように運転できるように教えて』 と注文を言う。

 

 

なぜか? と訊かれたら、たぶん車の運転をするのがいっぱいいっぱいという状態で、そこにここはこうしないとダメだろう? みたいに隣で言われた事が耳に入らないと思うのです。

 

 

その結果、「車にお父さんを乗せるとダメ出し続けて私を虐めて喜んでいる」 みたいなざっくりとした感想のようなものになってしまう。

 

 

あくまでも私の想像として書いておくと、その人は2つ以上の事をするというのが上手くできない人で、運転している時に言われると左の耳から右の耳から抜けて、結果として何をどう注意されたとかのディティールは記憶になくて、その不快さからお父さんを乗せなければ文句を言われずに済むという変な捉え方をしてしまい裏技みたいにする事で人生は悪化し続けると思うのです。

 

 

ざっくり言ってしまえば、その人が、”物覚えが悪い” という状態なだけだと思う。

 

 

じゃあどうすれば良いのか? と訊かれれば覚える事が苦手なわけなのでスマートグラスで撮影して記録化してしまう。

 

 

たぶんね、そのような状況に陥る人というのは、”誰かに説明するスキル” も下手くそだったりすると思うので彼氏とかに口頭で説明すると上手く伝わらないと思うので動画でその時の様子を撮影したものを渡して、「こんな感じで私はダメだしされている」 というのを見てもらう。

 

 

彼氏とかがきちんと運転できる人であれば、そのダメ出しされているのを見ればどこがどうダメとかわかると思う。

 

 

運転できる人だとそれはどこをどう修正するとかの練習のプランニングもできると思うので、後は1つ1つできない事をできるように練習していくだけ。

 

 

スマートグラスを10万円で買って、もう使わないと思えばそこでメルカリに出して売るとかをしても良いのでそんなにお金が掛からないと思う。

 

 

そして3カ月後とか半年後とかにできるようになったら、「お父さん、私もあれから少し練習はしたので今度の日曜日にまた乗ってみない?」 と自分からお父さんを誘う。

 

 

お父さんは前回ダメ出しした事とか覚えていたりするので、乗ってそこで自分の娘が上達できていればホッとすると思う。

 

 

「俺が注意するとすぐに下を向いていたバカ娘が、答え合わせできるようになったぞ」 と嬉しかったりすると思うのです。

 

 

例えば、大学生1年生の18歳とかで自動車運転免許証を取得して普通車を運転してみて上手くできない。 1人でやってみた結果としてそれは特に異常でもないと思うし、おかしくもないと思う。

 

 

女性とかでもとりあえず運転免許証を取ってみたけれど1年とかで自分には合わないとやめてしまう人がいるのですがそれはもったいない。

 

 

彼氏におんぶにだっこという感じで依存して上達するという方法もあると思うし、お父さんのお金を使ってコーチを雇うというやり方もあると思う。

 

 

要は過程とかはどうでも良くて、結果としてお父さんを乗せた時にダメ出しされないようになれば良いと思う。

 

 

なぜか?

 

 

初めて自分1人でやってみてできない自分がいて、それを経験した後でできるように伸びた自分を見る。

 

 

”成功体験” というものをした時に、「答え合わせというのはこういう風にやるんだ」 みたいなものを学ぶと思うのです。

 

 

車の運転という17歳までにはそういう経験をした事がなくて、18歳になってやってみて上手くできない。

 

 

上手くできないというその時点での結果はそれほど重要でもないのに気にしたりするとか、そこから前に進めなくなり、そこで面白くないとかの理由でやめてしまう。

 

 

ひょっとしたら自分がどういう風にやれば修正できるというのが頭に浮かばないだけなのかもしれない。

 

 

そこで上達しようというのをやめてしまうと、それが手続き記憶のようになってしまい、大学を卒業して会社員とかになった時に仕事を覚えていくという似たような事をしていく時に、「自分でできるところまでやろう」 みたいな変な目標になったりすると思うのです。

 

 

「誰かにそうしなさい」 みたいに言われたとか命令されてやるとかでなくて、自分の意志で運転しようと考えてやったりするわけなので、結果が上手くできないからと言って投げ出すみたいになると、それが癖みたいになってしまうと思う。

 

 

どこで1つの区切りがあるのか? という線引きとしては、お父さんを助手席に乗せて運転した時に、お父さんが心配してダメ出し続けるとかがないようなレベルではないかなあ~ と私は思うのです。

 

 

大学を卒業して会社員1年生になりそこで知り合ったお父さんのような上司の部長を助手席に乗せて運転した時に、「うわっ、こいつメチャ運転が上手いわ」 と感動するようなものではない。

 

 

その上司の人がその新入社員を見て、最初に運転免許証を取得して1人ぼっちで運転をして公道を走った時に上手くできない自分を感じたり、でもそこでやめずに答え合わせをしてその結果として横に座って乗っている自分が不安にならないようになっているというのを体験して、「まあ合格か」 みたいに感じられれば良い。

 

 

自分が仕事を与えてやらせた時に、最初に不慣れさで上手くできない結果があったとして、そこから乗り越えられるだろうなあ~ という風に見えた事で、じゃあ仕事をさせてみるか~ という気持ちになると思う。

 

 

ちなみに私が会社員となった時、上司を隣に乗せて運転をさせられた事はない。

 

 

上司は自分でハンドルを握りたがるタイプの人で、自分がオフィス街でもガンガン運転するので運転が下手くそとかの人は嫌いだったりすると思う。

 

 

人生初の年下の部下となったメチャかわいい女性OL姉さんも、運転が下手くそな男性とかは嫌いだと思う。

 

 

それまで学生というだった人が新社会人デビューし、会社員1年生となるという潮目が大きく変った環境になった時に、自分がそういう人達のチームに入っていたというライン、1つの線の区切りとして、「横並びになれた」 という事くらい確認していた感じだと思う。

 

 

例えば、「私はあの企業に入社したいという第1希望の企業に入社できたので大満足です」 みたいに感じる人もいる。

 

 

私の場合は、線引きの部分で「こういう人達と同じチームになれている」 みたいな線引きをしている感じ。

 

 

子どもが大きくなり、進路とかで悩みお父さんの成功体験談を聞きたいというのは、簡単ですよ。

 

 

高校を卒業して親元を離れようか、離れないでおく方が良いのか? と悩んだ時に、自分には難しそうというイメージで親元を離れない選択をしてしまう人がいる。

 

 

でも、それは間違いだったりする。

 

 

なぜか? と訊かれれば、周りの同じ年の人が経験をしていくのに自分ができないと4年とかで差がついてしまうので、そこから自分が後追うというのはしんどいと感じるだけだったりする。

 

 

人生はチョイスの連続なので右か左かという二者択一の選択は難しいと感じる方に行かないと簡単な方に行く事を繰り返すと息詰まる。 これを”チョイスの法則” と言う。

 

 

次に車の運転をするようになった時に、自動車学校で鬼教官を指名した事で自信を無くし、免許が取れたのでしばらく乗りたくない気持ちになってしまう。

 

 

そんな時は分析という事をしてみる。

 

 

小学生の頃遊びに行った家の友達のお母さんが高校中退したっぽいように見えたりするのに、お父さんのお仕事の飲食店の仕事で仕入れに行くとかで車を運転したのを思い出す。

 

 

そうすると、運転している人は特別凄い人でも何でもなくて自分が不慣れさから難しいという風に錯視しているんだと気づく。

 

 

自動車学校に通うのに〇〇万円というお金を使っているので、せめて及第点までいってやめようと思う。

 

 

及第点ってどう確認するのか?

 

 

お中元の配達の仕事をやれば、期限があるので終わる頃とかにそこの会社の人が、「三之橋君。 あなたに仕事をしてもらい良かったので別の仕事をしてみないか?」 と誘われる。

 

 

その人が仕事をさせてみて、及第点だと判断したからオファーをしていると考えれる。

 

 

オファーを受けてなんぼの世界なので、丁寧にお断りをしてその日の夜にお1人様焼き肉パーティーをやる。

 

 

なぜオファーを断るのか? と訊かれれば同じ事を続けても伸びしろはないと思うので別の事で運転を模索する方が良いと思う。

 

 

お金の問題で運転できないという場合は、中古車を買い、及第点到達を確認したら売れば良い。

 

 

お父さんに、車を買い維持するのにお金がかかるという問題があったので、及第点到達できたというお中元の仕事を持って一時中断をする事にしました~ と言えば、お父さんの視点では、「あいつは線引きが上手くなったな」 とか思うじゃないですか。

 

 

それらを”線引きの法則” と言う。

 

 

自分が運転を始めたみてしんどいとか、お金がかかり過ぎるとか問題があった時にどのラインでやめるのが自分に取って良い線引きなのか? くらいは判断できないといけない。

 

 

お父さんが自動車学校に行くお金を出してあげたとか、自分でアルバイトをして出したとか、そこはどうでも良い話。

 

 

自分が初心者マークを貼って1人でレンタカーを借りてでも運転してみて、難しいなあ~ とか感じる。

 

 

何も感じない人よりは感じる方が良い。

 

 

でも、何でもそうですが新しい事を始めると難しいというものを感じたりするので、感じたからやめますというのはどうかなあ~ というのがある。

 

 

お父さんとかにね、自分がやってみて難しいと感じた。 でも、今は学生だしそのうちに覚えたりすると思うし、社会人になったらもっとお金に余裕ができたりして乗られる時間とかも増えるので上手くなれると思う。

 

 

とか言うと、「お前バカなのか」 と言われそうじゃないですか。

 

 

どこで1つの区切りにするのか? という部分では自分が難しいと感じるとかではなくて、結果として仕事で自分を使ってみた人がきちんとできているよね? あなたは及第点ですよね? できればこのまま終わりにせずに他の仕事もしてもらいたいとか言ったりするライン。

 

 

車を運転する事に苦手意識を感じるとか、不安になるとか、嫌だと思う場合、とりあえず及第点まで自分でやれれば、中断した所でその後の人生に影響を与えない。

 

 

例えば、会社員になった時に会社員の仕事って難しいと感じた時に、「じゃあ1年だけこのまま在籍して頑張ってみるか」 みたいにそんな線引きをしても良いと思う。

 

 

”線引き” というのは、相手の視点で見るというもの。

 

 

例えば、車の運転をした時に鬼教官を指名して怒られてダメ出しされ続けたりしたり、公道に1人で出た時にあまり楽しいとは感じないという事でしばらく離れたい気持ちになる。

 

 

暑い夏の夜に自宅のリビングでエアコンを入れてあり、お風呂に入るとか暑いシャワーを浴びると出た時にお風呂に入る前より涼しく感じるじゃないですか。

 

 

冷え性の女性が、暖かくしようと厚着をしたりしてその事で体は冷やそうとして余計寒くなるとかあるじゃないですか。

 

 

それと同じように、自分が運転はちょっと苦手で自信がないとかでしないようにすると結果としては逆にいく事になる。

 

 

人間によくある直感に従うと結果が悪くなるというものがあったりするので、逆に自信はないけれどお中元の配達とかの仕事をやるという直感とは逆に行動をする事で、不慣れさに一気に慣れるしかなくなる。

 

 

自分のお父さんが運送会社を経営しているわけではないので、あくまでも想像となるのですが、雇っている人の視点でどのような仕事をしていれば及第点となるのか? を考えるわけですがそもそも及第点というのはアルバイトだと酷くても期限がくれば終わるという感じなので注意するとかしないと思うので、オファーがくるラインを予想して仕事をして、終わる頃にオファーがいただける。