今回は怒られ方が悪いと人生が悪化するというお話です。
以前あった”教えてgoo” の相談サイトに、20代の女性がお父さんを車に乗せるとイチイチダメ出しをしてくるので乗せないようにしていたけれど、どうしても乗せないといけない事があり乗せたら助手席でうるさかった。 どうしてそんな風に言えば私がやる気が無くなるとかわからないのですか? と相談が書いてありました。
例えば、「おい、信号が青になったのにスタートが遅い」 とか。
「おい、今左折する時にウィンカー出すのが遅かったぞ。 もう少し早く出さないと」 とか。
「おい、この通りでわざわざ右折するから信号が3回変わってやっと右折できた。 隣の平行する道路を走れば右折は信号が1回変わって渡れたぞ」 とか。
娘さんが運転する車の運転席で、その娘さんが残念な所を感じたら即座に教える。
それを言われる度に、イライラしたりして、「お父さんの教え方が悪いからそうなった」 と思っているらしい。
う~ん、ただの発達障害かなあ~ と思います。
小学生の頃にお父さんやお母さんに怒られた時の感覚と同じという、叱られた=面白くないという感じでしょうか。
お父さんとかであれば、娘さんが自分を隣の乗せないように避けているとか気づく。
でも、やはり父親なので嫌な役目を買って出るみたいに、その娘さんが運転していて普通は自分で気づくような事を気づいていないからずっとその下手な運転のままに見えたので注意してあげたのだと思う。
もしも、その娘さんがちょっとイケメンのボーイフレンドや彼氏がいて、その彼氏を助手席に乗せて走るとかがあればきっと、「下手な運転をして笑われたくない」 とか思ったりして今よりはもっとうまくなれていたと思ったりします。
車の運転あるあるとしては、大学生になり、「車の運転技術の習得がこれから先の人生を大きく左右するファクターなんだ」 とか言って普通車サイズの中古車を買ってみんなが乗っていたりする。
そんな風に自覚はできて車を買うまでできた人でも、よく陥るパターンとしては、「面白くないので」 という事で前に進めなくなる人はそう珍しくないと思う。
高校生時代にカッコいいスポーツカーに乗っている男性を見て、「俺も大学生になったらあんなスポーツカーを買って乗って、大学で知り合ったメチャかわいい彼女とドライブ三昧するぞ~」 と夢見て、いざ18歳の大学1年生で中古でスポーツカーをローンを組んで買ったりする。
そもそも、高額なスポーツカーをローンを組んで買ってしまった事で、お金がないという状況に陥り、アルバイトしないと支払えなくなる。
お金がないのに車を買う事が間違いなわけですが、そもそもスポーツカーを買っても残念な人はメチャかわいい彼女とかできなかったりする。
そうするとね、契約した月極駐車場に駐車しっぱなしになるか、アルバイトへの往復で1人で乗るという結果になり、休みの日に彼女を乗せて県外にあるテーマパークまでスポーツカーでドライブするなんて事にならない。
自分のスジヨミとしては、”あのスポーツカーを買えば、俺の人生変わる” みたいに想像して、いざローンを組んで買ってみたものの予想とは全然違う面白くない結果になると、「車の運転=面白くない」 みたいになってしまうので、運転そのものをしたくなくなるとかある。
でももしも、スポーツカーでも何でもない普通のセダンの中古車をローンで買って乗っていて、そこにメチャかわいい女性から、「つきあってください」 と告白でもされたなら、その人は、「俺はメチャかわいい彼女がいるので、恥ずかしくない運転をしないといけない」 とか思って上手になっていたりすると思うのです。
つまり、「面白くないな」 というスタートになりそのまま挫折してしまう人の方が多いと考えられるわけなので、最初のスタート段階でそうならないように意識する事が重要になると思うのです。
お父さんを乗せた時にイチイチダメ出しをされるというのは、それ全部気づけていないので、ドライブレコーダーで会話を撮影しておき、全部大学ノートに書いて、「私の運転で自分で気づかずにやらかしてしまっているリスト」 として箇条書きにして1つ1つ塗りつぶす事ができるようにすれば、お父さんを乗せても言われなくなると考えられる。
会社で23歳とか25歳の女性が働いていて、「私車の運転は苦手であまり運転しないんですよ」 と言われた場合、その人の彼氏でもない同僚としては、「へえ、そうなんだ」 と言うと思う。
その人が、18歳で自動車運転免許証を取得したとか決まっていないので何歳で免許を取得したとかがわからないと、最近自動車学校に行ったばかりなのかもしれない。
でも、ぱっと見30代に見える女性が公道を運転していた残念だと、周りの人は、「どけ邪魔だ、バカ女~」 という風になると思う。
2つ目の問題として、人は18歳で自動車運転免許証を取得したりする方が良いというのはあるのですが、全員が18歳で自動車学校に行くわけでもなかったりする。
18歳の大学生1年生が、「俺高校を卒業して、自動車学校に通い普通自動車運転免許証を取得して、普通車サイズの中古車をお父さん名義でローンを組んで買ってこっちに乗って来たけれど、運転が苦手で・・・」 と言う。
それを言われた人は、「お前運転下手くそだな~」 とその会話で断言できないと思う。
それまで生まれ育った実家を離れ、何の土地勘もない誰も知りあいもいない大学のある場所に引っ越して1人暮らしを始めるというアローンスタートの場合、1人暮らしになった事でやる事は急増するわけだし、学業を優先させるとか、アルバイトを優先しないとお金がないとかいろいろあるので、その時点で本人が、「俺は運転がヘタくそで」 と自覚して言っていたとしても、単に道を知らない事で運転する時に必要以上に考えないといけない事でワンテンポズレているだけなのかもしれないじゃないですか。
昔はカーナビも携帯電話もなかったので、そこにアローンスタートで土地勘がないと、道がわからないのでより運転の難易度が高くなるとかあった。
大学そばのアパートに住んで半年でも経過すれば周りの道とかも覚えてしまうので、そこで運転すると運転しやすいとか変わる事がある。
早い人だと、大学生になり1カ月とか経つと自動車学校に通い普通自動車運転免許証を取得して、土地勘のない道路をいきなり実践運転していくじゃないですか。
あれって何ですか?
と訊かれた場合、大学生になった入学式の日に、「これからの人生を大きく左右するのは運転技術の習得なんだ」 と教えられた時にもう周りの子はみんなやっていたので、ヒアリング調査した時に、「俺は実家のある田舎だと車の運転はできると感じたけれど、さすがに大学のある所に引っ越して車も持ってきたらいざ運転してみたら、”俺は運転できない人なんだ” と感じた」 と言っていた人が少なくなかった。
受験が終わってすぐに自動車学校に通い普通自動車運転免許証を取得して、田舎でまず運転してみる。
どうしても不慣れな土地勘もない所でそれをやると道がわからないのでより難易度が上がると考えた結果みんなそんな事をやる。
でも、いざ大学のある都会に引っ越してみると田舎だと片側1車線道路とかで空いているのに対して、都会は片側2車線道路とかになり交通量が多くなるという問題がある。
実家のある田舎だと、「ちょっとスーパーまで買い物に行ってくる~」 と言って家を出て車が少ないので余裕を感じるので自分で運転は簡単だと感じてしまう。
でも、都会に行くと交通量が多いのでスーパーに行ってお客様駐車場でハザードを点けてサッとバック駐車しないといけないとかある。
そういうのに加え、田舎だと道がわからないと止まって考える事ができるのに、都会だと、後ろに車がどんどん来て考える時間もない。
そんな感じで田舎は過疎地なので余裕に感じた運転が都会だと急に2段階も3段階も難しく感じ、前に進めなくなるという段差みたいなものがある。
そんな経験談をする人が少なくなかったので、「だったら私は難易度の高い土地勘もない道路でいきなり運転していくか」 という風にやる。
”車の運転=会社での仕事” みたいな事でみんなやっているわけなので、会社に入った時に自分が知らない知識不足とかも当然あると考えられるので難易度は上げてそれでできるかどうか? を検証しておきたいという考え方からそうしている。
車の運転はそんな段差があるのです。
20代の女性がOL姉さんとして内勤職で働き、「私は一応免許は持っていて田舎の実家では運転したりできるのですが、さすがにこっちは道も知らないし、車も多いので運転できません」 と言う。
それを同じ会社で働く人が聞いていても、「まあ20代だし、そういう事もあるよね~」 と言ったりする。
でも働き続けて、30代でそれを言うと、周りの人は、「あの人バカじゃないの」 みたいになる。
男性でもそうなのですが、20代でできない時に、「それはまあそんな事はあるよね」 みたいに許容されていたように見えたのが、30代となったら、「父ちゃん坊やかよ~」 みたいに評価が変わるという年齢でも段差がある。
そういうのは、20代で意識できる人もいれば、できない人もいるので、できない人はよく考えないと人生がどんどん悪化していく要因となる。
まあ、そういう将来の自分の視点で見て考えるという事ができるのとできないのとではかなり差が出るという問題がある。
ただ、それよりも重要なのは、「怒られ方」 だと思う。
”お父さん=いつも私を叱る人” みたいな一方通行的に見えてしまっている部分は、”逆転” させてみるというのが良いと思うのです。
人間の法則の1つに、「誰かを叱るとかはやりたくない」 というのがあると思う。
例えば、長い人生いくらでも時間はあるわけなので、NHKとかで介護の番組でも見てみるのが良いと思う。
「私は介護をしていて、どうしても親を叱るとかあるのですが、叱った後に嫌な気持ちになる」 と言っていたりする。
お父さんやお母さんが認知症になっていく。
そうするとそれまで無かったガスの火を着けたまま表に出て掃除しているとか、火の消し忘れを見て、「お母さん、火を着けたままにしているじゃないか」 と注意しないといけない。
買い物に行く前に注意して、帰ってきてまた危ない事を見て注意して、たった1回叱るとかでその後に気持ちが凹むとかあるわけで、1日に何度も繰り返すと精神的に不安定になり、早い人だと1カ月もしないうちに体調がおかしくなってしまう。
車の運転が残念な娘さんはお父さんに注意され、その結果、「またお父さんに叱られた」 となり、下を向く。
お父さんは叱るのが大好きとか思っていなくて、できればあまり言いたくないとか思ったりしている。
お父さんは男性で、家族に娘さんとが女性がいると、昔からお母さんには仲良くするけれど父親とベッタリとかの娘さんってあまりいないので仲良くなりづらい距離感を取られるとかわかっていたりする。
ただ、親として、家族だからとつい言ってしまい、言った後で、「つい言い過ぎてしまったかなあ~」 とか凹んだりする。
お父さんに叱られた時とかに、「私はお父さんにまた叱られた」 とか自分でどう感じたというのは考える必要はなくて、「私は運転が下手くそなのでお父さんにまた嫌な思いをさせてしまった」 と考えれば良いのです。
なぜか?
警察24時とかを観ていても、トラブルメーカーとして出てくるおじいさんとかって、「私は誰かに迷惑をかけていない」 と言ったりするじゃないですか。
ニュース番組で河川敷でゴルフが禁止と立て看板があるのに1人ゴルフをしているおじいさんがいて、「何で禁止されているのにゴルフをやるんですか?」 とテレビ番組スタッフが逃げていくそのおじいさんにしつこく訊くと、「私は誰かに迷惑をかけた事はない。 誰かが迷惑だと言ってきた事もない。 でも、今言われたからやめたじゃないか~」 とか言っているじゃないですか。
つまり、誰かに面と向かって、「あなたのやっている行動は迷惑です」 とか言われると意外とそこから先やめたりする。
車の運転が残念な娘さんは、「私の運転がヘタな事で誰かに迷惑をかけていないはず。 もしもそうであれば必ず面と向かって迷惑だと言う人がいるはず」 という風に思い込んでいるだけだと思うのです。
世の中の人全員が人生楽しいってわけじゃないですか。
例えば、若いママさんが幼児を連れて買い物にでも行き、横断歩道があり、車が止まると、「〇〇ちゃん、渡るわよ~」 と我が子に声掛けして、「すみませ~ん」 と止まってくれた運転者に言ったりするじゃないですか。
我が子に横断歩道の渡り方を教えてあげているわけですが、同時に止まってくれた人にありがとうございますとか言う事もやったりする。
でも、ヤサぐれた人とかの場合、運転して走って来た車が止まっても、絶対の会釈すらしないとかあるじゃないですか。
人は人生がうまくいかない時とかに、周りの人の事を考える事ができなくなるというのがある。
大学を卒業して、新社会人デビューして、会社員1年生となり、上司が、「違う違う違う~、そうじゃないだろ~」 とか仕事でメチャダメ出しでもされた時に、自分が叱られたとかそういうのはどうでも良くて、「私は目の前の赤の他人の上司に叱られたわけで、この人はきっと不快な思いをしたと思う。 セブンウィッシュというくらいなので、どんな人にも限界はあると思うので、5回くらい叱られたらそこで自分から辞めよう」 と思えば済む話なのです。
例えば、私三之橋の場合は、入社して4月にお昼休みに帰って来て嫌な予感がして振り返ると役員の認知症っぽい人が杖で私に目掛けて振りかざしたので当たったら死んじゃうので避けてしまった。
その結果50万円か100万円するガラスケースの人形が粉々に割れてしまった。
凄く怒鳴られてしまったのですが、意味がわからない。
そのまま応接室にて怒鳴り声が響き、その後社長室に移動し仁義なき戦いのように怒号が響きまくりだった。
その後黒塗りの車で役員が病院に連れて行かれた。
しばらくすると黒塗りの車で退院して帰ってきたのですが、車椅子に乗りお手伝いさん達が押していて、もう心神耗弱状態を通り越して何もわからない廃人になっていた。
誰も説明してくれないので自分で調べたら、どうも役員の人が骨董品など無駄なものを買い物し会社に請求書を回すという事が十年以上続いていたみたいでした。
誰もその役員に何か言われると、「はい」 としか言えない世界。
社長でも言えないのでいつも押し切られて無駄なお金を出し続けていた。
「今度こそは突っぱねようぜ」 となったみたいでそこに私が入社して、お金の支払いがないと業者が役員に数百万円の件で言ってきてそれで「私のお金を支払わないのは誰なんだ?」 となりお手伝いさんが適当に新入社員の三之橋だと思うと言ってしまったみたいでそれで殺されかけてしまった。
さすがに殺人未遂はニュースにでも出たら大事なので、「人を殺そうとしたなんて容認できない~」 となり強制的に入院させてしまった。
その車椅子姿を見て、私は悪いことをしてしまったなあ~、5回ミスったら辞めようリストの1個目に記録しておくかと思ったのです。
この話をするとボケた役員が会社の人に迷惑をかけ続け、年間数千万円も無駄に使っていたのを阻止して、社長に「あいつは雇って大正解だった」 と信用を不動のものしてヒーロー賞をもらえた感じだと思うのでなぜですか? と真顔で訊く人がいらっしゃるのですが、世の中の仕組みを知らないからだと思う。
お金持ちの家の中にどうしようもない人がいて、対処できずに十年以上とかいたわけで、たまたま私が殺されそうになった事で踏み越える事ができなかった一線を越えたのだと思う。
そうするとね、その問題が解決した事でまあタイムアウト的に5年くらいは安全かなあ~ という風に感じたのです。
家族の中に引きこもりのどうしようもない子供がいて対処できない人って結局は地獄を見るとかになるじゃないですか。
結局ね、救いようのない人たちだと思うのです。
たまたま偶然救えたかのように見えるだけで、そういう人ってまた同じように超えられない問題を起こすというのを繰り返すので、せっかく入社したわけですが、さすがに10年は持たない気がしたので、タイムアウトエラーにならないように5年を目途に働くかと思ったのです。
実際に10年もしないうちに100億円くらい失ったと私のブログに結果が書いてあるじゃないですか。
2つ目は、お局様界大ボスのおばあさんに入社したその日に目を着けられて虐められてしまった事。
そのおばあさんに何か言われると社長でさえも、「はい」としか言えない。
そのおばあさんに、「三之橋さんはお洒落さんですね、部長みたいな格好をして仕事できないのにね~」 と言われたとか先輩OL姉さんに言ったらバカウケしまくりでした。
おばあさんって、お局界の大ボスナンバー1って感じだったのですが、そもそも外に出られない人じゃないですか。
会社は外のお客様の前に出しての大丈夫な人なのか? というものがある。
おばあさんは取引先の管理をしているのでお客様が来たら会える。
私三之橋の場合は同じ内勤職でも入社してすぐに上司の代わりに上司の高級車に乗って1人で銀行廻りをして会社の代表として大金を持ってきたりしていた。
つまり外に出るのに許可を得る必要もないという制限の違いがあるわけです。
そうすると、「私は40年以上働いているのにあの若造が私の上であるわけがない」 みたいに虐められるのです。
定年を過ぎていたのに誰も定年の話をしないというおばあさんの仕事を引き継ぐことになり、おばあさんは夫婦でヨーロッパ周遊旅行をもらい辞めていった。
誰もその人に何かいわれるとはいとしか言えなかったのでおばあさんがいなくなったら会社の社内の雰囲気が一変した。
正しく言えば、その前に誰も何も言えない役員の人がいなくなったので、社内がお祭り状態に変わった。
それも失敗というかやらかしの1つにカウントしていた。
私の場合は、会社員となる前にシンプルに、自分が上手く仕事ができなくて仕事のやり方とかを注意されたらそれをやらかしたとカウントして、シンプルに5個貯まったら貯金できたとして自己都合で辞めようと思っていた。
そもそも自分が天才とか思っていないわけなので、1度目で大成功とかはしないと考えていた。
「やらかし貯金が5個貯まったらそこで辞めてしまえば、さすがに上司の限界までいかなくて済むんじゃないかなあ~」という考え方。
こんな話をすると、「せっかく入社できた会社を自分から捨てるなんてもったいないでしょ?」と言う人がいるじゃないですか。
でも、次に就職の面接に応募した時に、「なぜ会社を辞めたのですか?」 と当然質問されると思うので、「はい、私はそれまで大学生だったという学生から新社会人デビューをして会社員1年生となった時に、それまでの学生時代には自分で気づけなかった失敗と言いますか自分の仕事で残念な部分を赤の他人の上司や先輩が指摘してくれましたので、一旦自分は失敗した責任を取りその5つの残念な所を修正してやり直せば残りの人生は好転すると考えました」 と言えば採用されるじゃないですか。
人間を観察した場合、「人は同じ失敗を何度も繰り返している」という1つの法則があると思うのです。
例えば、車の運転であれば、幼稚園生の頃からいろいろな人の運転する車に乗ってドライブなどに出掛ける。
そのドライブ中に普段温厚な人が、「何だあいつは危ないって自分でわからないのか~」 とか運転しながら言ったりする。
でも、その言われている人は、例えクラクションを鳴らされたとしても自分が残念な運転をしていたとか気づけないわけで、それで死ぬまでずっとひたすら同じ運転を繰り返して誰かに迷惑をかけ続けていると思うのです。
それと同じですよ。
会社員となりその会社に入社できて良かったねとか大学の事務の人に言われたりすると、いざ辞めるとかになるとたぶん躊躇うと思うのです。
「もったいなくない?」 とか思ったりする。
でも、コンピュータプログラムのif thenプログラムのように、「もしもこの条件となった場合、プログラム10,200にジャンプして行動しなさい~ みたいに機械的にやると決めておけば、「あ~あ、残念な事にやらかし貯金が5個になったので責任取って辞めるか~」 と辞めてしまえば困るじゃないですか。
履歴書って途切れてしまうとそこを追及されるので困るとかあると思うのです。
私の場合は高校生時代に頭のおかしな虐めっ子に、「無実の罪を着せてやるので責任を追及され退学になって、もう高校中退で人生終わったと悲観して首を吊って死ね」 と言われた。
その虐めっ子の人が履歴書とかにこだわるのは、たぶん自分がどこかの学校を辞めさせられているという失敗を気にしているから、自分と同じ目に遭わせてやると考えるのだと思う。
自分のね、履歴書とかの部分で綺麗に生きようとか考えると、たぶん虐められて居場所がなくなると自殺してしまうとかになると思う。
私の場合は、別に転校してスイッチするというシフトするだけなので、「さようなら、みなさんもお元気で」 と言ってしまえた。
綺麗に見えるように生きようとするとその代償もあると思うので、別に綺麗でなくて良いじゃんと考えるようになった。
そこから思うのは、人生で1度で大成功なんてしないだろうから、失敗したという時に責任を取って自分から辞めてしまい、そうするとそれ以降就職の面接とかで毎回そこを追及されるであろうから、「こういう風に修正しました」 と言う事になり、何度も言っていればその記憶が焼き付くと思う。
世の中に多いのは、自分が失敗しても失敗したという風に認識できないで繰り返す人達だと思う。
自分が手にした仕事を手放してしまえば、失ったという事でさすがに失敗として認識するしかなくなると思うのです。
「あ~あ、俺はせっかく就職できたのに自分の見通しの甘さでそれを失ってしまった」 とアクセプトできれば、さすがに同じ事を繰り返さなくなると思うのです。
後は大学生時代にワンデー彼氏に応募して、自分と同じかチョイ上とかの同じ会社のOL姉さんと他愛もない会話ができるのを目指そうとやっていたので、実際に入社してOL先輩姉さんと仕事中に他愛もない会話ができなければそれも辞めようと考えた感じ。
ことわざのようなものに、「物事の始まりなんてものはどうでも良くて、重要なのは終わり方の方」 と言ったりするじゃないですか。
実際問題としては、上司に仕事の件でダメ出しされたとか、やり方を注意されたとかは無かったし、OL先輩姉さんとの他愛のない会話もバカウケしまくりだった。
そんな感じだったので、「えっ、お前辞めるの? 1番出世コースを走っているのになぜ?」 と同じ会社の先輩とかに驚かれたのです。
でも、私の場合は、ブログに書いているように入社して1カ月もしないうちに認知症の役員に杖で殴られた感じでたまたま避ける事ができたので死なずに済んだ。
高齢者がよく持っているアルミ製とかのちゃちいやつでなくて、紫檀みたいな固いやつなので人形ケースのガラスでさえ粉々になったのに杖は折れていなかった。
自分が殺されそうになったという事よりも、社長などの苦悩の姿を入社早々見てしまった事で重大な欠点に気づいてしまった事の方が戸惑った感じ。
例えば、自分が高校を卒業して新社会人デビューして会社員1年生になるとか、専門学校を卒業して会社員になるとか、大学を卒業して新社会人デビューして会社員になるとかある。
ざっくり言ってしまえば、学生生活という誰かが教えてくれる世界にいた人達が、職場という会社は仕事をする場所なので大きく環境が変わるという潮目を経験する。
新入社員が何人もいて、全員が新人なわけで、そこで自分1人だけが指導係の人に怒られたり、怒られるというよりは、「ここがあなたはできていませんよ。 それはこういう風にするの」 と注意される。
その時に、「何で俺だけがいつも怒られるんだ。 きっと俺が虐められているに違いない」 と思い込んでしまったりする人がいるわけですが、新人を虐めて楽しいと思う人は民間の企業ではいないような気がする。
採用して全員が合格点となり辞めないというのはあり得ないのです。
『さあみなさんも、周りの人を見て、見様見真似で同じように仕事をしてくださいね』 と言われてスタートする。
厳しい会社だと研修とかないままに、自分のデスクに座ってそこに電話が鳴ったら、”新人が取る” みたいなルールで取るしかない。
初めて聞くような社名を記憶したりして、要件を聞いて、周りの仕事をしている誰かに、「こういう内容の電話はどうしたら良いですか?」 と相談してチャチャっとやらないといけない。
全員知識がゼロから横並びでスタートするわけなので平等になるのですが、どうしても周りの人に上手く相談できない人もいたりする。
お客様なので言葉使いも気を付けないといけないので、隣の人が電話で使っている台詞とかも覚えていかないといけない。
厳しい会社だと転職でもそうなのですが、誰かが教えるとかでなくてやらせて本人がその日で、「辞めたい」 と言えば、「そうですか」 で終わってしまう。
できない人にわざわざ丁寧に教えてもできないと結局辞めてしまうので時間の無駄だったりする。
でも、採用した企業側にも新入社員はそれまで会社で働いていない未経験者というのを知っていて採用しているので、基礎を教えるくらいの採用者責任はあるという考え方で仕事をしていなくて給料を支払っていくとかある。
新入社員が10人いて、周りの8人くらいは何も言われないとかあるのに、自分ともう1人だけが注意されているなんて場合は、たぶんその人の仕事ぶりがそれだけ目立って酷いレベルなんだと思うのです。
注意された時に、「俺だけが虐められているに違いない」 とか思い込んでしまう人って、たぶん認知症のおじいさんやおばあさん、あるいは精神病の人と同じような感覚だと思う。
もしも、自分で虐められていると思った場合、さっさと辞めて2社目で働けば済むと思うのです。
もしも、1社目でもガンガン言われ、辞めて2社目でも同じように言われれば、たぶん空気が読めない人で偶然入った会社で虐められるというのは続かないと思う。
「自分だけが虐められている」 という風に思い込んでしまう理由の1つに、周りの人の行動を自分と比較できていないというのがあると思うのです。
「私は今まで学生だった。 初めて会社員となったわけで会社の事とか仕事の事とか何もわからないわけで、何もわからない人にもう少し丁寧親切に教えてあげるべきではないか」 みたいに考える人は、周りの人を良く見るという、”俯瞰でものを見る” というのができていないと思う。
認知症の人でも、精神病の人でも、「私は何も悪くない」 と言ったりする。
仕事でダメだしされた時に、「同期で入社した同じ新人の〇〇さんは俺が注意された部分をどういう風にしている」 とかが頭にないと思う。
私のように、「何もわからない世界なのでとりあえず5回注意されたらそこでスパッと辞めてしまい、指摘された5カ所を修正してやり直しその次の会社で検証しよう~」 とか思わないと思うのです。
私三之橋の場合は、大学を卒業して新社会人デビューして会社員1年生となり入社1カ月もしないうちに認知症の役員に杖で頭を殴られて避けてしまい、その後車椅子に乗って帰ってきた時にもう何もわからないしゃべれない感じの廃人になっているのを見て、「悪い事をしたなあ~」 と1つ目の失敗として閻魔帳に記録した。
入社して即日お局様大ボスの認知症のおばあさんに虐められてしまい、最終的におばあさんの仕事を引き継ぎそれで退職されたので2つ目の失敗として記録していた。
私の場合は、厳しめにやっているので2個となった。
3つ目は上司に、「三之橋君、考えるには2つある。 1つはじっくり考えてみる方が良い結果を出す。 でも、仕事とかやり方でわからない場合はさっさと訊いてそのやり方を真似た方が早い」 とか言われた。
新人で仕事が少ないので同じ課にいたメチャかわいいOL姉さんの手伝いをしてと言われた。
でも、何かおかしいと気づいて、その仕事のデータがメチャクチャな事に気づき、それを上司に報告すればすべて自分が何年分も修正しないといけなくなると考えた。
でも、報告しないといつかバレてしまい、自分が気づけないレベルと思われるのはどうかなあ~ と考えたので、どうしよう? と考えていたら、上司はバカじゃないので何かわからない事で悩んでいると見えた感じ。
個人的に入社したら同じ課にメチャかわいいOL姉さんがいたので、その日に「あの子と仲良くなれたら良いなあ」 と思ってしまった。
例えるならば、AKB48のセンターにいそうなかわいい子。
彼女になってほしいとか、そんなじゃない。
朝とか夕方に私服になる姿を見て、「小洒落ているなあ~」 って思ったりして、会社員になって同じ課になんとなくしゃべりやすそうな子がいたので、仲良くなりたいと思った。
でも、同じ課だといつもその子が見えてしまい、上司とか年上の人達がいなくなった時にOL姉さん達がダラけるみたいな感じになった時とか、その子がしゃべっている姿を見て、「なんとなく違ったかなあ~」 と思ったりした。
会社に入る前には想像しなかった役員の認知症っぽい人とかに悩まされている苦悩、みたいな社長とかの姿を見たり、なんとなく仲良くなりたいと思った子がちょっと違った事で距離感を取るとか、想定しなかった出来事の連続だった。
こんな話をするとドン引きされる人もいるのですが、同じ課にメチャOL姉さんがいて、どうもその人達が好きになれなかった感じで違うフロアに行って仕事をするとかしていたので、在籍中同じ課のOL姉さんは部下のメチャカワイイ子を除いてほとんどしゃべった事がない。
大学生時代に、「会社員になったらOL先輩姉さんという全然違う課の女性と他愛もない会話をできるのを目指す」 という感じでワンデー彼氏に応募したりした事で、目標はそうなった。
会社員って、同じ課の人とだけしゃべるという人もいるわけで、そういう風にならないように1年生から外の課の人としゃべられるというのを意識し過ぎたような気もする。
そんな感じで距離感ができていて、そこに同じ課のカワイイ子の仕事の手伝いをするという事になった時に、あまりにも仕事が適当過ぎるのを見てしまい戸惑った。
それで上司にどう報告しようかと考えていた時に上司から、「考えるには2つある」 とか言われてしまったのが3つ目。
結局残念な人みたいに指摘されるのが5個貯まったら辞めようと思っていたけれど、5個もいかなかった。
役員の認知症みたいな人の件で、「あと5年くらいは居られそうだけど、それまでに転職するか」 と思ってしまった事が転職の1つの理由だったりする。
私の場合は、人間行動分析学とかがずば抜けて優秀という感じで大学生になれたわけで、そんな人がスジヨミで外す確率ってほぼほぼないわけで、「タイムアウトエラーになるまで5年かな」 という風に思ってしまった時点で転職するのは決めていた感じでもある。
それまで大学生だった自分が、会社員とかの世界を知らないわけなので、「俺は会社員になったら大成功するぜ」 とか言えないじゃないですか。
なんとなく先輩OL姉さんと他愛もない会話ができれば良いのでは? みたいに思ってワンデー彼氏に応募したりしていた。
いざ会社員になってやってみた時に、「あ~、これは俺には無理だわ」 となるのかもしれない。
「見るのと、やるのとでは大違い」
とか言ったりするじゃないですか。
それと同じで、自分が経験してみて、いきなり実践してみて、そこで上手くいかないとかあっても別に不思議ではないと思うのですが、その路線を継続して修正するのは難しいと思うので、「残念な人だと5回注意されたら一旦そこで自分で辞めてしまい、自分は失敗しました~ とお父さんとか周りの人に宣言して、やり直そう。 その指摘された5個分を次は指摘されないようにすればグンと成功できる確率は上がるはず」 みたいな考え方しかしていない。
一般的には、「会社員になったら失敗しないようにしよう」 みたいな人って少なくないじゃないですか。
でも、私の場合は、逆で、早く失敗してそれに気づけばさっさと修正するので好転していくと考えていた。
自動車学校でもそうですが、1番の鬼教官を指名している。
車の運転は自分で運転しながら自分の残念さに気づけない人が多いので、最初の遠慮しない鬼教官がズケズケと言って怒鳴りまくれば、言われた事を記憶してそれを宿題にすれば免許取得して1週間で忌み嫌われるポイントが無くなるくらいになれる。
洗い出しってメチャ難しいので、他人の目、それも知識とかが上の人の目を利用した方が手っ取り速い。
自分の目で見て、自分の頭だけで考えて、洗い出しをした場合、どうしても他人の目で見たよりも甘めになるという問題がある。
例えば、それまで大学生だった三之橋という人が会社員として新入社員となり、車の運転はヘタくそだったとします。
なぜ大学生時代が4年間もあるのに、下手なままなのか? と訊かれれば、自分で気づけないからです。
たぶん、2つ以上の事を同時に行動できないと、自分が運転席に座り運転するのにもういっぱいいっぱいとなり、クラクションを鳴らされたとしても自分に鳴らされたとか思わない。
そして、「車の運転免許を取得してよく事故るとかいうので、俺は1度も事故とかないし、警察に捕まった事もないわけで、まあ合格点ではないだろうか」 と、”結果” を見てそう思い込むのだと思う。
でもね、走行距離数そのものが少ないと事故なんてまずあり得ないと思うし、近所のスーパーに行くだけで事故に遭うとか、パトカーに呼び止められる方が難しい。
それで入社した会社の先輩とか上司がその運転の下手な様子を見たりしたら、それは、「本人は一生懸命やっているつもりで、残念な所に自分で気づけない空気が読めないのだろうなあ」 と見えてしまう。
上司は新入社員を自分のデスクの斜め隣とかには位置したりする。 どんなに自分が忙しくても隣という距離感であれば、その人の電話している様子などをまじかで見る事ができるから。
それで、「三之橋君、今誰と電話していたの? お客さんだよね? 会話がおかしくないか?」 とその新入社員が電話していた様子を見たりして気づいた事を注意する。
「あそこで、三之橋君がこう言っていた部分だよ。 お客さんにそんな事言っちゃマズいでしょ?」 とか指摘した時、「俺はそんな事言ってないですよ」 と言うと、「あ~自分で気づいていないのか」 となるじゃないですか。
会社員になった時に何か人が集まっているテーブルに呼ばれて突然その会話に参加するというシュチュエーションはある。
自分の会社の社員が数名とお客様とかがいて、その会話に参加した時におかしな会話をする人はいる。
夢中になると、会話がおかしく脱線していく人はそう珍しくもない。
自分でしゃべっていて自分で気づけないとそうなる。
ただ、自分で気づけない人に注意して是正させるというのは難しいものがあると思う。
つまり、新入社員の三之橋さんという人が入社してきて、その”本人が自分を見ている姿” という認識の部分と、”周りの上司などが見ている新入社員の三之橋さんの姿” というのが、乖離すればするほど、三之橋さんは不幸せになっていくと考えられる。
逆に、その”本人が自分を見ている姿” という認識の部分と、”周りの上司などが見ている新入社員の三之橋さんの姿” というのが乖離していなければいない程幸せになれると考えられるじゃないです。
会社に38歳とかの先輩OL姉さんがいて、高校を卒業して新社会人デビューして会社員となりもう20年在籍しているとします。
その人が新入社員の三之橋さんという人の運転する車に乗って走ると、すぐに残念な人とか気づいてしまう。
なぜか?
車の免許を持っていない人であっても、誰かの運転する車に乗ってドライブするとかあるわけで、自分は運転しないだけ余裕もあるので隣で見ていれば気づいてしまう。
『えっ、今道を譲ってもらったのに挨拶もしなかったって事は気づいていないの?』 とか。
小っちゃな会社の事務所でなく、それなりの大勢いるような事務所だとさすがに空気が読めないと20年も続けられないと思うのでたぶん乗る前に運転していない姿を見て、「あの人はダメそう」 とか気づいていると思う。
自分で気づけない人=うっかり注意するとかしてしまうとキレるので怖い人。
みたいな感じで怖い存在に見えてしまうと思うのです。
車の運転をモノサシとして使う人は少なくないと思うのですが、大学生だと18歳の大学生1年生で普通自動車運転免許証を取得して、中古車でも買って運転しているという人がほとんどなので、『4年もあって下手くそなのは自分で自分が見えない人なんだ』 という風に見えてしまう。
38歳とかの年齢ですと経験則でそういうモノの捉え方をしていると思う。
会社員の怖さというのは、そこでOL姉さんとして働いている内勤職の人なんて、空気が読めないと続けられないというものがあると思うので意外といろいろなものを見て自分で判断している。
大学生が想像してみて、会社員の世界で1番受け入れられるのは、車の運転が上手くできるような人だと思う。
もしも、運転が下手くそだと空気が読めない人に見えてしまうので、「私はあの人とは違う課なので言わない方が良いかな」 とハブられてしまうじゃないですか。
でも、「三之橋君はセーフティ」 と思われれば、1番注意でもしやすい。
周りのOL先輩姉さん達が、新入社員の三之橋という人を見て特に緊張せずにしゃべる事ができるという1番言いやすい状態にしておき、そこで自分のダメな所があればガンガン言って~ とアクティブに探す。
生きた人間の目を使って自分の目で見ている俯瞰視と周りの人が自分を見た時の様子の認識のズレを極限まで小さくしている感じ。
例えば、もしも大学生時代に親元を離れて1人暮らしをして、そこで統合失調症のようなものを発症した場合、自分の見えている景色をそのまま信じると大変な事になる。
あるいは、お父さんが福岡市議会議員とか、飲食店の経営者とか、要は会社員でなかった場合、そのお父さんの影響を強く受け過ぎているので、その感覚が会社員ではまったく通用しないのかもしれないじゃないですか。
人が言う、”常識”というのはその人の育った環境によって微妙に違っている。
そんな感じなので1番最初の会社員になったという1年生の時に自分の見えているもの、自分で自分を見た時の認識が周りの人が自分を見た時の認識とズレが大きく乖離していると人生どんどん右肩下がりに孤独になっていくだけなので、ズレの乖離が極限まで小さい方が良いので検証をしているだけだと思う。
それでは、最初の20代の女性が運転が残念で、普段お父さんを乗せないようにしていて、いざ乗せた時に都度ダメ出しをされたという部分は、もうお父さんしか言わなくなってしまっているだけの話だと思うのです。
どんどん人生が悪化していくというだけなのに、そのお父さんをぞんざいに扱っているあたりがもうダメな人でしかないと思うのです。
将来誰かと結婚できた時でも、ママ友とかが見て、「あの〇〇ちゃんのお母さんの運転は見た?」 とか陰で言われて気づけないとかになると思うのです。
1人の時は、ただのバカ女という評価で済んだとしても、子供ができればその子供までがお友達に、「あなたのお母さんの運転って酷いレベルだよね~」 と子供まで巻き込んでしまうと思うのです。
例えば、会社員となるその前の日の夜に夢に神様が出てきて、「これからの人生で1つだけアイテムをプレゼントしてあげるので何が欲しいのか?」 と訊かれたら、私は歪んで見えない目かなあ~ と言うと思う。
なぜか?
と訊かれたら、自分が何か事件にでも巻き込まれてしまい弁護士でも雇う事になったりした場合、弁護士さんを選ぶ基準というのは、歪んで見えない目をした人にすると思う。
凄い大学の法学部を卒業しているとか、メチャ若くてカワイイ女性とか、単純に自分がしゃべりやすいとか、そういう基準ではないと思う。
なぜか?
委任契約をして交渉とか行ってもらったりして報告を聞いた時に、歪んだ目をしている人の話だと聞いている内容が事実と違う箇所が含まれてしまうのでそうなると判断が難しくなると思うから。
企業の場合でも、未曾有の事態に陥ったりした時に、誰に担当させるのか? という部分での人選は、歪んで見えない人に限定されると思うのです。
社長は交渉に行かないで誰かを行かせると思うので、その行かされた人が話を盛る人だと、社長はそれを真に受けて誰かに相談する時でもそれをそのまま事実であるかのように伝える事になり、コンサルタントのように助言する人もどんどんつられてしまう結果を招いてしまう。
そう考えた場合、会社員になるという時に何を目指すのか? というビジョンの部分で難易度が高いその歪んで見えない目を目指しておけば、将来仕事にあぶれるとか起きないので安泰じゃないですか。
「誰にでもできる仕事」 とかでなくて、「その仕事はあの人にしか無理」 みたいになれば、一生リストラとかと無縁な人生になると思うのです。
じゃあ、それをどのように手にする?
という部分では、生きた人間を使うというのが1番複雑で難易度が高くなると思うのでそうする感じ。
人間をリフレクターとして使うみたいな感じ。
私の場合は、大学を卒業して新社会人デビューして会社員となった会社で、お局様界大ボスのナンバー1みたいな人に虐められて、その人が40年くらいやっていた仕事の取引先管理の仕事を引き継ぎました。
その会社に入ってそんな仕事をやったという事が想定外に良かったと感じる事で、1番自信がない、”人当たり” で問題が出なかったのが嬉しかった感じ。
ただ、辞める事になった時に同じ課にいたシステム系の部長が、「三之橋君のやっている仕事なんて誰にでもできる簡単なものなので俺がやっておくので心配せず安心して辞めてくれ」 と言われた。
『それはやめておいた方が良いですよ』 と何度も忠告したのに耳を貸してもらえなかった。
辞めた後にそのシステムの部長の態度が上から目線で酷かったとかでかなり取引先からクレームもきたらしい。
「あんな酷い人がやっているなんてあの会社は何かおかしくなっているんじゃないか」 みたいな悪評に。
それでたぶん注意はしたと思うのですが、全く聞いてもらえずに定年直前なのに辞めさせられたらしい。
その事で結局100億円くらいは失ったみたいで、その結果従業員が100人超えで解雇されたとかになっているそうです。
私三之橋は、会社員の世界に飛び込み、①役員のその人に何か言われると社長でさえも、「はい」 としか言えない。
②お局様界大ボスのおばあさんがいて、その人に何か言われると「はい」 としか言えない。
③入社した時から同じ課にいたシステム系の責任者の部長がいつも角打ちで奢ってくれたりして、「俺には大学生と高校生の娘がいて、家族に男は俺しかいなくて居場所がない。 娘が結婚したら仕事が終わったこんな風に一緒に男同士で飲むんだ」 と言われ、私がその将来の娘さんと結婚した旦那と飲む練習台みたいになっていて、人の話をまったく聞かないタイプだった。
ザックリ言えば、認知症みたいなどうにもならないような人が3人いた感じで身近で見てしまった。
入社する前からになるのですが、私三之橋は別に会社員の世界で、「俺はトップにまで上り詰めるぞ」 とか、「出世したい」 とかそんなのは目指した事はないい。
自分がなりたくないタイプ、みたいなものに頭のおかしな人があるのです。
例えば、受験に失敗して引きこもりとかになり精神病となり、四六時中自宅の中でわめいている、みたいな人がいるじゃないですか。
まあ、そういう感じの人になりたくないと言えば、なりたくない。
ただ、そういう風になる人の確率って相当低いと思うのでそこまで意識はしていないと思う。
パッと見た目は上品で、高そうな洋服しか着ていなくて、いつも黒塗りのセンチュリーとかお抱え運転手が運転するピッカピッカな車で送り向かえされていて、外の人から見た時にその人がおかしな人とか気づかない。
でも、その人が周りの人を苦しめ続けていて、『何か変な悪霊にでも憑りつかれているんじゃないの?』 みたいな人。
たぶんね、高校生の頃の虐めっ子というトラウマみたいなものかもしれない。
ぱっと見、その人を見て問題児とかに見えず、まともな人に見える。
何人か殺しているっぽいのに、逮捕歴すらない、みたいな人で虐める時にかなり悪質で無実の罪を着せて学校を辞めさせてやるので人生詰んだと悲観して首を吊って死ねとか平気で言う人。
そんな話を警察に行って話したところで誰も信じてくれず、逆に私が頭がおかしい人、統合失調症の人のように思われるだけだと思う。
人はみんながみんな壊れた時に1日中わめくとかわかりやすい壊れ方をするわけではない。
中途半端に壊れる人の方が多いわけで、そんな人が周りの人を困らせているとかある。
そういう人になりたくないかなあ~ と思っているだけ。
会社員となって朝会社に出社して、その会社事務所の中で夕方まで働いて、周りの人が、「三之橋さんは普通かなあ~」 と思ってもらい感じ。
一般的に人は自分のお父さんやお母さんや兄弟などを見て、精神病とか、身体障がい者だとか、そんな感じでないと何となく自分も普通とか思い込む傾向にあったり、年を取っても認知症にならないとか思い込んでいたりして、確認しようとか思わないと思うのです。
例えば、小学生1年生の頃から学校でテストで高得点を取る、 その結果お母さんに褒められるという事で繰り返していきどこかの難関国立大学とかに入学できたりする。
そのように同じパターンを繰り返して、自分は勝ち組なんだとか何かを感じたりする。
でも、学生時代は一生続かないわけで、大学を卒業して新社会人デビューして会社員1年生となるとかで潮目が大きく変るとかがある。
その潮目が変わった時についていけない人も当然出てくる。
なぜか? と訊かれたら、潮目が変わるという部分で学校のテストで高得点を取れた技術みたいなものがあったとしても、必ずしも環境の変化に順応できるスピードなどは個人差が激しいと思うから。
高校生まで実家で暮らしたりして、卒業して大学生になるというシュチュエーションでは、実家を離れて何の土地勘もない誰も知りあいのいない所でスタートするというアローンスタートを経験したりする。
それも潮目が大きく変る環境の変化となるわけで、その環境に順応できるとかできないとか、できたとしても順応するスピードとか人それぞれ違っている。
親元を離れて一人暮らしを始めるという部分で、掃除や洗濯も自分でしないといけなくなると、それだけでもういっぱいいっぱいとなる人もいる。
でも、18歳の大学生1年生だと自動車学校に通い普通自動車運転免許証を取得して、中古で普通車サイズのものをローンで買い、アルバイトもして返済しながら、同時に土地勘もない事で道をよくわからないのにカーナビや携帯電話とかもない時代に公道で実践練習していくという、やる事が増えると言いますか、未経験でよくわからないのにやる事が急増するという環境の変化がある。
環境に順応できる人だと大学生1年生の18歳でそれ全部を乗り越えていくと思うので、その18歳とか大学生1年生でターニングポイントがあると考えられるので、自分がそれらを経験して乗り越えられたとかの結果を見れば、ある程度は環境の変化に順応できるスキルみたいなものを自分でわかると思う。
私の場合は、大学生4年生になって就職活動をする事で同じクラスの子に相談しようとしたら、「俺は大学生になって自分に向いていないとわかったので実家に帰ってお父さんの知り合いの縁故採用で働くので民間企業に就職活動しないからわからない」 とか言う人がメッチャ多かった。
入学式の日には、「俺はこれから先の人生を車の運転技術の習得で変わるという事を知っているのでもう中古車も買って運転しているんだ」 と言っていた人達が3年間の大学生生活で何かを悟ってしまった感じに見えた。
私の場合は、就職活動って全然知らない世界だったので、誰かを誘って一緒に企業説明会に行き、知り合いといる方が安心というか少しは余裕が出るので何回か行って慣れようと考えたので大学で同じクラスの子に声掛けした。
でも、10人以上声掛けしたのに全員に、「俺はもう就職活動なんて無理。 田舎に帰るから」 とか言われてしまった。
大学の入学式の日にみんな車の運転とかしていてこれから先の人生は運転で決まるんだ~ とか言っていた。
それを真に受けてしまった私は、法定速度の3倍でいつも走りやがってお前逮捕しても良いんだぞ~ と警察署長の所に連れて行かれて言われてしまったのですが、そもそもそこまでやった人が周りの人にいなかった。
私の大学生時代の卒論のテーマは、車の運転技術の習得でこれから先の人生が決まるとみんなが言っていたので、いかに伸びしろの上限まで最短ルートで昇り、そこで得たノウハウを会社員ゲームにフィードバックするというものだった。
高校生の頃は、お母さんが起こしてくれて作ってくれたご飯を食べて高校に行けば済んだ。
それとは違い、大学生になると自分で起きてごはんを食べる前に洗濯もしてとか、大学に行って講義に出るとか、アルバイトもしないといけないし、車の運転も土地勘のない道路でやらないといけない。
急にやらないといけない事が急増し、その18歳の時点でみんながやっている事が自分でもできるのか? とか実践しないとわからないので、やった結果もう自分には無理という判断をしてしまうので、大学生1年生で就職も諦めていた人が多い感じだった。
大学生の場合はそれまでの高校生時代と比べると一気にやらないといけない事が増えてしまうので、1年生の時がしんどいという感じになるので、それでみんなができている事が自分ではできないとか気づけるので、お父さんに頼んで実家に帰って縁故採用で就職も助けてもらうという、小ズルい作戦とかに切り替える。
そうしないとどこかの上場企業に入社できてもすぐに必要ない人となって仕事がもらえないとかの結果を招いてしまい、人生詰んでしまう。
国立大学など難関な大学に入学できた人の場合は、たぶん学業優先みたいにこれまでのやり方通りにやって、とりあえずどこかの企業に就職しようとか考えるので、車も買わないし、買わないとバイトせずに仕送りで何とかできるとか、運転もしないとかになり、結局みんなのやっている事が自分でできるのか? という検証しないと思う。
そうすると就職までできたけれど、仕事がもらえないでハブられるとかになるんじゃないかなあ~ と思う。
その人が生まれ持った才能とかではなくて、単にやり方を間違えてしまった事で人生詰んでしまうみたいな自分から落とし穴に落ちてしまう感じの人の方が多いと思う。
最初の話に戻せば、18歳の若い女性がいて自動車学校に通い普通自動車運転免許証を取得して、中古車を買ったりして運転する。
お父さんが、「ちょっと俺を乗せて走ってみろ」 とか言ってその車の助手席で娘さんの運転を見てダメ出しをするとします。
そんな場合一般論として父親が子供が初心者マークを貼って運転をして、残念な所があって注意してあげるとかとのシュチュエーションというのは、お父さんが子供をバカにして楽しんでいるという確率って低いと思うのです。
会社の上司の娘さんだったら、危ない運転をしても、「余計な事を言わない方が良いか」 みたいになってたぶん言わないと思う。
お父さんが生まれた時から我が子を見てきているという長くそばで生きてきた事でこれは言った方が良いと思って言っているだけなのでそれだけ運転が酷いレベルにあると考えて間違いないと思う。
後は、幼稚園生の頃から友達の家に行き、そこで友達のお父さんやお母さんが運転している姿を見たり、その車で家まで送ってもらったりして、「車の運転は隣の家のお母さんでもしているので、特別難しい技術を持っていないと運転できないというような性質ではないと思う。 でも、私が運転してみてそれは劣っている下手くそだと指摘されたわけなので、普通に考えた場合、”私の脳に障害があってできないか?” あるいは、凄く簡単でみんなができる事ができないという事は、”私のやり方がどこか問題あるのか?” そんな失敗をしているのではないか?」 と思うと思うのです。
ブログにも書いているのですが、私の場合は高校を卒業する時期にいつも一緒の男友達に、「お前とは一生付き合っても良い奴だと思っている。 これからの時代はコンピュータの時代だと思うので俺と一緒にコンピュータの専門学校に行かないか」 と誘われた。
引きこもりの友達の家に行くと、その子の部屋に100万円くらいのデスクトップPCが置いてあり本棚にコンピュータゲームソフトがズラ~っと並んでいて、ミニコンポもあり、CDもズラ~っと本棚に飾ってあり、部屋にあるPCとミニコンポとかで200万円くらいかかっている。
そのキーボードを見た時に文字の羅列が不規則で、コンピュータの専門学校に入ったらキーの位置がわからない事でついていけなくなり友達に迷惑を掛けるかなあ~ と思ったので学校帰りに家電量販店に行って父のクレジットカードでPCデスクとか含め一式買ってしまった。
引きこもりの友達がPCを100万円とかするのを買ってコンピュータゲームで遊んでいるのは、現実逃避する為の道具じゃないですか。
PCを買う人の購入目的は、1番コンピュータゲームで遊んでみたいというのが圧倒的に多くて、後は仕事で使うからとか将来の為とかで買ったりしていた。
私三之橋の場合は、自分がキーボードを普段触っていないのでコンピュータゲームで遊んで慣れないと専門学校に入学してついていけなくなり、それで辞めると友達も一緒に辞めるので人を巻き込むのは避けたいなあ~ と考えたから買った。
コンピュータ関連の仕事をしているプログラマーの人とかが、「いつかは頂点の設計者になりたい」 とか思っていたりして、「どうすれば設計者になれるのですか?」 とか訊く人もいらっしゃるのですが、そもそも頂点を目指した事などない。
自分が大学生になるという事で専門学校には行けなくなったので別れたのですが、卒業して会社員になった時とかに一緒に飲もうとかになってそこで、コンピュータの事とかやっていなかったりすれば、「お前はそういう奴なんだ」 とか言われそうじゃないですか。
友達が冗談とかでなく真剣に一生付き合っても良いと考えたとか話して、でもその想いというか、きちんと真剣に聞いていなかった人みたいに思われるとかは嫌かなあ~ と思う感じ。
もしもその友達がコンピュータの専門学校に行き、ずっとコンピュータを続けて大人になっていた時に、何かコンピュータの専門用語とか仕事の話をした時に会話できないレベルは悪いなあ~ と思った感じ。
「俺がこれからの時代はコンピュータの時代だとあれだけ教えてあげたのに聞いていない奴なんだ」 とか思われたくない。
大学生になって入学式の日に国産高級車の新車に乗っていた子が、「これから先は車の運転技術の習得で人生が変わるんだ」 と言っていたので、「あれれ、高校時代の友達がコンピュータをやれと言っていたのにこの人達はみんな車の運転技術だと言ってやっている。 どっちが正解かよくわからないので両方やっておくか」 となった感じ。
大学生1年生の夏に入り浸っていた男友達のマンションで、夏休みにもう一生治らない病気だと大学病院で診断されて1つの袋に8種類の薬が入っているのを飲んでいた。
大学生1年生の終わるころに大学事務局から「あなたたちは取得した単位数から恐らく2年生から3年生になれない残念な人達なので励ますパーティーに来てください」 と招待状が届いた。
そのパーティーに出席したら名簿に同じクラスの子が5人くらい書いてあるのに出席したのは私だけだった。
一生治らない病気になった友達が親に実家に帰って来いと言われたとか辞める事になった。
別に大学は辞めても良かったのですが、そうするとバディシステムを組んで一緒に車で大学に通学している男友達は困る事になるじゃないですか。
そうするとね、「大学を辞めると進級できないとその子に悪いなあ」 と思うので、卒業するまでは頑張ろうと思う感じ。
自分がなりたい人をイメージしてその人になるというのはかなり難しいと思うので、自分がなりたくない友達の足を引っ張り続ける迷惑な奴になりたくないとイメージしている感じ。
「えっ、目指している目標って低すぎないですか?」 とか訊かれるのですが、低い目標は超えやすいじゃないですか。
高校の頃の友達に大人になって一生に飲もうぜと学生時代の時みたいに誘われて行った時に、その人とコンピュータの会話ができないと悪いなあ~ とか思うのでコンピュータも辞めずにいたりするので、それで結果が良い感じだったりするだけだと思う。
友達はスーパー特待生という天才だった。
一方私は、頭のおかしな人に殺してやると宣言されるような人だった。
普通はね、自分が殺されそうになるとかあれば、「あの野郎随分ふざけた真似をしてくれたので、思い知らせてやる」 みたいになる。
私三之橋は、「自分よりも前に被害に遭って死んでしまった人が浮かばれないと思うので全身全霊の力を出して、持っているお金を全部使い切ってしまう事になっても、その浮かばれない子の為に戦っておきますか」 みたいに考えてやっていたりする。
天才と称された友達だったら、「あの野郎ふざけた真似しやがって」 と主観的にものを見るのに対して、天才でもない私三之橋の場合は客観的に視点の軸足をズラしてものを見るという決定的な違いがあった感じ。