「人はその人の車の運転を見てハブるとかあるというのがわからない」 と言う人がいます。
簡単な話だったりすると思います。
大学生が卒業し、どこかの上場企業に入社したりする。 新社会人デビューという状況。
学生を面接して採用しているだけなのでその人の成績から記憶力には問題ないとかがわかるくらいで、その人が仕事できるとは言えないじゃないですか。
そこで車の運転チェックがある。
上司が新入社員を仕事に同行させて、その人に運転させる。
「〇〇君、運転できるよね? はいこれキー。 僕が道を教えるので運転してみて」 と上司の車のキーを渡す。
新入社員が自分の斜め前のデスクに座っていても、人は環境が変わると話しも変わったりするとかあるので社内から出して車内で他愛もない会話をするというコミュニケーションもあったりする。
「そこ、左に曲がってね」 と助手席の上司が道を教えるのでその通りにやってもらうという簡単なもの。
例えば、18歳の大学生1年生が自動車学校に行き普通自動車運転免許証を取得して中古車で普通車をローンとかで買い乗る。
運転するにもいろいろあって、自分が1人だけで近所のスーパーに行く。 それを自分では、「私は車の運転できます」 と言っているケースもあるし、その大学生1年生がガールフレンドや彼女とデートして県外にあるテーマパークに遊びに行くという誰かを乗せるという運転を「私は車の運転ができる」 と言っている人もいるわけで、中身の質が人によって違っている。
例えば、福岡市内の駅前のスーパーは壁にデカく、「右折侵入禁止」 と書いてある。
たぶんその方向の道路を走ってきて、片側2車線道路なので右折レーンのない第2通行帯から右折侵入するお客さんがいると渋滞の原因になるので、1つ先の交差点の右折レーンから廻り込んでくださいねと書いてある。
覆面調査でも「お店には左折侵入してください」 と侵入ルートが指示してあったりする。
上司が、会社のそばにあるお店に寄ると話した時に、右折侵入したのを見て、「あの渋滞する交通量でわざわざ右折侵入するなんて周りの人の事も考えずに行動する人かな」 とか思ってしまう。
「そこ左に曲がってね」 と上司が言って左折する時に横断歩道に人が歩いていてその手前で停まると、上司は左のドアミラーとかで後続車が直進しようとしているのにこのバカが前に行かないので困っている」 というのが見えたりする。
自動車運転免許証を取得したばかりの人とかがやらかすような後ろ見ないで行動している運転。
でも、新入社員が1度停止してミラーを見て真後ろの車が直進だと気づいて少し前に移動して調整したとかは気づくので、「この人は後ろも確認している人だ」 みたいになる。
上司を乗せて、交通量が少ないスムーズな道路の片側2車線道路を走っている。
第2通行帯を走っていて、次の交差点で左折するので第1通行帯に左に車線変更する。
真後ろにいた車も同じように車線変更する。
交差点に近づく前に早く左のウィンカーを点けた。
そうすると真後ろにいた車が第2通行帯に車線変更し、左折時には横から抜いていく。
「今左折するウィンカーをいつものタイミングよりも早く点けたのは後続車が直進したいという時にこの自分達の車が左折すると1度ブレーキを踏んでしまうというのを回避する為にミラーを見て調整したんだ」 くらいは上司はバカじゃないので気づいてしまう。
車の運転の場合、前を走る人が上手いように見えるとその車を伴走するような運転が1番楽だったりするというのがある。
三之橋という新入社員に運転させて、左折する際に自分の車の真後ろにそういう人がいると見えていて、左折時に「第2通行帯に行った方が良くない?」 みたいなアナウンスをした事で直進したいその車は元の車線に戻ってスムーズに走れた」 みたいなものが見えてしまう。
俯瞰(ふかん) で見えて運転しているのでそういう事ができるんだとわかる。
運転しない女子高生がお父さんの運転する車に乗っていて、左折する為にまず1番左の第1通行帯に車線変更し、「あれれ、いつもよりウィンカーを早く点けた?」 みたいに感じ後ろの車がサッと右の第2通行帯に車線変更したのを見て、「お父さんが後ろの車に左折するというのを早く教えてあげたんだ」 くらいわかるじゃないですか。
なぜか?
前を走っている車が急にブレーキを踏み慌ててウィンカーを左に点けると前を塞がれてことで真後ろの運転者が、「チっ」 って言ったり、クラクションを鳴らされて迷惑を掛けられたとかを教えるとかある。
運転しない女子高生でも、大学とかの彼氏の運転する彼氏の車に乗って、運転しながらしゃべって、ジャスチャーサインで何かしているのを見るとコミュニケーションスキルも高そうに見え、何時間でも一緒にいられそうなものを感じるとかある。
逆に自分のお父さんでも、空気が読めないみたいな運転だと一緒に乗りたくないとか出かけたくないとかになる。
会社の上司の場合、本人が運転できますと言っていてもほんとに1人で会社の車を運転させても大丈夫なのか? という確認をしないといけないという立場でやらせているわけですが、どうしてもABC判定みたいになる。
自分の事だけ考えているような運転に見えるとか、周りの人の事に配慮できず迷惑になっているように見えるとか。空気読めないなあ~とか、そういう風に見えると車の運転も仕事も手続き記憶になるので、仕事でも似たようになる。
4年もある大学生時代なので、下手くそのままというのは、友達を乗せてドライブとかに行くだろうから、その友達も同じレベルか、友達がいないか、みたいに考えられると仕事でも似た結果が予想される。
そうするとなるべく自分と接点のないような仕事をさせるのが1番良いと考えたりする。
逆に判定がAみたいだったりすると自分により近い仕事をさせる。
車の運転というのはあくまでも例えみたいなもので、内勤職のOL姉さんだと同じ事務所内にいる男性を見ていると、「あの人空気読めないみたい」 とか気づいてその情報をみんなで共有するので運転を見なくてもそうなる。
じゃあ、国立難関大学を卒業した新入社員がいて、会社員となった時に何かみんなにハブられているという結果となった場合、上司がその人に空気を読めないとかいちいち説明してあげれば良いのか?
と訊かれた場合、そもそも自分でそういう風に感じない人にそれを説明してもたぶん理解できないという感じになる。
大学生まではテストで高得点を取りまくりの優秀に見える人がいて、会社員になった途端に、「上司に気にいられない事が原因で仕事も上手くいかない。 いったいどうすれば気にいられるんだ」 みたいに潮目が大きく変った事で悩んだとする。
それで上司に直接相談があると言って2人で会食に行き、そこで、「私のどこがどういけないのかを正直に教えてください」 と言った時に、上司が感じた事をそのまま話したりすると、「俺の事を頭のおかしな人みたいに言いやがって」 とキレてしまい、上司の家族が放火されるとか皆殺しに遭うとかはある。
なぜそういう事が起こるのか?
本人がそういう風に感じないのでそのような行動になっているわけなので、それをいちいち説明すると、「俺がそんな人じゃないのに嘘をつきやがってバカにしやがって」 みたいになる人はいる。
OL姉さんが会社の仕事とかである男性の運転する車に乗って、メチャ空気読めない人に見えたという場合、それを本人に言うと何をされるのかわからないのでまず言わない。
でも、周りの人には言ったりする。
そうしないとそういう人に見えないで困る事になる人がいるという風に考えるから。
そうすると、その空気を読めない人に会社の誰もが言わないみたいになってしまい、本人は、「誰からも言われた事がない」 という感じで自分がそんな人なんだと気づかないというのが起こったりする。
子供の頃には、「そんなことをしたらダメ、大人になって自分が困る事になるぞ」 とか叱られる。
でも、18歳くらいになると叱られなくなる。
例えば、大学生の入学式でそこにいるのは全員18歳の可能性が高いのに当たり前のようにみんなタバコを吸って校内を歩いていたりした。
大学で知り合った友達になった人の家で宅飲みしても誰もそれは良くないとか言わない。
よく考えてみるとお酒もタバコも20歳になってからというものだったりする。
誰も叱ってくれたりする人がいなくなると、叱られないとわからない人は人生がどんどん悪化していく。
でも、全員がそうなるわけでもない。
じゃあ、高校生や専門学校生や大学生の人に、大人になる前にどういうチェックを自分でやれば良いですか? という風に思うとかあるので、「車の運転じゃないかな」 と言う感じ。
あなたは臨機応変とかわかりますか?
例えば、大学を卒業したばかりの新入社員の三之橋という人がいて、上司を乗せて高級車のAT車を運転し高級住宅街の中の片側1車線を走っています。
閑静な高級住宅街で昼なので周りに車が1台も走っていない。
曲がり角に来た時に歩いて来た人が横断歩道前に止まった。
その時私が止まらずに通過して、上司が、「なぜ止まらなかったの?」 と訊く。
「周りに車が他になくて、歩いている様子から歩行に支障のある感じのある高齢者女性に見えたので、先に通過した後にゆっくり渡れる方が良いと判断しましいた」 と私が言う。
次の次の次の曲がり角では若いママさんと2歳児くらいの男の子が横断歩道に立っていたので止まる。
上司がなぜ止まったの? とか訊くので、「若い母親が我が子に横断歩道の渡り方を教えているように見えたので周りに車が無かったので、その親子の練習に付き合いました」 と私は言う。
臨機応変というやつですよ。
上司は部下となった人に運転させて、その感覚みたいなもの、思考パターンなどを見て総合判断でAとかにしているだけ。
なぜか?
上司が仕事で接待ゴルフとかに行き、1日部下が仕事をして翌日とかに、「違う、違う、それは違うだろう? 何でそうなるのかな?」 みたいなミスがあると大変じゃないですか。
上司はバカじゃないので、確認している。
私の場合は入社して1カ月で新卒の若いOL姉さんの部下ができた。
そのメチャかわいい部下も最初は、「なぜ〇〇部長に訊かなくて良いんですか」 とか言っていた。
何でって言われても初めて部下となった日から1週間でもその人を見て思考パターンくらいわかるじゃないですか。
どう見てもバカには見えないので、必ずそういう確認はしていると思う。
メチャかわいい部下は、人の言う事を鵜呑みにしないので何度も訊いていた感じがあった。
学歴が良くて成績も良いし、育ちも良いので当たり前の人に見えるのですが、人間を知らなさすぎる。
部長がいて、その直属の部下に三之橋がいて、1カ月で増員となった部下がいて、普通に考えたらその3人は種類が同じだと小学生3年生の子供でも気づくと思う。
1つのチームで、そこにいるのは似た者同士みたいなものだと。
例えば、小学生1年生の頃に学校というものに通い、そこでテストで高得点を取れると、それはその人にとって嬉しかったりするじゃないですか。
お母さんが褒めてくれるとかある。
幼児は自分で良いとか悪いとかを判断できないので、主に母親の顔を見て判断している。
人は一説によると1歳~4歳くらいに脳が急速に発達すると言われている。
若いママさんが一緒に遊んであげて、「それは上手ね」 とか手を叩いてオーバーリアクションで喜ぶと、その子はその行動が正しいのだと覚えていく。
家の中に閉じこもってもダメなので若いママさんが買い物に連れていく。
幼児が1人でうろうろして、誰かの迷惑になるとかあると、「〇〇ちゃん、それはやっちゃダメだよ」 なんて叱っている光景なんてザラに見るじゃないですか。
両親が発達障害だと幼児を敷かれないとかあるのでその子はその親の影響を強く受ける。
逆に両親が厳しいとその影響も強く受ける。
私の家の場合は、父が仕事帰りに足をびっこ引いている犬をみつけ、家に連れて帰り手当をして1カ月くらいした頃か、飼い主が探しているとマズいので元気になったという事で見つけた場所に連れて行った。
1週間後に戻ってきて、それがシェパード犬だった。
それで家の前に犬小屋を作ってそこで寝ているとかあったのですが、父が帰ってくる時にいきなり立ち上がって耳が確認して一気に交差点まで父の車を迎えに行くとかしていた。
そのビクッとした犬の音で、「大変だ~、お父さんが帰ってきた~」 とチビッ子とかお姉さんは慌てて片付けていた。
チビッ子ってレゴブロックだったか、そういうオモチャで遊んでいたりするので、大人が踏むとメチャ痛かったりして叱られるとかある。
それまでだらけていたのに、お父さんが帰って来たとなるとフローリングの床にブロックが落ちていないかとか真剣に探す。
そんな感じで犬が教えてくれるのでお父さんの顔色を見るように片付けしないといけないとか覚えていく。
もしも犬がいなければいきなりドアが開いてみんな困る事になるので、「大人になったら犬は必須だ」 とか覚えていく。
そんな感じで影響を受けている。
もしも学校のテストで95点とかとり、お母さんが褒めたりするとその行動は正しいと認識するのでもっと続けようと思ったりするので、テストって楽しいという感じになる。
でも、テストというのは問題も含んでいる。
「源頼朝が鎌倉幕府を開いたのは何年?」 という質問ですと、『1192年です」 みたいに答えは1つじゃなですか。
ザックリいえば、単純な記憶。
でも、歌舞伎役者の子供は幼稚園生くらいで舞台に立つとか、もっと複雑な記憶をしている。
歌舞伎役者でない家の子供でも、周りの子と遊んだりするという複雑な記憶をしている。
テストが得意だった子が、大人になって難関の国立大学に合格して大学生になるとかある。
そんな人は、「これから先の人生は車の運転技術の習得が大きく左右するファクターになる」 とか訊くと、単純に運転免許証を取得しておけば済むと考えたりして、ペーパードライバーだったりして社会人となる。
でも、テストが得意でなかった子は大学生になっても、「それは経験値の事かな」 みたいに考えるので免許を取ったら実際に公道を運転してみるとかをしていく。
例えば、私三之橋の場合だと周りの子にヒアリング調査して、ほとんどの子が、「バイトもあるし、講義とかもあるので年間5千kmは走るつもり」 と言っていたので、「人の10倍くらいやっておいた方が良いと考えたので年間5万kmにした」 とブログにも書いている。
なぜか?
経験値から、4年後の為にもう動いている人がほとんどに見えたので、一気にダツラク者が出るからだと考え、5千kmとかいわれたのを鵜呑みにしない方が良いと判断した感じ。
自分が現場の公道に出て運転して、そこで繰り返しやるうちに学ぶというものがあると考えた。
何度も何度もたかが運転を繰り返した時に、「こういうシュチュエーションはこうした方が良い」 みたいな経験則を積んだ方が良いと考えた。
自分が大学を卒業した時に20万km走っている事になり、20歳から1年で1万km走ると上司となる40歳くらいの人は20万km走っている事になるので、同じ場数だと似たような運転になるという考え方。
誰かに教えてもらうとかでなくて、実際に自分が20万kmとか走った時に経験則からこういう時にはこうするのが1番かな、みたいな自分なりの答えができる。
そうすると上司と自分の運転が似通ったものになるのではないか? みたいに考えた。
上司が自分の運転する車に乗った時に、「あ~、何かこの三之橋の運転は自分と似たようなやり方をしている」 と感じれば同じ種類の人間のように親近感を持つとかありそうじゃないですか。
似たような境遇の者同士が知りあうと仲良くなるとか、刑事ドラマでも良く出てくる話。
人は、自分と似通った考え方をする人と一緒にいるのが楽だと考える傾向にあると言ったりする。
上司が新入社員を部下とした時に支離滅裂な会話をされると、もう嫌だ~ となるとか、関わらないようにしようとなるとか起こる。
例えば、、「有名難関国立大学を卒業してそれまで優秀だった人が会社員となり急に上手くいかなくなる人がいるのはなぜですか?」 と訊かれれば、『たぶん単純な記憶しかできないから』 みたいな答えになると思う。
「みんなも周りの人を良く見て、見よう見まねで働いてね」 と言われる。
同じ課の先輩の働く姿を見て、全部記憶したつもりでも一部だけしかできなかったりする。
例えば、私三之橋の場合は入社して翌日から何もないという放置された感じですが、ほんとに上司が忙しいだけでそうならないと思う。
わざと放置してその新入社員がどう行動をするのか? が知りたいのだと思う。
自分が指示されなかったという事で何もせず遊ぶ人なのか?
それとも給料が出ているのでその時間に仕事をしようと誰か相談するのか?
いろいろなやり方があると思うのですが、その行動を見て、「なるほど」 と思ったりしたので1週間後には上司の仕事の銀行廻りをもらえたのだと思う。
知りあって1週間くらいなのに、高級車のキーを渡され大金を運んだりするという仕事をくれた。
バカじゃないのでその人なりに何かお金を持ち逃げしないとか、ひったくりに遭わないとかの確認をしたのだと思う。
上司がちょっと銀行廻りの仕事を教えるので昼から一緒に車で行くからと言われ、午後に部長の高級車に乗せられて、上司が運転するという感じで、銀行をいくつも廻った。
世間話をして、「仕事はどう、もう慣れた?」 みたいに言われ、どういう人と話したとかそういう報告をする感じ。
特に仕事についての説明はなかった感じで帰ってきた。
そんな感じだったので、次回かなと思ったのですが、翌日にはもう1人で行って来てと言われた。
「えっ、リストにこれだけの銀行口座があるのに」 みたいな違和感はあった。
カーナビもないのに、住所リストだけ渡されるというのは、自分で探せみたいな感じ。
まあ、1人でやった方がどこがどう上手くできないというのがわかりやすいので、そんなスタートになりました。
1つの与えられた仕事をやっていればそれがまた評価されて仕事が増えていくというもの。
その後は、寿退職で辞めていく人の仕事の引継ぎもありました。
高校を卒業して10年とか働いていたOL姉さんが結婚で辞めていくという事で仕事を引き継ぎしてと言われた。
普通は最低1カ月とか一緒に仕事をして引き継ぎ、問題ないとなったら辞めていく感じ。
私三之橋の場合は、1日か2日その人の隣で実践して、「もう簡単なので切り上げて」 と上司に言われて、その辞めていく人には予定まで仕事をして辞めて、その翌日には三之橋君がやるからと言っていた。
対して習ったわけでもない仕事をするようになり、入社して1カ月後には短大卒のメチャかわいい女性のOL姉さんが部下となり、その子に引き継ぎをしてと言われた。
”人に教える” というのは、自分自身がよくわかっていないとその人に迷惑をかけるだけでなくて教えられないのでそれも実践テストになる。
男性の場合ですと年上の男性や、年上の女性とは話せるとかできても、年下に注意するとかはできなかったりするし、年下の男性だと部活で経験あったりするので、1番苦手なのは年下の女性、何もまだ会社員の世界がわからない人に全部教えてと言われるとできない人はそう珍しくない。
「学校は勉強する所で、会社は仕事をする所」 なんて言われるじゃないですか。
学生が終わったら即仕事をやらされてできないとアウトみたいな世界。
じゃあ、簡単なのか? と訊かれればそうでもない。
女性のOL姉さんが誰かが辞めて行く時に最低でも1カ月一緒にしてわからない事を訊けるという環境にして教えてもらえる。
でも、男性の新卒入社はそうではない。
辞めて行く人がいて、もう辞める時期になっているのに、という感じである日新入社員の三之橋という人が来て1日教える。
辞めていく人はもう時間ないのに、と思っていたりするのに、「もう教える引き継ぎは良いから〇〇さんが予定の日までそれをしてね」 とか上司が言う。
2日くらいでそうなり、その辞めていく人が1人でやり、退職した翌日に、「じゃあ、三之橋君が毎日それをして」 とか言われる。
何かわからない事があったとしてもその人に携帯電話があるわけでもないので自宅に電話するしかない。
何回も電話するのは迷惑なので、結局1回も電話していない。
その仕事をして慣れた感じがしたら部下が入社したので引き継いでと言われる。
仕事を短期間で学習して、それを教えられるのか? という実践テスト。
例えば、軽自動車しか運転できない人が、上司の高級車のキーを渡されて、ビルの中の自走式お客様駐車場を上っていき、所々擦った痕がたくさんあるのが見える所で擦ったりしたらどうなるの? と考える人がいると思うのですが、そもそもそういう想定をしていない。
後1週間で10年働いたOL姉さんが辞めて行く時に時間がないというひっ迫した状況で、「三之橋君、1週間で辞める人がいるので集中して覚えて」 とか言われれば楽じゃないですか。
でも、そういう予定も知らされないのでやってすぐに次の仕事になったので、「あの〇〇さんが辞めるまでに後1カ月くらいはあって、誰かを引き継ぎさせる前に練習として私がやらされただけかな」 と思ってしまった。
翌週には辞めてしまって来ないので、「じゃあ、三之橋君が毎日やって」 みたいに言われる。
大学生の人はそのくらい簡単だと思うと思うのですが、新入社員は連日飲み会があるので朝はいつも頭がボ~っとしている。
「酔拳みたいなものですか?」
と訊かれるのですが、そんな感じ。
お酒が飲めない人でも、飲めないと言えないし、アル中みたいな人は飲む量が凄いので奢りでも行きたくない感じがある。
何というか、学生時代に想像したものと違っている戸惑いもある。
大学生になった頃に、もう高級車に乗っていた子がいたり、周りの子も同じようにしていたのですが、あれってたぶん、”車の運転は手続き記憶で、仕事も同じ” という部分だと思う。
手続き記憶というのは、会社員が飲み会で酩酊状態に陥り、でも自分でどういう風に帰ったとか記憶もないのに家に帰られたりするというもの。
テレビ伴組の、「失踪したあの人を探す」 みたいな番組で、事故にであって記憶喪失になった男性が出てきて、「私が誰か知っている人はいませんか?」 と言う。
自分の名前とかまったく覚えていないのに、仕事ができるとかで、「たぶんどこかの大企業にでも勤めていた可能性が高い」 とか紹介される。
記憶喪失になっても、手続き記憶というのは側頭脳に刻まれている特別な記憶領域なので、認知症になったおじさんが毎日車の運転をしているとかそんな感じで、生きていくのに重要な記憶領域なので特殊らしい。
例えば、自分が毎朝学校や会社に通学や通勤で行くという行動をしているとその行動を手続き記憶として覚えているので、飲み会とかで飲み過ぎてしまい、酩酊状態に陥った時に、何となく自分が家にどう帰っているとかの記憶は飲酒認知症みたいになってもなんとなく行動できてしまうみたいで、家に帰る。
学校のテストとは違い、メチャ複雑な記憶をしている感じなのです。
大学生になった時に運転とかしていたりする目的は、たぶん手続き記憶の特別な記憶領域を使うという訓練だと思うのです。
例えば、小学生の頃からテストが得意で高得点を取り、その繰り返しで有名な大学などに合格できる。
そういう人に多かったりするのは実家を飛び出して何の土地勘もない誰も知りあいもいない大学のある所で1人暮らしをするというアローンスタートが重なると、「就職で必要になる普通自動車運転免許証を取得しておけばそれで良いでしょ?」 みたいに中古車を買ったり、その車に乗ってカーナビもないので道もわからない道路を不慣れな運転をしたりしないと思うのです。
高校生時代に学校で禁止されているバイクの免許を取り、原付バイクや中型バイクを買い乗り回していたという人だとそうならないかもしれない。
私が大人になって会社員の生活の中で誰かに相談された時とか、メチャ凄そうな大学に合格して留年もせずに卒業していたりするのに会社で仕事が上手くいかないみたいな人とかに車の運転とかは免許取っただけみたいな人が多かったと思うのです。
たぶん苦手意識とかがあったりして、できるだけでやらないみたいになり、そのまま会社員とかになった時にアルバイトもしなかったりした事も加わり、自分が困る事になっていったみたいに見える感じ。
車の運転って楽しくないじゃないですか。
自動車学校では車の操作方法くらいしか教えていないので、「はいみなさん卒業おめでとうございます。 これからは公道を1人で運転して見様見真似でやっていってくださいね、それじゃあ」 と卒業する。
18歳の高校生時代まで実家で暮らして、大学生になる事で何の土地勘もない誰も知りあいのいない大学のある所で1人暮らしを始めるとかのアローンスタートとなり、そのまま自動車学校に行き普通自動車運転免許証を取得した時に、土地勘もない道がわからないのに運転するとかは難易度が高い。
車を買うというのもローンを組んだりするとローン代の返済やガソリン代や高速代や月極駐車場代などの維持費もあるのでアルバイトをしないといけなくなる。
そのアルバイトをするというのも難しくて、誰も知りあいがいないお店とかで働くとかは大学で友達がうまく作れない人だとまたバイト先で馴染まないといけなくなるという不安があるので、「だったらもう車は免許だけで良いや」 みたいになる。
18歳の大学生1年生になった時には急に1人暮らしもやらないといけないわけだし、大学に行って馴染むという友達も作らないといけないし、自動車学校に行くとか普通自動車運転免許証を取得して、車を買ってさらにアルバイトもしないといけない。
そこに車に1人で乗って道もわからないのに公道で実践練習もしないといけないというのは、地図本を見てドライブルートプランも組み立てるとか面倒だし、彼女とかも作らないとドライブに行けなかったりする。
人生で1番やる事が急に増えるような感じがあるので潮目の変わったというその環境にうまく順応できない人がいる。
ただ、その大学生時代は試験さえ合格できれば卒業はそう難しくなかったりするので、まさか自分が躓いたとか気づかない人も少なくない。
やっている人は、たぶんそれらの全部をやっている。
それに対し、やっていない人はいる。
その差がどこで出るのか? って訊かれると、たぶん新社会人になったという会社員1年生とかじゃないかな? って思う。
あくまでも自称、「私は運転できます」 と主張している元学生にいきなり新車を買ってその人の専用車としてキーを渡すというのは無理なので上司が運転できるのか? くらいは確認する。
その運転で、ABC判定で、「あっ、この人はこういう人なんだ」 みたいなものは上司もバカじゃないので気づいたりする。
内勤職のOL姉さんも同じようにバカじゃないというか、空気読めないと仕事できないわけなので、気づいてしまう。
会社員となり上司が忙しいので放置される。
何から始めれば良いのかさえもよくわからない。
でもそれって、大学生1年生の頃にも経験していたりするような感じで大学の入学式で高級車に乗っていた同じクラスの子に声かけてして友達を作ったりしていったのと似ている。
車の運転でも免許を取った時に、『さあ、何かからどう始めようか』 みたいな事は考えて、それを繰り返した結果運転も上達できてハードルを越えられていたという経験則から会社でも行動を始める。
全然違う課のOL姉さんから仕事をもらうというのが私三之橋の第1歩だった。
そもそも自分の課の自分のデスクで仕事すれば良いじゃないの?
と思われるかもしれませんが、お局様界のボスの認知症のおばあさんがそばにいるので、自分のデスクにいれば「暇なら電話くらい出なさいよ~」 とか叱られるとかあるので、そのおばあさんが仕事できる人には見えないので鵜呑みにして言われた通りにやると困る事になるようにしか見えない。
どうせろくな仕事もない雑用をするくらいならば、全然違うフロアの人が多い所に行って、そこで自分なりに考えた第1歩を踏み出そうとか考えた感じ。
自分のデスクにいると、同じ課の人としか話さなくなるというものがある。
でも、全然違う課に行くと、そこで10年とか働いてきているちょっとベテランの27歳の先輩OL姉さんとかは、無理に新入社員の三之橋という人と話さないといけない理由がない。
同じ課のOL姉さんだと、「一応同じ課の人だし」 みたいな優しさのようなものがある。(お局様界大ボスを除く)
先輩と同等に付き合いたいみたいな。
最近まで女子高校生だった人が会社員となり、まずはかかってくる電話に出てみて、そばには大勢いるのでわからない事があれば訊いてねみたいになったりする。
でも、そんなものよりも10年仕事をしているその人の仕事の中身を見たり、真似てできるのか? が知りたい。
1番攻めにくいのが違う課の人となるので、会社員という世界の人間関係の構築という部分では1番そこを最初に攻めていきたい。
映画、”仁義なき戦い” でも、「云うとったるがよ、狙われるもんより、狙うもんのほうが強いんじゃ」 という台詞がある。
自分のデスクでお局様界大ボスのおばあさんと喧嘩したりするよりも、そっちの方に興味がある。
自分から違うフロアに攻め込んでいき、そこで仕事をもらえる間柄にまでなれるのか? とか1度上手くいくとそれを軸足に展開するというのができるのか? とか検証しておきたい。
大学生だった人が会社員となり、会社とかの世界がまったくわからないし、その会社の事さえわからない。
まずはそこにいる大勢の人間を見て圧倒されるものがあるので、普通は自分の課の中にいるのがセーフティだと判断してそこから出ないようなものを意識する。
でも、最初に行動をどうするか? とかで結果が変わるというのは経験則でわかるので、そのままだと自分は会社という中は苦手な人なんだと手続き記憶上そうなると思うので、最初に難攻不落な所から攻めていく感じ。
18歳で高校を卒業して入社し10年とか働いているOL先輩姉さんを見る。
『あの人はキレイだなあ~』 みたいに。
キレイにもいろいろあって、容姿とかがキレイという風に感じる人もいるのですが、見ていて人となりみたいな部分でヤサぐれていないなあ~ みたいに見える人もいる。
アッサリしていて、同期入社と思われる男性先輩と冗談で下ネタとか会話しているとかを見て、たぶん対人スキルが高いとかそういう風に見えるので、「あの人から攻めるか」 みたいになる。
何か精神を病んでいるっぽく見える人だと、予想しづらいリアクションになるのでそこは避けたい。
1人目で躓くと修正するのが大変になるので、思考パターンがわかりやすい人から攻める。
1度上手くいけば、同じ感じで繰り返していくだけなのでそう辛いとかは感じなくて済むじゃないですか。
2人目で断られると、『えっ、〇〇さんはOKでしたけど?』 みたいに言われると、「えっ、そうなの」 となる。
”社内で同じ会社の人なので他愛もない会話をする」 という間柄と、「社内で仕事も一緒にしている人なので他愛もない会話をする」 という間柄では距離感が違っていると思う。
その人がお給料をもらっているのでやらないといけない仕事を手伝い、「同じ仲間ですね」 みたいになっていく。
意味もなく違う課の女性OL姉さんに他愛もない話をしても距離感ってそうそう縮まらないとか小学生3年生の子供でも気づくじゃないですか。
刑事ドラマではあるじゃないですか。
「あなたは殺害されたA子さんと仲が良かったみたいですので事情を聴きたい」 と刑事さんが言ったら、「私とA子さんとは同期で会社が同じというだけでしゃべったりするだけで仕事で接点がないのでよくは知らないんですよ」 みたいに仲が良い風に見えても仕事では接点がないのでそんなにプライベートな事走らないと言うシーンがあるじゃないですか。
要は仕事で接点があるという、その関係が良いと思うのでそのようにしていただけ。
「同じ会社に入社してきた新入社員の三之橋君としゃべったら面白い子だった」 と言うのと、「同じ会社で一緒にした新入社員の三之橋君と話してみたら面白かった」 と言うのでは仲の良さという親密度が違っている。
『今日はしょ~もない1日になるところ、〇〇さんのおかげで楽しい1日になりました。 記念に握手しましょう~』 と手を握る。
政治家の人がよく握手しているのを真似て、手を握る間柄というのもやっておく。
自分が外回りで車を運転している時にOL先輩姉さんをみつけたら、バス停でも高級車を横づけして乗せていく。
上司がくれたアイテムですのでそれを使わないといけない。
自分のデスクで同じ課の人とだけ話しているのと比べると、「あの人とはこんな間柄」 という種類で違いが出てくる。
「三之橋君とは私の仕事を一緒にやる間柄」
「三之橋君とは、ボーイフレンドみたいな車で送り迎えしてくれる間柄」
みたいに複雑人間関係の構築となる。
ざっくり言えば、フォロワーを自分で増やしながら仕事をもらい、拡大していくみたいなゲーム。
3年後とか5年後にどちらかが辞めていて、バッタリ街中で会った時に、「同じ会社だった三之橋さん」 とか旦那に紹介するのと、「同じ会社で仲良かった後輩の三之橋君」 と言うのでは意味が違ってくる。
「この人とは、ちょっと仲が良いかな」 という風に感じると、その人間関係は積極的に壊さないといけない理由でもない限りは保ち合いという維持しようとする関係となる。
新入社員の三之橋がいるのでちょっとくらいは話しておくか、みたいな他愛もない会話と、仲の良さを感じる他愛もない会話では距離感が違ってくる。
距離感を縮められないと自分で馴染めないとか、その人達の中に溶け込んでいけない感みたいなものを感じてしまい、人間関係が苦手という自覚になったりして自信を失うとかになる。
人間関係というのは、生まれ持った才能とかではなくて、自覚という部分で結果が変わるというものなのでそんな風にしていただけだと思う。
私の場合は、小学生の頃に通わされた塾の塾長のおじいさんの言っていた事を覚えていただけ。
”人間関係の話” の中で、「お前達が将来何かの間違いで有名な国立大とかに行っても人間関係がわからないとそこから前に進めないので意味がない。 でも、人間関係がわかればわざわざ大学に行かなくてもその先に進める」 みたいに言っていた。
テストでいつも高得点の人は、「またおじいさんが変な話をしている」 と思う。 でも、根がグ~たらな子は、「それはメチャ良い事を聞いた」 と感じて将来大人になったら使う情報フォルダみたいなところに記憶する。
高校生の頃に頭のおかしな虐めっ子に虐められ無実の罪を着せられて殺されそうになった時でも、理事長がうちの学校に天才がいたと驚いていたし、スーパー特待生だった天才にしか見えない友達もなぜか三之橋は今まで見た中で1番凄い天才とか思い込んでいた。
手品ショーに出てくるマジシャンと同じですよ。
生まれてから1人で手品を学んだとかそういう人は少ないと思う。 誰かの手品を見て真似るとか弟子になるとかその師匠とかの影響を強く受けているだけだと思う。
高校生の頃の職業適性検査では、人を見る能力にずば抜けているので精神科の医者になれば成功間違いなしとか書いてあった。
毎日幻覚とか幻聴の人達を相手に、お薬を出して、そのような人達って治る事がほぼないので、死んだ場合には患者が減るわけですが、頭の壊れる人が後を絶たないので将来ずっとお金持ちになれる仕事みたいな感じ。
海外のドラマや映画の中で、患者の話を訊いてあげる診療療法士みたいな人が良く出てくる。
例えば、東京警視庁の刑事さんに知人の事で事情を聴かれ、精神病とか言うと驚かれるので、「警察のデータベースに載せていないだけなので、医療用データベースに照会すれば通院先が判明するので担当医に直接訊けば本人が心神耗弱状態にあるので犯行は無理とかわかると思います」 とか言う。
刑事さんもバカじゃないので鵜呑みにはしない。
それでちょっと時間が経った時とかに、一気に捜査が進展しましたよ、頭のおかしな人に詳しい三之橋さんに訊いて良かった~ とか言う。
才能とかでなくて、人を見分けるのは難しいというのがある。
海外の刑事ドラマで4歳の女の子が、メチャ汚い変質者みたいなおじさんの所に、お母さんが近づいてはダメと言っているのにこっそり何度も遊びに行っていたとかのシーンがある。
刑事さんが捜査していく過程で、その女の子が直感のようなもので悪い人ではないと判断して友達になろうとしていたとかがわかるシーンが出て来る。
「幼児は感受性が高いので直感のようなもので目の前にいる大人を良い人とか悪い人とか判断していて、大人は見た目が怪しいとかそういう判断をしている」 とかのシーンが出てくる。
感受性とは感覚的なものですので個人差が激しい感じがあったりして、脳の偏桃体が小さいと感じられないとかあるし、逆に偏桃体が発達しているとかすかものを感じるとか違いがある。
そんな感じなので、「人間には法則があると思う」 みたいな塾長の話しを聞いた事でより判断ができるようになったりしただけだと思うのです。
例えば、昨年サービス終了した教えてgooにもよく若い女性の相談みたいなもので、ずっと乗せないようにしていた父を乗せて走ったら、”この通りで右折するより1つ平行した道路の方が早く右折できる” とかずっとダメ出しされ続けた。
「どうして父はそんな風に1度に言われると嫌になるというのがわからないのですか?」 みたいな相談でした。
普通に考えたら逆ですよ。
18歳の大学生1年生が自動車運転免許証を取得して車の運転を始める。
たぶんお父さんが指摘した内容を見て、普通は1年も掛からず1か月とかでそう言われないように自分でできる。
でも、その女性はそれができないまま大人になっていて、会社員とかで働いているという感じで、ある日お父さんが助手席とかに乗る事になった時に、お父さんもバカじゃないので普段ハブられているという娘さんが車に乗せないようにしているという事を久しぶりに乗った時にはわかっている。
でも、我が子なので、「お前はここがこうできていない」 とかダメ出しをしたのだと思う。
俗に言う、”洗い出し” というのが自分でできないように見えるので、後は、「ここがこう悪い」 と指摘されたのを1つ1つ上手くできるように自覚をしてやっていく。
お父さんからの宿題を1つ、また1つと指摘されないように上手くなっていくとその過程で、「なんとなくこういう風にするんだ」 みたいになったり楽しくなっていくとかがある。
本来は大学生1年生で上手くできないので面白くないというスタートをして、最初はしんどさを感じたりするのですが、場数を踏んで慣れていくとかして、しんどさが薄れたり、何か上手になっていくという感覚みたいなものを感じ、「こんな感じでみんな運転が上手くなっていくのかなあ~」 みたいなものを経験しながら感じていく。
1年後とか、2年後とかに最初はこういう感じでダメだったのが、今はこういう風に変わったという比較をできる事で、「こんな感じでやれば良いんだ」 というハードルの超え方みたいなものを経験する。
大学生時代に車の運転でも攻略できた人は、卒業して会社員となった時にまたゼロからのスタートになるのですが、「これは大学生になったアローンスタートでも攻略できちゃったので、この会社員ゲームも攻略できそうな気がする」 みたいになる。
例えば、友達作りとか、彼氏作りとか、車の運転とか、どれも上手くいかなかったりした場合、会社員になり潮目が大きく変った時に、「なんとなくそれまで失敗だらけの私でも攻略できそうな気がする」 とは思わないと思うのです。
じゃあ、大学を卒業し会社員として働くようになってもできていない。 お父さんが洗い出しをしてそれも言われた事が気に入らないとできないままでいれば、きっと結婚した後とかの人生で、相手にされないハブられた人生になるだけなのかもしれない。
たぶん、お父さんは自分の子供なので性格などもわかっているので、今言ってもイジケてグズグズ言うとかもわかっていて教えたのだと思う。
誰かも言われずに周りから人が離れた時に、「お父さんは注意してくれた」 という方がまだ救われるからだと思う。
例えば、福岡で生まれ育った人が東京の大学に行く。
そこにずっと住んでいなかったので、周りの道とか良く知らない。
じゃあ東京の港区に住んでいたとして、月極駐車場から車を出して、「さあ、大学に行くか」 みたいに出かけ、道がわからないのですが、「ここで右折だったかな」 みたいに運転していく。
実家のある福岡とかよりも車も人も多いとかあるので、目が追い付かない。
『あっ、間違えた』
そう思ってブレーキを踏んですぐにリバースに入れてバックしようとしても後続車があり出られないとかある。
そうすると道のわからないのに前に進むしかない。
そんな感じで迷子になる。
自分が迷子みたいになるという喪失感というか嫌な感じもあるのですが、そもそも運転に不慣れなのでそれも不快感がある。
自分が全然うまくできていないというのを嫌でも感じるので気分が凹むとかある。
住宅街の狭い路地で車2台がやっと離合できるくらいで、対向車が怖い運転者だと怒鳴られるとかもある。
そういった残念な人というスタートラインになる。
田舎の実家で普通自動車運転免許証を取得して、お父さんが運転を教えてもらえた人が東京まで中古で買った車を持ってきても、なかなか1人で運転しようとはならない。
そうすると、「これは一旦土地勘もないので運転をしないでおき、しばらく住んでいれば何とか覚えるのでその後で運転すれば良いに違いない」 みたいにペンディングしたりする。
それでペーパードライバーのままになるとかある。
何でもそうなのですが、最初にしんどさを感じるので、その面白くないスタートから慣れていくという感じでハードルを乗り越えていくので、いつも躓いてそこでやめてしまうと、手続き記憶で覚えてしまい、いつもそんな失敗を繰り返す。
でも、人によっては、「今ここで中断したりするとずっとそのままとなるとか、似たようなことを次にやってもまた躓くので、ここは中断せずに前に進む方が良い」 みたいに考えて毎日運転するとかする。
例えば、テレビで俳優の緒方拳さんが息子さんが俳優の道に進むと相談された時に、「それは誰かに言われたからとかそういうものでなくて、自分がやりたいからその道に進むのであれば、1度やり出したら最後までやらないとダメだよ」 と言ったとかそういう話を見た事があります。
上手くいかない事があった時に逃げ出すくらいなら最初からやらない方が良い。
例えば、20代でたくさん仕事がもらえたとしても、30代とかになればそれまでとは違うので急に仕事が減るとかも俳優の仕事では起こるので、家族を抱えた時に自分が諦めるだけであれば最初からやるなよ、みたいな話。
会社員でも20代の22歳の新卒入社の合格ラインと、5年後では合格ラインが違ってくる。
いつか自分がその合格ラインに到達できないという事も起こり得るわけです。
でも、1年目にその世界が初めてで何もわからない、誰かが教えてくれるというわけでもないので、躓くという事もある。
じゃあ、その道に進む人は、「僕は大学生になってアローンスタートとなり友達作りでも積極的に動けたので会社員でも人間関係はクリアできそうに思うし、車の運転でも上手くできないスタートから攻略できたので、仕事も同じようにクリアできそうな気がする」 みたいに思えた方がクリアしやすいと考えられるじゃないですか。
大学生という、高校を卒業したら一人前みたいな感じとなるので、テーマは、”自立” と大学生の周りの子が意識していた。
大学生3年生から4年生になった時に、就職とかの進路を決めないといけないので、「自分は大学生になってからお父さんやお母さんに助けてとか言っていたか?」 とかも考える。
後は塾長に言っていた法則のようなもの。
塾長の話によると小学生くらいからテストで良い点数が取れると、その子にとってはテストは得意なフィールドとなり、そこからは出ないようにする傾向にあるらしい。
例えば、体育とか、音楽とか、図工とか何かその人にとって苦手な事があるわけですが、「こんな苦手なものはしなくても僕はテストで良い点を取れば良い大学に行け、良い会社に就職できるから」 みたいに苦手なものには興味を示さないらしい。
それで自分の得意なフィールドの日常を維持しようとする。
塾長が言っていたのは、”日常” というのはおじいさんでも普段の毎日で車を運転して近所のスーパーに買い物に行くとか、材料を買ってちょっとした料理を作って食べるとかできるじゃないですか。
毎日に日常で脳がどのくらい負荷がかかるとか、一定になるような感じがどうしてもある。
そこで、脳の劣化を防ぐ為に、日常に、非日常というのを上乗せするという方法が有効だと言っていた。
例えば、車の運転で言えば、大学生1年生で不慣れな車の運転というものになるので、それは日常で毎日大学などに通学で車を運転していくという、日常の生活に取り入れた方が場数も増えるので早く慣れるとかある。
毎日同じような道を同じように走るという、道がわからないというのはまずないじゃないですか。
脳のバッファに余裕を持たせることにより、日常の運転の中でどこか上手くできない所はないか? というチェックする余裕ができたりする。
一緒に大学に行く友達との会話で、ストレスコーピングになるとかもあるだろうし、黙っていて運転に集中するという事もある。
それが日常だとすると、週末に彼女とかガールフレンドが行きたいとか言う場所に付き合って運転する。
「ねえ、今度の日曜日はあの新しくできたテーマパークの〇〇〇〇〇に行こうよ~」 とか誘われる。
彼女が行きたいという興味があるわけで、言われた方はそれが何なのかもよくわからないじゃないですか。
日曜日なのでほんとはゆっくり寝ていたいのに朝早く起きてデートなので洗車をして彼女を迎えに行き、地図本を広げドライブルートプランをチェチャッと組み立てる。
彼女は運転なんかしないので、後は全部自分が運転したりしないといけない。
今のように携帯電話やカーナビやスマホとかネットもない。
そうすると、アナログの地図本から自分がどういう風に走れば良いのか?
”遂行機能” という目標がありその目標にどうやれば到達できるのか? は自分で考えて行動しないといけない。
初めて走る道路、青い地図というか右に行けば長崎とか方向の標識みたいなものを交差点で通過する時に会話していても一瞬で見てマップに乗っているのか? というドライブルートプランに自分がきちんと乗っかれているとかの確認もしないといない。
普段の日常とは違い、脳に負荷がかかりまくる。
自分でやりたくないかな~ と思うもの。
その正体とは何か? と訊かれたら、車の運転とか大学生生活にやっと慣れてきたという感じなので、何年も車を運転している人のように彼女とか乗せて県外の道路なんか走りたくないという、場数という経験則が不足している自分にとって不慣れなものに挑戦すれば疲れるだけというのがある。
トラック野郎みたいなドライバーではないので、ただ目的地に到着できれば合格というものではない。
デートなのでテンポよくベテランの25歳の人みたいに運転しないといけない。
家に帰った時にはもうヘトヘトという、頭を使い過ぎて眠たい感じ。
なぜそのような事をするのか?
と訊かれたら、小学生の頃に塾長のおじいさんが、「大人になると脳細胞が凄い勢いで死んでいくので負荷をかけ続けろ」 みたいな人間の法則の話を聞いたりした事でそのようにしていた感じ。
田舎から大学に引っ越してくるという、何の土地勘もない所に引っ越す人は、何となく大学そばに住んだ方が楽だと考えたりする。
大学に斡旋してもらった大学そばのアパートやマンションや下宿とかに住みたがる。
わざわざ知らない町に引っ越してそこから電車に乗って大学まで通学するというのは大変なのでショートカットしたがる。
でも、塾長の話によると知らないA町に住み、そこからどうやれば大学まで効率よく行けるのか? とかを模索するとかも脳の訓練に必要なものだという話なのです。
そういう、訓練を受けた人とそうでない人との差みたいな絶対的な差みたいなものがあるらしい。
国立難関大学を卒業したりする人というのは、得意な事を追い続け、結果として苦手なものに挑戦しなくてそれまでの人生で困った事がない、という結果をエビデンスにしているのでそのような事が起こり、会社員となった時にキャッシュが不足して覚えられないとかが起こるっぽい。
私三之橋の場合は、大学生1年になり少し慣れた頃に自動車学校に行き、1番の鬼教官の担当にして欲しいと相談して驚かれた。
自動車学校というのは、できない人ができるように操作方法を教える学校なので、”なるべく優しい教官” に当たりたいとかそういう人が多い。
なぜ、わざわざ厳しい教官にするのか?
やはり車の運転というのは、自分がきちんとできているように本人が思っていて、周りを走る車の運転者とかから見て、「うわっ、何あの人?」 みたいになってしまうという感じがあるというのをチビッ子の頃から見てしまうから、自分がそうなりたくないじゃないですか。
自動車学校を卒業し、そこで終わりじゃない。
自分で公道に出てそこで周りの人を見て、見様見真似で下手くそから上手くなっていくという部分が難易度が高いと考え、鬼教官に指摘され、それを宿題として公道で攻略していけば、”洗い出し” という作業が要らなくなる。
”洗い出し” という、自分が運転しながら周りの人と自分の運転を比較して、「俺はあそこがダメだよね~」 みたいに気づくというのが2つ以上の事ができないと洗い出しができないので残りの人生ずっとそうなってしまう。
5分に1度くらい教官が助手席で突然急ブレーキを踏むのでいきなりなので前のめりになり、エンストし、激高される。
まあたしかに、できない人に対して激高するというダメだしされ続けるのはしんどいものがある。
でも、教官は違った事を指摘していた。
「お前は見る順番が違う」 とか、「お前は見るタイミングがズレている」 とか目の使い方がダメとかそういうのが多かった。
左折する時とか、左の車線に移動する場合に、「安全確認1、2、3」とか声を出して、ルームミラーで確認、ドアミラーで確認、振り向き目視確認とかしないといけない。
それはきちんとできているけれど、とりあえずやったという感じで実際は見えていない、なぜ見ない? みたいな目の使い方が上辺だけで見ないとダメという感じでした。
プロ野球の選手が試合の始まる前にベンチが映った時に、目の前に指を出して左右に追うとかビジョントレーニングしているとか見えるじゃないですか。
視野角というのは、健康な人で180度はあるので、運転して真横から飛び出した人とかを認知できないといけない。
でも、”老人性縮瞳(ろうじんせいしゅくどう)” といって、老人とかが加齢で次第に目の前の方しか認知できなくなり、認知症のおじいさんやおばあさんには目の前に顔を持っていきそこで注意するとかしないと認知できないとかある。
例えば、私の自宅前に幅員の広い一方通行道路があるのですが、反対側から入った人が一方通行の標識を見て気づき慌てて止まりバックしたりするとかある。
でも、気づかない人は毎日で逆走している。
パトカーが巡回で通る時に注意されそこで初めて自分が逆走している事に気づくとかある。
視野角が狭いとほぼ真横とかになる標識をうまく認知できずに逆走するという感じ。
自分で、「俺は目は見えている」 とか思い込んでいて、周りの人が見ると認知できていないとかがある。
認知機能が低い人ですと真横とかを上手く認知できないのでぶつかるような事故になる事もある。
できれば、自分の人生で交通事故とかはない方が良いじゃないですか。
だったら、鬼教官に叱られてでも、事故に遭わない人生にしたい。
車の運転で事故に遭わないような、プロの鬼教官のレベルでクリアできた場合、それは大学を卒業して会社員になってそこに大勢人がいても目が泳がないとかそういう結果となる。
車の運転で、俯瞰(ふかん)視で見るという技術が習得できると、自分のデスクで仕事をしても周りも見えるようになる感じでしょうか。
会社員の仕事は、自分のデスクで仕事をしていて、でも周りの電話が鳴って他の人が出られそうにないとか瞬時に判断して電話の応対をするとか頭も瞬時に切り替えないとできない。
自動車学校の費用は、MT車で30~38万円と現在表示されますので、まあ40~50万円でその俯瞰視がきちんとできてみたいな事が手に入れば事故に遭わず、仕事でも活かせると思うので安いものかなあ~ と思います。
もちろん、1人で公道を走るという部分で車代とか月極駐車場代とか、ガソリン代や高速代とかかかるので軽く数百万円とかになる感じが否めない。
その辺あなたはどう考えますか?
車の運転がとりあえずできて、彼女やガールフレンドを乗せてドライブに行って帰ってこられれば良い。
そんな人ももちろんいらっしゃいます。
教官とかにイチイチダメだしされるとイラっとするので、「俺の好きなように運転させろ」 とかもある。
でも、大学生時代に300万円とか400万円かかってそのような運転技術の習得をした人と、とりあえず自動車学校に行ってペーパードライバーになったという人とでは数百万円の技術の差が存在している事になるので、やらなかった人が入社後に一気にその差を埋められると自分で思いますか?
彼女とかガールフレンドを乗せてドライブデートに行くとか、男友達を乗せて遊びに行くとかそういうのを一旦置いておいて、仕事とかの技術という部分にだけフォーカスしてみてください。
『世の中には1流大学に行ったりした人でも、30万円の技術で会社員となり失敗しているケースがある。 私は300万円の投資をして、上手くハードルを乗り越えていくのでそれが結果として3,000万円とかになっていくと思うのでそうするか』 みたいな感じ。
そういう発想は、たぶん非正規社員になっている人とかもされないと思うのです。