ホラー映画、「ヘルディセント」 って観た事ありますか?

 

 

長い人生、山あり谷ありだと思うのですが、地獄に堕ちる感覚ってどんなですか? という部分では、ホラー映画ヘルディセントの冒頭に出てくるシーンのようなものかなあ~ と思います。

 

 

冒頭でアフガニスタンの上空を戦闘機が飛んでいて、「あと25分で戻れると伝えて」 みたいな会話から始まり、突然ミサイルが飛んでくるというアラームが鳴る。

 

 

右から飛んできているので左に旋回してとか後ろの人が言って回避行動に出る。

 

 

「フレアを発射」 とか言って、戦闘機のエンジンの熱よりも高温を発する囮の玉を発射して飛んでくるミサイルが熱を追うのでフレアに当てさせようとする。

 

 

そんな感じで努力したのに被弾してしまい、回転しながら「高度が下がっている」 と言って警告灯がどんどん点いてアラームも鳴り、「もうダメ、シートを射出して脱出して」 と言って脱出する。

 

 

まあそんな感じで、ヘルは地獄で、ディセントは降下するという意味なのでどんどん悪化していくという感じ。

 

 

「地獄に堕ちる感覚ってどんなですか?」 というのが知りたい人は映画ヘルディセントを観れば少しはわかると思う。

 

 

例えば、高校生が学校に行き、毎日虐められている人もいるのかもしれないのですが、ある日急に死ね~ みたいに言われる。

 

 

そんな感じで朝学校に行く時の通学の時とかは、まさかその日にそんな衝撃的な出来事が起こるなんて想像すらしていない。

 

 

『今日も昨日と同じようにしょーもない1日なんだろうなあ~』 みたいな感じで学校に向かっている。

 

 

私三之橋の場合でいえば、学校の授業も終わり、緊急生徒会招集とかアナウンスが流れて、『何があるのかわからないけれど帰る時間になってこんな招集があるなんて今日はツイていないなあ~』 と少しだけツイていない日に感じたら、まさかの自分の退学勧告決議案だった、という感じ。

 

 

人はよく気分がどうの? とかバロメーターで表現したりする。

 

 

一説によると人は地獄に堕ちたという底に到着した時ではなくて、落ちる過程で底知れぬ恐怖を感じる事で自殺したりするといわれている。

 

 

説明が難しいと思うのですが、ある日突然不幸がやってくるという感じで予測できない。

 

 

映画ヘルディセントの主人公の女性パイロットのようにある日いきなり不幸がやってきてしまい、回避行動を取ったにもかかわらず被弾して戦闘機を捨てて生き残ろうとして、相棒は殺されて1人ボッチになるとかどんどん悪化していくシーンと同じ。

 

 

自分が無実の罪を着せられてしまい、これは何とかしないとマズいなあ~ と思って頑張ってみるのですが、火に油を注いでしまった感じで創業以来最高に盛り上がったとか言われるくらいに大炎上してしまった。

 

 

そんな感じ。

 

 

努力してすぐに何とかできるという感じではなくて、さらに落下していくみたいな感じ。

 

 

どんな風に抜け出せば良いのか? とか考えてもたぶんわからない。

 

 

それで自殺したり、精神的に壊れて再起不能となるような人、トラウマになってしまう人とかが少なくないと思う。

 

 

今回の刑事事件の被害者となった件でも、スイッチングが早いと言われる感じがあるのですが、「それは天才と共に育った凡人だから」 と答えている感じ。

 

 

例えば、私三之橋の場合高校生時代ずっと一緒だった男友達はスーパー特待生だった。

 

 

よくいる中途半端な特待生というのは授業料が免除されるくらい。

 

 

スーパー特待生というのは、その辺のおじさんよりお金をもらっているとかそういう人。

 

 

よくそんな話をすると、「天才とツルんでいたって事はあなたも天才って事でしょ?」 と言う人がいる。

 

 

たぶん、そんな人は世の中の事を何もわかっていないのだと思う。

 

 

天才と呼ばれたりする人というのは、短命な人だったりする。

 

 

なぜか?

 

 

たぶん、破滅に向かう時に誰かに警告されても人の話を聞く耳を持たないからだと思う。

 

 

「俺は今まで自分の直感で成功できたので、凡人の話とか興味もないぜ」 となってしまう。

 

 

どうしてそんなに自分の事を自信持つのかなあ~ と私三之橋はそう思う。

 

 

世の中に大金でも稼いでいる人の多くは、まあザックリ言えば半分くらいの人はただ運が良かっただけだと思うのです。

 

 

例えば、女優さんを見ても、20代の25歳とかでセンセーショナルなヌードをドラマで披露して一気に主役の座を手に入れて、その後10年はいつもテレビに出ていたりする。

 

 

でも、10年後とかに人生に陰りが見えてきて、精神的にもしんどくなって大病になり消えていくとかあるじゃないですか。

 

 

成功した自分がまさか転落するとは思わない。

 

 

それが天才だと思う。

 

 

でも、天才と共に育った凡人だと、その天才が転落していくのも見て育っている。

 

 

『あんな天才が転落しちゃうんだ』

 

 

そんな感じで見てきたからそう思う。

 

 

『自分のやり方が絶対に正しい』 とか思わない。

 

 

むしろ、

 

 

『自分は凡人なのに、何か偶然運が良かったりして生き残れたんだ』 と考えている。

 

 

そんな感じなので、映画ヘルディセントの主人公のようにいつものように回避行動を取ったのに、ミサイル被弾でコントロールを失い、イジェクトレバーを引いてシートごと脱出した何とか助かる。

 

 

そんな風になった時に、『自分は失敗したんだ』 と状況をアクセプトする。

 

 

『何だかよくわからんが、今回はなぜかいつものように上手くいかない』 という感覚。

 

 

自分が何か思い込んでしまっている?

 

 

それとも自分がいつも違っていてきちんと物事が見えていないのか?

 

 

失敗した原因を特定するとかそういうのはどうでも良いと思う。

 

 

人間だからいつも100%成功できるとかの方がおかしいわけで、上手くできない事もあると思う。

 

 

そんな風に考えているだけ。

 

 

例えば、映画ヘルディセントの冒頭シーンでも、自分達の戦闘機が降下しているとか声を出して言っているじゃないですか。

 

 

映画という作り物の世界ですが、自分が死にそうなひっ迫した緊急事態であっても冷静に状況を判断しているように見える。

 

 

人生というのは破滅していった人を見ても、ドミノ倒しのような崩れ方をしていると思うので下振れしないように何か支持線を差し込んだ方が良いと思う。

 

 

それでスイッチングする。

 

 

今回の場合は、弁護士さんと組むというやり方になるのですが、あまりこれはお勧めできない。

 

 

なぜか?

 

 

弁護士さんというのは、誰とでも契約しないというものがある。

 

 

例えば、中古車を買おうとグーネットで見て1台ものの車が人気があった場合、最初に、「私が買います」 と手を上げて名乗り出れば商談中にしてくれて他の人は原則購入できなくなる。

 

 

わざわざお店の人が、「あなたには売れないです」 とかほぼほぼ言わないじゃないですか。

 

 

でも、弁護士さんとの契約は就職する会社の採用試験より厳しいかなあ~ という現実がある。

 

 

最初にメール相談対応という感じにしてもらったのですが、メールにワードで作成した資料などを送らないといけない。

 

 

そのやり取りの過程でどうしても、「三之橋さんという人はこんな人」 みたいなものが出る。

 

 

とある弁護士さんが言っていたのですが、「コロコロ変わる女心と秋の空」 という感じで女性を中心に昨日と今日では言っている事がガラりと変わる人がいる。

 

 

当然男性でも心変わりのする人みたいな人はいる。

 

 

2人でチームになり上手くいくのか? というのは誰でも考える。

 

 

そういうやり取りがあってから、契約するという風になっていくのですが、”着手金” というお金の問題がある。

 

 

着手金なんて30万円くらいとか言ったりするのですが、実際はもっと上だったりする。

 

 

契約して問題が解決できないと、その着手金は無駄になるので1円も返ってこない。

 

 

弁護士さんって数多くの案件を抱えていらっしゃるので、わざわざ会って話すとかしようとすると時間がかかる。

 

 

私の場合ですと、「週末は都内に出張です」 とかそんな感じで出張されるので、相手の時間を有効に使えるようにワードで一気に説明資料を作ってはメールで送るという繰り返し。

 

 

それまで何の人間関係もなかった弁護士さんと契約したらたぶん最初の1週間で勝負が決まる。 みたいな時間との闘いとなるようなものがあると思う。

 

 

「今日から同じチームになりました三之橋です。 早速ですがこんな資料を作ってみました」 とワードで殴り書きしてメールで送る。

 

 

1日頑張って作って送って終わりではなく、翌日もその翌々日も繰り返していく。

 

 

1週間とか経った時に、「全体像が見えてきました」 みたいな感じになる。

 

 

テレビドラマや映画の中では、お金持ちの人が弁護士さんと会ったりして、「後はよろしくね」 とか言ったりするので、全部弁護士さんがやってくれると思い込んでいる人は少なくない。

 

 

どんなに優秀な人であっても、委任されそれを自分で調べていくというのは無理な話なので、資料とかは委任した側の人が作成しないといけない。

 

 

1年とか時間があるのであれば、じっくりやれば良い。

 

 

でも、現実としては1週間である程度資料を送らないと弁護士さんが分析とかできない。

 

 

想像してみてください。

 

 

あなたはある問題で悩み、それを解決したいと考え誰か弁護士さんと契約しました。

 

 

その段階で50万円とか支払っていて、そこから1週間で資料を作っては送るとかしないと全然前に進めない。

 

 

じゃあ、まったく人間関係の無かった同じチームとなったその人に「何を書いて良いのかわからない」 みたいになったりしませんか?

 

 

ワードで作成して、送ってそれが弁護士さんに理解できれば良いと思いますが、読んで意味がわからない文とかざらにある。

 

 

自分で契約して着手金を振込、でもそこから先自分でワードで資料で説明するとかができなかったりして、その結果着手金が無駄になると奥さんとか怒ったりしませんか?

 

 

「あなた、バカじゃないの?」

 

 

みたいに罵られる結果になる。

 

 

1人暮らしの人であればその辺は問題ないのかもしれない。

 

 

でも、家族とかがいると、結果が出せないと、大抵は、「バカじゃないの」 みたいに言われる。

 

 

じゃあ、そのバカじゃないの? と言ったのが奥さんだった場合、その奥さんであればやれたのか? と訊かれれば、その奥さん自身もやった事とかなくてただテレビのイメージとかでそう言っただけだったりする。

 

 

そんな感じで、数十万円とかをドブに捨てた、みたいな結果になると家族同士でも罵りあいになり離婚するとかもある。

 

 

それで多くの人は失敗した事の事を考えて、「例えば、弁護士さんにお金を100万円とか出して依頼するという人もいると思うけれど俺はもめてまでやりたくもなかったのでやらなかった」 みたいに言い訳をして終わる人は少なくないと思う。

 

 

例えば、私の場合ですと家族が病気で具合が良くないので、「えっ、何十万円も出して弁護士さんを雇って結果が出せなくて全部溶けてしまった事?」 みたいになれば、それは家族から見て不安でしかないと思う。

 

 

そういう部分で自分が傷付きたくないと少しでも思えば、もうやらない方が絶対に良いと思う感じ。

 

 

私三之橋の場合は、大学を卒業して新社会人デビューして会社員1年生になった時に入社して1週間で上司から、上司の仕事である銀行廻りに高級車に乗って行き大金を運ぶ仕事がもらえました。

 

 

それまで学生であったわけですが、全然未経験の会社員の世界に飛び込み直感で行動して1週間後には上司からお仕事がもらえた時にちょっと嬉しかった。

 

 

どんなに難関の国立大を卒業した人であっても、仕事ができるとか限らないので仕事がもらえないという人もいる。

 

 

上司の仕事用の高級車を1人で運転してオフィス街の銀行廻りに行くのですが、たぶんその人から見て、「うわっ、三之橋を部下にしてミスった」 とか思っていたり嫌いだったりすれば、わざわざ自分の高級車のキーとか渡さないと思う。

 

 

最初に入社した日に上司と出会って、何となくとっつきにくいかなあ~ と思ったので、意外と1週間で距離感を詰められたという事は何だか嬉しい感じがあった。

 

 

じゃあ今回も弁護士さんと契約をするとか初めての出来事になるという部分で、「会社員になった時も直感でやって1週間で上司に認められた気がするので、今回も直感でやれば1週間で距離感詰めるとかできそうな気がする」 みたいに思っただけ。

 

 

最初に会った時に、「うわっ、とっつきにくそうに見える」 みたいに苦手な人だったりして、でも1週間後にはその抵抗感が消えていたとかそう珍しくないと思う。

 

 

自分が相手が弁護士さんと意識した事で、「こんな事書いたら笑われるかなあ~、でも書いておこう」 みたいにやっていた感じ。

 

 

例えば、「どうしよう?、どうしよう?」 みたいにそんな風に考えると何も頭に浮かばなくて意味がないと思うので何か作業する方が良いと考える。

 

 

”手に考えさせる方法” というやつで全然知らない弁護士さんにこんな事書いて大丈夫かなあ~ とか考えながらワードで殴り書きにして送ってしまう。

 

 

頭の中だけで考えるよりも手に考えさせる方が整理しやすい。

 

 

くだらない内容であったとしても弁護士さんって秘書の人がいるので、「ここは読んで無駄でした」 とか整理してくれると思うので遠慮はしない。

 

 

じゃあ1週間もやれば、相手の弁護士さんも読んだりして、「段々と見えてきましたよ」 みたいに言われて弁護士さんの分析した内容とかを聞かせてもらえるじゃないですか。

 

 

これは電話で話した方が良さそうだと弁護士さんから電話がかかってくる。

 

 

それって弁護士さんがいない時に比べれば話し相手がいるというストレスコーピングにもなる。

 

 

自分が思い込んでいるとか何か精神病みたいになっていれば、「三之橋さん、それは思い込み過ぎです」 とか言われそうじゃないですか。

 

 

世の中にたくさんいる残念な人というのは、自分が悩んだ事を言いやすい相手にしゃべるとかしている。

 

 

自分が言いやすいだけであっても、その人が確実なアドバイスの助言をしてくれるとかは考えていない。

 

 

「違う違う違う、違うでしょ~。 そこを三之橋さんは勘違いしていますよ」 とか言われれば自分が勘違いしているとかわかるだろうし、逆に言われなければ弁護士さんもそう思っているとかわかる。

 

 

あなたは相談するってわかりますか?

 

 

例えば、男性だと学校とか会社とか親しい男友達に相談する。 彼女に相談する。 奥さんに相談する。

 

 

それはその人との間柄でそのように相談したりするだけで、必ずしも問題を解決する為の相談でなかったりする。

 

 

男性が奥さんに悩みを相談し、最後に、「今度専門家の人に相談してみようと考えている」 とか言ったりするじゃないですか。

 

 

奥さんに相談したなら、数日後とかに、「先輩の〇〇さんに相談したら弁護士さんを紹介してくれると言うので、今度会ってみようと思う」 とか奥さんに相談したその後の続編でどうなっているとか続きの会話をする。

 

 

それで弁護士さんと会って契約とか着手金の話が出たら、それはそれで奥さんに相談してもらった契約書とか説明資料も奥さんに見せたりして、「俺的には弁護士さんにお金を支払ってでも解決に向かった方が良いと思うんだけど、どう思う?」 とか言ったりする。

 

 

運命共同体と言うか、家族であったり家族のような付き合いとかだと、やはり困った事があれば相談くらいして欲しいと思ったり、お金を使うという部分でも家族とかの同意を得てからやるとかある。

 

 

「なぜ、弁護士さんと相談するの?」

 

 

と訊かれた場合、専門知識や経験を持ち、かつ私三之橋という人の事を良く知らない間柄になるので、言いたい事はズケズケと言うから。

 

 

問題を抱えて男友達に相談しても、「あの三之橋は絶対に俺が言ったアドバイス通りになんかしないと思う」 みたいにその人の事をわかっていたりするので、適当に話を合わせるかのような回答になったりする。

 

 

「問題を解決してあげたい」 とかでなく、「問題を解決してあげようと真剣に言えばきっと喧嘩みたいになると思うので喧嘩にならないように答えておくか」 みたいになる。

 

 

その点弁護士さんは違う。

 

 

予約して法律事務所のオフィスで2時間顔を突き合わせて話したりすれば、その会話が有意義だったとか無駄だったとかに関係なく2時間だと2万2千円請求される。

 

 

そのようにお金をもらっていると、その人の為にならないようなお世辞とかは言わず、その人の為になるような、「三之橋さんはここを改善した方が良いと思います」 とか相手を否定する事を言ったりしてくれる。

 

 

それで喧嘩みたいになったとしても、料金はもらったので、別のそんな人と無理して今後も付き合おうとか思わないので、説得されるとかもない。

 

 

例えば、医者だと違うじゃないですか。

 

 

足の悪い患者が来て、「足が痛いので歩けない」 とかグズグズ言えば、「そうですよね~」 とその日の治療費をもらえば良いだけの話なので、「〇〇さん、今歩く努力をしないと将来自分が歩けなくなり困る事になるんですよ」 とかはまず言わない。

 

 

自分の為になるか? という1点だけで会っているような人になるので、「弁護士さんにけなされようとそれは自分の為になる話なので最後まで聴こう」 と考えて会っているだけ。

 

 

『例えそれが事実であったとしても、赤の他人にズケズケと言われたくはない』

 

 

とか海外の刑事ドラマで殺人事件をやらかした人とかが、そんな台詞を言ったりするじゃないですか。

 

 

例えば、私が大学卒業して会社に入社して10年働いているとします。

 

 

そこに短大を卒業してOL1年生となった新入社員がいて、部下だったりしてその人の感性が凄いと思ってその人の意見を聞いてみたいと思っても、普通は正直に言わない。

 

 

なぜか?

 

 

うっかりバカ正直に言って、自分が居づらくなるというのは嫌なので、適当に言ったりする。

 

 

なぜか?

 

 

何等かの人間関係があると、どうしても喧嘩みたいになるというのは避ける傾向にある。

 

 

でも、無理に人間関係を続ける必要もない間柄ですと、喧嘩してもOKみたいな感じになるので言いたい放題言うとかある。

 

 

どうせお金を支払うのであれば、キャバクラのお姉さんみたいに酒を飲んでいる時間だけ良い酔い方ができるように褒めて欲しいとかそういう人もいると思うのですが、私三之橋の場合は、「私がもしも間違っている所があれば、全部言ってもらいたいです。 例えそれがどんなにイラっとするような内容でも、終わるまで席を立って帰るとか、怒鳴るとかもしませんので」 みたいな感じ。

 

 

もちろん、ドМだからとか、そんな話ではなくて、現実を受け止める力みたいなものがなければダメじゃないかと思うだけ。

 

 

それが凡人だと思う。

 

 

自分が天才だと、凄く才能があるとか思っていれば、赤の他人に言われたりすると受け止める事はできないと思う。

 

 

自分が凡人なので、「今真剣にその人が考えてくれて言ってくれたのは、リスクも抱えて言ってくれたと思うので少しは参考にしよう」 みたいな気持ちになる。

 

 

男性の場合、奥さんとかが自分に対して悪口とか絶対に言わないのを好む人というのはいると思うのですが、私三之橋の場合は、会社の年下の部下のOL姉さんでも、ズケズケと言う人を好む感じ。

 

 

その子がもしも、「三之橋さんの期限を損ねてしまったら大変な事になる」みたいにビビるようなものであったならばそれって仕事じゃなくて奴隷みたいな世界になると思う。

 

 

たまたま上司と部下という間柄になっただけなので、毎日会うだけで神経使われると逆にこっちも疲れると思う。

 

 

そんな感じでしょうか。

 

 

人生は山あり谷ありだと思うので、何か人に相談するとかは起こり得るわけなので、相談をできるというのが重要で、逆にそれができないと人生しんどい事になると思う。

 

 

大人になって奥さんに相談して、それで解決できない時にはもっと解決できる人に相談していくとかしないと、いつか奥さんにも見限られると思う。

 

 

相談で重要なのは、自分が言いやすい相手ではなくて、会ったりするのも気が引けるような、自分の事を良く知らない人の方が客観的な視点でモノ事を見られるとか、助言する時でも相手の立場になって考えられるとかあると思うのです。

 

 

『弁護士の人に会って相談してくるね』

 

 

と家族に行って出かける時とかって、何か緊張するとかあるじゃないですか。

 

 

どこか言葉も選んでしゃべらないといけない。

 

 

じゃあ契約しましょう~ となった時に数十万円の着手金をまず振込しないといけなくて、それも普通はビビッてしまうとかある。

 

 

『もしも、上手くいかなかったらお金が全部ドブに捨てるような感じか』

 

 

と思ったりして、ビビるとかある。

 

 

もしも、お金を振り込んでしまえば、「やっぱりやめたいのですが・・・」 とか言いづらくなる。

 

 

そんな感じで、「あなたはお金を振り込んでしまいました。 覚悟は良いですか?」 と訊かれたらファイナルアンサーと言わないといけない。

 

 

もう後戻りできない世界。

 

 

泣いても笑っても一発本番勝負みたいな感じ。

 

 

自分がただ言いやすいと感じている相手と相談している時とは雲泥の差がある。

 

 

もしも、自分が弁護士さんに説明する資料でもどんどん作って送らないといけないという時に、「何をどう書けば良いのだろう」 と悩んだりして思考停止してしまい、結果が上手くいかないとさらに恥をかくみたいになってしまうじゃないですか。

 

 

自分が今以上に傷付く事を恐れてしまったら、やらない方が良いに決まっている。

 

 

テレビドラマや、映画の中でお金持ちの人が弁護士を雇ったり、優秀な人を雇ったりするシーンがあり、それってどれを見ても楽そうに見えてしまうと思うのですが、現実は説明するスキルとか、コミュニケーションスキルとか、状況判断スキルとか、自分にかかってくるという感じ。

 

 

結局ね、結果がすべてという世界だと思うので、結果が上手くいかなかった場合は、お金を損した自分のせいでしかない。

 

 

「俺は弁護士に依頼した事があるんだけどね、結局お金だけ支払わされて損してしまった。 あいつらは使えない」 とか言ったりする人っているじゃないですか。

 

 

結果を出せるかどうか、というのはクライアントの依頼者側のスキルとかで決まるという感じで上手くいかなかったらそれはその依頼者のせいだと思えないような人だと、依頼しない方が良いと思う。

 

 

自分で直感とかで真剣にやって、それで結果が出せなかったら、それは自分が悪かったんだと思える人が依頼しているという世界。

 

 

『このゲームはどう考えても勝てそうに思えないなあ~』 と感じて、それでもお金を出してでも勝ちにいくみたいな気持ちがないと無駄になる。

 

 

全然楽しいという感じではないと思う。

 

 

私三之橋の場合は、気を付けている事といったら、人の話に耳を傾ける気持ちを持っている事くらい。

 

 

なぜか? と訊かれたら天才と言われた友達が転落していったのは、人の忠告とか聞く耳を持たないから短命で終わったとかをそばで見てきたからそう思うだけ。

 

 

大学生になるころに天才と言われていた友達は受け入れ先がないと言われたのに、私三之橋の場合は、推薦までされたりして1人だけダツラクしていない。

 

 

大学生になった入学式の日に、国産高級車の新車に乗っていた子が同じクラスで声掛けしてその子がこれからの人生を左右するのは車の運転だから俺は高校生時代にバイトして稼いだ300万円を投資したと言っていたのできちんと聞いたので真似てしまっている。

 

 

全然知らない人の話を聞いて、それがロジック的に合っているとかの判断を自分でしている。

 

 

まあ、人間行動分析学で褒められたりしたわけなのでそれができて当たり前じゃないですかと言われればそうなのかもしれない。

 

 

同じクラスと言っても、その日初めて会った人なので、その人の事は良く知らない。

 

 

でも、その人の話す内容から高校生時代にアルバイトをして300万円チョイとかお金を貯めて、大学生となったら車の運転がこれからの人生を左右する大きなファクターになるとか話していて、アルバイトをして受験も一発合格できているので頭は賢いんだろうなあ~ みたいに思った。

 

 

お金を稼いだ金額という数字だけであれば、圧倒的に私の方が多いという実績があるのですが、私はいちいち数字で比較したりしないので、その人がちゃんと努力をしてアルバイトとかを頑張り、同時に受験でも浪人せずに一発合格しているのは凄いなあ~ とどこかリスペクトして聴いていた。

 

 

その当時、300万円という新車に乗っている事で凄い人だなあ~ と思ったわけではない。

 

 

私がその後知り合った男友達がBMWの7市リースの1番高い新車を親から買ってもらって乗っていた。

 

 

その入学式の子は、そういう親がどうとかの話が一切なくて、自分でアルバイトをして貯めた300万円か400万円とかのお金から自動車学校に行って普通自動車運転免許証を取得して、新車を買って乗っていたわけですが、貯金のすべてを自分に投資するとやっていたとか、スピード感が凄かった。

 

 

普通の会社員のおじさんが乗れないような高級車の新車に乗っているとかそういう大学生はそう珍しくもないのですが、その子は自分で働いて買っていたとか、貯金のすべては次の人生に投資するとか凄いものを感じた。

 

 

車の運転が不慣れで下手くそなので、事故とか傷を着けるのが怖いのでとか、普通は失敗を考えたりするじゃないですか。

 

 

でも、その子は入学式の日にいきなり学生用駐車場に乗りつけるとか、もしも駐車場が満車だったらどうしよう? とか考えないみたいで、失敗する事を前提に行動しない思い切りの良さがあった。

 

 

その子だけが入学式の日に何か目標に向かってやっていたとかあった。

 

 

私は入学式の日に声掛けをして、車の運転技術の習得がこれからの人生を左右するファクターだと教えてもらい、その子に、、「何だお前そんな事も知らずに生きているのか」 って言われちゃったのです。

 

 

想像してみてください。

 

 

私がもしも、天才だったりしたならば、たぶん、『えっ何? 君は一般入試で入った人だよね? 推薦で入った僕にそんな事言っちゃうの? どの口がそんな事を言うの?』 みたいに畳みかけるようにやり返すと思う。

 

 

でも、現実は違っていて、『ええ、全然知らなかったのでとても参考になりました。 また続きを聞かせてもらえればと思いますのでよろしくお願いしますよ~』 と言ったのです。

 

 

その事が原因でメチャ高級車で乗りつけたその子は、周りの人から、「ちょっとあいつは感じが悪いよね~」 と人が離れてしまい、逆に私三之橋は、「あの人は感じが良いな」 となって同じクラスの子に仲良くしようと部屋とかに呼ばれるスタートになったのです。

 

 

たぶんね、凡人だからそういう風になるのです。

 

 

天才みたいな何か才能が凄いと評価された人って、いつも何かにイライラしている感じがあって、それで自分の運気を下げているのだと思う。

 

 

「人間行動分析学とかの人というのは、技術を使いまくってナンパでもやりたい放題じゃないのか?」 と真顔で訊く人もいらっしゃるのですが、それは、”操縦系” だと思います。

 

 

人を操縦する人というのは、俗にいう虐めっ子タイプだと思います。

 

 

私が高校生の頃に頭のおかしな人に目を着けられてしまい、無実の罪を着せて学校を辞めさせられて、高校中退の人生になってもう俺の人生終わったと悲観して首を吊って死ねと言われてしまった。

 

 

その事で学んだのは、強いていえば、”躱し技” というものかなあ~ と思う。

 

 

例えば、大学生になり、何の土地勘もない大学のある場所に行き、誰も知りあいがいないゼロからスタートした日に、誰かに声掛けしていかないと明日も1人ボッチだと小学生3年生の子供でもわかると思うので声掛けしたら、ちょっとバカにされてしまった感じ。

 

 

躱し技というのは一瞬で計算してそれを利用して自分の印象を爆上げしてしまうような感じでしょうか。

 

 

人生はシーソーゲームなので、ぱっと見みんながあの人はちょっととっつきにくそうな感じとか思っていると、その三之橋という人が声掛けしてバカにされてしまったりすると、「あ~、やっぱりな。 俺は声をかけなくて良かった」 と思う。

 

 

反面、ロシア製の跳躍型地雷を踏んでしまったみたいな残念な人に見える私三之橋の事を見て、「あれだけ言われたのに喧嘩せずに上手く躱す人だなあ~」 と受け流し方を見て、「あの人と知り合って仲良くなっても損はないかな」 みたいに感じてもらえる。

 

 

例えば、大学を卒業して新社会人デビューして入社した日に同じ課に、その会社のお局様界大ボスみたいな認知症のおばあさんに目を着けられてしまい、虐められてしまった。

 

 

自分のデスクでタバコを吸ったら、灰皿を投げつけられてしまい、怒られた。

 

 

でも、同じ課に大勢いた中で1番タバコを吸っているのは、私の上司だったし、社長なんかも吸いまくっていた。

 

 

会社の天井のダイキン製の空気清浄機能というオプションを装着していたエアコンがあったりして、当時は社内のデスクに座ってタバコを吸っている人は少なくなかった。

 

 

お局様界ナンバー1のボスに対しては、その人に何か言われると社内の誰もが、”はい” としか言えなかった。

 

 

社長でさえも、上司の部長でも、ちょっとその人には言いづらいように気を使っていた。

 

 

私の場合は、凄い人ではなくてボケたおばあさんにしか見えなかったので、別のフロアに行ってそこで仕事をするという行動に出た事で、結果おばあさんには誰も定年退職の話なんかできずにいたのに、夫婦でヨーロッパ周遊旅行をプレゼントして辞めてもらっていった。

 

 

例えば、高校を卒業した18歳で新卒入社で入って、それから10年OL姉さんとして働いている27歳とかのOL先輩姉さんみたいな人とどういう会話から入って仲良くなろうか? とか考えたりしたのですが、

 

 

そのOL先輩姉さんに、「ねえねえ、ちょっと訊いても良い? 〇〇さんに虐められているの? 何て言われたりしたの?」 と訊かれ、『三之橋さんはお洒落さんですね、部長みたいな恰好をして、仕事できないのにね~ って言われました』 って答えた。

 

 

「えっ~~~、そんな事を言われたの~~~。 でも、あの人だったらたしかに言いそう~~~」 って言いながらメチャ笑って、笑いが止まらなくて涙も流していた。

 

 

他人の不幸は蜜の味って言うじゃないですか。

 

 

誰もがその〇〇さんには怒られる事とかないように気を使って、気を使ってとやっているのに、入社したその日から虐められていると、何だかその人はバカにも見えず、自分の代わりになってくれているように見えたりするとか、いろいろある。

 

 

それで先輩となる社員が奢ってくれるとか、今夜も飲みに連れていってもらえるとかそんな結果を招いた。

 

 

お局様界大ボスのおばあさんが課のデスクに座って仕事をしていると、電話が鳴ったら周りにたくさんいた同じ課のOL姉さんとかが仕事をしていてもサッと電話に出ないとお局様界大ボスに注意される。

 

 

いつもデスクのあるその課ではピリピリした空気感だった。

 

 

その人に抗ったりすれば、絶対に自分が辞めさせれるとみんなが信じていた。

 

 

私が学生から社会人になった時に最初に見た光景というのは、凄い権力者がいてみんなその人に気に入られようと頑張っていた事で人生が逆に悪化しているという人達だったのです。

 

 

「怒りの心情は自分の運気を下げるだけ」 という感じ。

 

 

例えば、中学生とか高校生で引きこもりになる。

 

 

大人になってもう20歳とか過ぎているのにまだ引きこもっていたりすると、ある日お父さんとかに、「だから俺はあれほど引きこもるなと言っただろ~」 とか怒ったりする。

 

 

そんな時は、「違う、俺は引きこもっていない」 とか思ったりするじゃないですか。

 

 

自分の人生が躓いた事を指摘されたりした時に、人は起こって抗うとかしてしまうので喧嘩になる。

 

 

なぜか?

 

 

人生が上手くいかない人って、ただ世の中の仕組みを間違えて覚えてしまっているので、よくあるパターンで言えば、「俺のオヤジはたまたまあんなに俺に当たる人で、口うるさいタイプなんだ。 もしも、俺がダメな事をしているのであれば、もっと周りの人が俺に注意してくるはずで、そういう人がいないのにオヤジだけがうるさく俺に注意するので、オヤジがおかしいんだ」 みたいに思い込んでいたりする。

 

 

例えば、自転車の運転で小学生の12歳までとかと、75歳以上とかの高齢者は車道でなく歩道を走れるとかあるじゃないですか。

 

 

親切な人であれば、小学生のガキが自転車で歩道を走っていれば、「自転車は車道を走るんだ」 とか注意してくれる。

 

 

でも、さすがに中学生とか高校生ができていないと、わざわざ知らないおじさんが注意なんてしないじゃないですか。

 

 

中学生や高校生が制服を着てタバコを吸っていて、全然知らないおじさんがそれを見て、注意してくれるとかないじゃないですか。

 

 

大学生になって入学式の日に周りの学生がみんなタバコを吸いながら校内を歩いていたのですが、よく考えてみるとタバコとか飲酒って成人の20歳になってから解禁されるのに、当時誰も注意するとかしなかった。

 

 

昔コンビニでアルバイトをしていたのは、日本人の大学生とかが中心だったので、私の場合は、高校生の頃にセブンイレブンでタバコとエロい週刊誌を買ったら、「お前な~、高校生だろ。 タバコとかエロ本を当たり前のように買いやがって。 まあ俺も高校生の頃は買っていたけど」 と大学生の男子のお兄さん店員さんに注意された事はある。

 

 

高校生が制服を着ていて、襟章に級長バッジとか着けている姿でセブンイレブンでタバコを注文してもオーナーのおじさんでも絶対に「お前高校生だろ」 とか言わない。

 

 

昔は20歳で成人だったのですが、18歳とかの年齢になると周りの人がもう大人として見てくれるので、いちいち注意してくれるという事が激減する。

 

 

昔は、教えてgooとかの相談サイトに4月とかになると、高校を卒業して就職して働くようになった18歳の女性とかが、「新人研修で教育係の女性のおばさんが私ばかり注意するので虐められている」 とかの相談が多かった。

 

 

物覚えが悪かったりして注意される数が多いという現実を受け入れる事ができないという感じで、それは自分を虐めているに違いないとか思い込んでしまう。

 

 

車の運転でも、乗せると横でイチイチ私にダメ出しをしてくるのでしばらく乗せなかったのに、ある日父を乗せるとあれこれ注意され、どうしてそんなに言うと私が嫌な気持ちになるというのがわからないのですか? なんて質問も多かった。

 

 

親だから注意して、「お前はここができていないという事に気づいていない」 と言ってあげただけなのに、注意された事で怒りの心情になる人って少なくないじゃないですか。

 

 

自分が上手くできていないというものを教えてくれる人に対して怒りの心情になるというのは本人から見た視点で損するだけの話だったりするというのに気づいていない。

 

 

それまで大学生だった人が卒業し内定を頂戴していた企業に新卒入社で入って働いていく。 そんなシュチュエーションで周りの人が、「あの人仕事できないわ」 と見えたらどうなると思いますか?

 

 

有名な難関国立大を卒業しているような人でも、仕事ができるとは限らないので、見て残念な人に見えたら、周りの人はイチイチそれを注意してあげるとかしない。

 

 

教えてあげても気を悪くされるだけ、何の成果も出ないと思うと、何も注意なんてしない。

 

 

1年後に何か活躍したわけでもないのに株のストップ高みたいな給料が昇給していくというのを繰り返す。

 

 

それで数年経ったら調子に乗って中古マンションなどをローンで買ってしまう。

 

 

その後に今度はストップ安みたいに給料が年々減っていく。

 

 

会社員の世界ですと、どんどん昇給して給料が高くて、でも仕事が全然なくて暇だったりして、10年後とかに辞めさせるとかになる。

 

 

給料泥棒みたいに仕立てられて辞めさせられると、次の就職が困難になるじゃないですか。

 

 

会社員で辞めさせられる人というのは、周りの人がハブっているので普段誰からも注意なんてされないでいる。

 

 

引きこもりとかでお父さんとかお母さんとか兄弟に注意されて口論になる。

 

 

まあ家族とかですと喧嘩するとかはあるわけでそこは問題はない。

 

 

ただ、翌朝とか一晩寝て起きた時に、そういう注意をしてくれる人の言っている事って統計確率論で言えば正論だったりするわけなので、言われた事に対して向き合うとかしないとその辺がデッドラインかなあ~ と思う。

 

 

新聞とかに警察署長が認知症のおじいさんから運転免許証を取り上げる話とか載っているじゃないですか。

 

 

「えっ、私がそんなことをしましたか? まったく記憶にありません。 それはご迷惑をお掛けしましたのでもう運転はやめます」 と言えば正常かなあ~ と思う。

 

 

でも、「俺はそんな事は絶対にしていない」 とか言うじゃないですか。

 

 

自分の行動をまったく記憶していないとか、自分の失敗を覚えていないというのは脳に障害のある人の特徴なので、「私はそんな人間ではない」 とか言う。

 

 

人が生きていく上で重要な自分で自分が見えないみたいな状況というのは、かなりヤバい状況にあるわけなので、まあ生き地獄を味わうという人生になってしまう。

 

 

つまり、「誰かが自分の残念なことを指摘する」 というシュチュエーションで、「私はそんな人間ではない」 みたいに思ったりするのはヤバい状況を示している事の方が多いわけなので、自分が損していくという風に考えないといけない。

 

 

私三之橋の場合は、大学生になった入学式の日に、国産高級車の新車に乗っていた子が同じクラスでそれはお父さんの車とかお兄さんの車なのか? みたいなものが気になり訊いてみたら、「これから先の人生は車の運転技術習得で差が開いていく。 何だお前そんな事も知らないで生きているのか~」 と言われた。

 

 

私三之橋の場合は、高校生の終わりにいつも一緒だった男友達に、「これから先はコンピュータの時代だと思う。 俺と一緒にコンピュータの専門学校に行こうぜ。 お前とは一生付き合っても良い奴だと思う」 と言われたわけで、コンピュータの方が重要だと思っていた。

 

 

その友達も私も高校で禁止されていたバイクとかに乗っていたので、まさか車の運転技術の習得で差が開くとか聞いた事も無かったのでほんとに知らなかった。

 

 

友達がコンピュータの時代だと言っていたので父のクレジットカードでデスクトップPC一式を家電量販店で買ったら30万円台という感じだったのですが、その1カ月後とかに大学の入学式で始めった会った同じクラスのその子はなんと300万円超えの車に乗っていて、「これは自分で働いたお金で買った投資なんだ」 とどや顔で言っていたので、たしかに凄いと思った。

 

 

私がいつも一緒だった男友達はスーパー特待生なので、「なんだたった300万円の車か」 とか言いそうじゃないですか。

 

 

でも、その子は高校生時代にアルバイトをしてコツコツ貯めて300万円を突っ込んで投資にしたという、自分達の知らない世界観で生きているという魅力があった。

 

 

受験が終わるとすぐに自動車学校に通い卒業前にもう普通自動車運転免許証を取得して新車を買い、実家の周りを実践練習もして大学に乗りつけていたという行動力も高いじゃないですか。

 

 

そんな感じだったのでほんとに知らなかった。

 

 

そもそも大学がどんなところかさえも知らずに推薦で入学しているだけなので、わざわざ大学に入る前に何が重要とか準備なんかするわけないじゃないですか。

 

 

そんな感じだったので、入学式の日にその子と知り合い教えてもらった時に、「これは良い事を聞いた。 この人はすでに自分より1カ月以上先行していると思うけれどそれは追いつき追い越せるので問題ないので真似ておこう」 と考えた。

 

 

自分のとってプラスの話なので、怒るわけないじゃないですか。

 

 

人間ですから、「何で友達でもないお前に俺がそんなことを言われないといけないんだ~」 と怒って喧嘩になっても良い。 そこは重要ではない。

 

 

初めて知りあって喧嘩して、その後急に仲良くなれるという事もある。

 

 

大学生になった最初の1日目は、それまで生まれ育った地元を離れ何の土地勘もない誰も知りあいのいない場所で新しい環境で過ごすというわけで、誰かに声掛けしないと明日も1人ボッチじゃないですか。

 

 

反省点として、1日目にきちんとアクティブに行動できたのか? くらいは自分で確認しないといけないわけで、でも1日目で「俺は推薦入学であなたは入学試験を受けての合格ですよね?」 という部分は不要で、身バレしてしまうと4年間息苦しいだけになる。

 

 

そもそも推薦で大学生になるというクズみたいな人は、たぶん遂行機能が優れているだけだと思う。

 

 

何か目標もないまま大学の入学式に参列し、そこでどう見ても楽に卒業できて次の会社員という世界に行けそうに見える人と知り合い、その人の目標を聞き出す。

 

 

その人の目指す目標を聞き出せば、後はどうすればその目標に到達できるのか? というのは自分で考え最も最短ルートを割り出すので、自分が見つけたロールモデルの成果より上の成果になると予見できる。

 

 

もう18歳なので、さすがに大学生になって卒業できませんでしたとか、みんなが就職できたのに自分には無理でしたとか、親に言わない結果を目指すくらいはしないといけないじゃないですか。

 

 

高校生の頃に同じクラスで仲良かった子がいていろいろな大学を受けてダメで浪人生になった。

 

 

その子のお父さんが、「お前はみんながたった1回で決める事ができる受験に失敗し、浪人生になるというのは1年だけだぞ。 そこでどこにも受からない結果であれば就職しろ」 と怒られたらしい。

 

 

どう見てもお金持ちの成功者という会社経営者のお父さんに見えるのですが、「お前にはひっ迫感がないからダメなんだ」 と叱られて、浪人生も1年だけとか言われたらしい。

 

 

長男なんだから社長になると思っていたのですが、次男が社長になり、今では実家にも帰りづらいらしい。

 

 

18歳にもなって浪人しますとか言うその神経がダメなんだと怒られて、大学生の頃にお金を貸してと言われたので送金したのですが、何が何でもお父さんには相談できないと言っていた。

 

 

お金持ちの家の子ってそういう感じが多い。

 

 

お父さんは自分で苦労して仕事を頑張ったわけでその結果として会社経営をしていたりする。

 

 

お金には全然困ってもないのに、我が子が甘える事をしないように自ら突き放す。

 

 

18歳という大学1年生の年齢では、”自立” みたいなテーマがあるので、親として我が子が何の土地勘もない大学の所に行ってそこで環境に順応して卒業したり企業に就職して働いていくという、飛翔みたいなものを見届けて、「俺の息子も1人前になったなあ~」 と思いたいわけで、そこが1つの合格ラインみたいなものだと思う。

 

 

映画、ヘルディセントの冒頭で戦闘機に乗ったパイロットがミサイルで撃ち落とされるというシーンを見てもらえば、地獄に向かっているという時のイメージが伝わると思うのです。

 

 

アラームが鳴り響き、警告灯が点灯点滅したり、高度計がどんどん落ちていくとか、誰でもあのようなものを見れば自分が地獄に堕ちていくとか気づける。

 

 

ただ、現実はそこまでハッキリしたようなものでもなくて、本人でも気づかないまま落下していくというのは珍しくない。

 

 

心霊動画に出てくるどこかの心霊スポットを探検する内容ですと、夜になって暗くなって山で迷っていると小学生の子供でも遭難したんだとわかるじゃないですか。

 

 

でも、人生の遭難は意外と本人が気づかないまま進行していく。

 

 

厄年みたいなもので、18歳の大学生になった時とかでも周りの子がみんな「これから先の人生を大きく左右するファクターは車の運転技術の習得なんだ」 とか言って普通車サイズの中古車を買って乗っていたりするというのを見て、まあみんなが4年先の為にもう行動しているのを見れば、小学生3年生の子供でも、「半数はそれで失敗するだろうなあ~」 と予見できる。

 

 

”みんなが目指しているもの” という目標は真似ておく方が良いと思うのですが、そもそも多くの人が失敗していくであろうという内容なので、”その目標にどうすれば到達できるのか?” という遂行機能の部分は真似ずに自分でやり方を考えた方が良いと思う。

 

 

年齢というか、”節目” という方が良いのかもしれません。

 

 

人は18歳の高校を卒業して大学生になるという時に、それまで生まれ育った実家を離れ何の土地勘もない誰も知りあいがいない大学のある所に行き、1人暮らしをしたりするアローンスタートを経験する。

 

 

大学の入学式も1人ボッチですので、その日に誰かに声掛けしていないと明日もまた1人ボッチという抜け出せない事になるので頑張って話をしたりして、そこで高級車の新車に乗っている子からこれから先の人生は車の運転技術の習得が左右するとか教えてもらう。

 

 

その同じクラスの周りの子がうなづいていたりする。

 

 

目標として、「俺もやっているぜ」 みたいな感じなので、その半年後とかに同じクラスの子とバディシステムを組んで一緒に大学に行ったり帰ったりしていると、自分もラインに乗っかれているなあ~ とかわかるじゃないですか。

 

 

なぜか?

 

 

と訊かれた場合、アメリカの有名なコンサルタント会社ではお金を支払っている会員に対しての会報とかに、「書店でハウトゥー本を買って読む人の90%は読んだ事であたかも自分がそれを経験したかのように思い、実践はしない。 実践するのは3%くらいで、7%くらいの人はやろうと考えている」 とか書いてあったりする。

 

 

大学生になった入学式の日には1人ボッチで孤独な人だったのに1カ月以内に誰かと一緒にランチを食べるとかの仲になり、大学に少し慣れて自動車運転免許証を取得しに自動車学校に行き、免許取得して普通車サイズの中古車を買って何の土地勘もないのに道を覚えながら運転して大学に友達と行ったりする。

 

 

「これから先の人生は車の運転技術の習得が大きく左右するファクターなんだ」 と同じクラスの大学生が同じように普通車サイズの中古車を買っていたりする中で、ほんとに毎日のように大学まで車で通学している人はメチャ少ないという現実があった。

 

 

多くは形として何となく車を所有してみたもののローン代だけでも支払いが大変なので走り廻るまではやらない。

 

 

とりあえず車を買ったという事で、毎日乗らなくても週に1度近所のスーパーに買い物に乗れば運転した事になるんじゃないの? みたいになる。

 

 

カーナビもなければ、携帯電話もない時代に、土地勘もないので道も知らないのに彼女が、「ねえ、今度の週末はあそこのテーマパークに行こうよ」 とか言うので仕方なく高速に乗って高速代もガソリン代も全部して県外まで行くと道もわからないので頭も使いまくるとかでしんどい。

 

 

たった1回ガールフレンドと行っただけでしんどさでもう行かなくなる人なんて珍しくもない。

 

 

でも、やる人は仕方なく毎週そんな道も知らないのに県外を走り廻るとか繰り返している。

 

 

大学生1年生になった時に周りの子がみんな免許も車も持っていたので、『1年間にどのくらい走るの?」 と訊くと、「大学の講義もあるので5000kmくらいかな」 と言っていたけれど、実際はそんなに走らない。

 

 

私は自分が苦手意識もあったので人の10倍やっておくか~ と年間5万kmを目標にした。

 

 

「あなたがこの4年間に行動できた結果を書いてください」 と大学ノートを渡されたら、年間5万kmが最低ラインだったので、運転して起こった事とかがノート1冊で書ききれないくらいある。

 

 

大学生1年生の頃に大学に毎日のようにマイカーを運転して来ていたのはその新車の高級車に乗った子とか私とか、相棒とかそのくらいしかいなかった。

 

 

その中で、週末に彼女とかに誘われて県外の土地勘もない道路を走り廻っていたのは、私くらい。

 

 

車の運転技術の習得がこれからの人生を左右するファクターなので、と車も買っていた人の全体の中で、膨大な行動記録があるというのは、全体の半分がダツラクすると仮定した場合、総量では1割の中に入っているのでダツラクしそうにないじゃないですか。

 

 

つまり、自分でやったかのような錯覚を起こすという事は、行動している人には起きないのです。

 

 

今高校生であったり、大学生だったりする人から見れば、卒業して会社員になれば朝9時から夕方17時とかまでその時間会社で仕事をすれば給料がもらえるとか思っていたりすると思うのですが、それはアルバイトとかパートの時給で働いている人の感覚です。

 

 

どこかの上場企業に内勤職として新卒採用されると、朝9時から夕方17時までというのは最低拘束時間のようなもので、現実にはどのくらいの量の仕事をしたのか? という総量が重要になる感じ。

 

 

「はいみなさんも、周りの人を見て、見様見真似で同じように仕事をしていってくださいね~」 みたいに言われて、自分では一生懸命仕事をしているつもりでも、周りの人から見れば、『あの新入りの三之橋とかいう人は、仕事できないよね~』 という感じで見てわかってしまう。

 

 

ちょっとくらいイケメンの人であったとしても、同じ会社で働く若いOL姉さんから見れば、『あの新入りの三之橋さんって仕事全然できない、空気読めない人みたい』 という風にわかってしまうので、女性から『彼氏として付き合ってください』 とか言われないとかある。

 

 

「私は人を見る目がなくて」 とか大人はよく言ったりするじゃないですか。

 

 

正確には、パッと見て一瞬でわかる容姿を見てではなくて、1番わかるのは仕事をやらせた時だったりするので、さすがに同じ会社で仕事をしていれば、小学校・中学校・高校・大学などの学校の学生時代に比べると、女の子から告白される数みたいなものも減ってしまう。

 

 

ぱっと見童顔だったり、カッコいい感じだったりしても、そんな人と付き合って人生詰んでしまった女性などを多く見てきているので、同じ職場だと中身も重要視したりする。

 

 

若いOL姉さんとかって、入社試験をパスしてその後に働いているという感じなのでバカではない。

 

 

男性の場合でも、女性の場合ではぱっと見容姿とかが良い人であったとしても、仕事をさせてみると中身がわかりやすいというシュチュエーションの問題は覚えておいた方が良いと思う。

 

 

映画のヘルディセントだと戦闘機がフラットスピンするみたいなシーンから始まるわけですが、あのようなシーンですとまあ誰でも自分がヤバいというか、もう死ぬんじゃないの? という恐怖を感じるとかあると思う。

 

 

でも、現実には誰かが、「三之橋さん、あなたはもう人生終わりですよ~」 と告げる事なんてない。

 

 

誰かがハッキリ教えてくれるというわけではないので、何となく置いてけぼりに遭ったような、孤独感を感じるくらいではないでしょうか。