私のアメリカ no6

フロリダは 私達が想像した以上に
田舎というか

比べると 静かで ひっそり
していた
イメージとは違っていた
到着後 すぐ パトカーに後ろに
つかれた
映画の雰囲気ウィーン キュッ キュッ
あの音のサイレン
警告しいている

チョ

勿論
バックミラー越しに 見ると
手は 拳銃に掛かっている
ゆっくりと近付いて来る

真横に来た
下げ

何故か 日本ではあり得ないほど
下手に出てしまう

結局は
切れていた


一件落着
アメリカでは 日本と違い ポリス
の権力は
絶対的なもの逆らえない
映画みたいなんどか 停められた経験がある
サンディエゴで 道に迷い地図を
見ていたら
質問してきた?
カンボジア人かと
アジア人の仲間ではあるが
よりによって
レンタカーではあったが

ボルボの新車
オサレには気も使っている

ありえへん
すかさず NO
白バイcop サングラス越しに

車内を見回し
OK
何じゃ


ひつまぶし イヤ 暇潰しかい
話が それました

又by timer.
(私のアメリカ no.7)
私のインド no.15

ジャム~ カシミール編
今は 国境紛争で 観光客は
行かない
数年前にはここも大きな地震の
被害にあった カシミール地方
デリーから丸1日の電車で到着
この辺りに来ると もはや完璧に
イスラム圏 モスリムの世界

全く違う雰囲気が スリナガル駅
に 到着した私達をのみこんだ
ここ スリナガルは チベットの
レー ラダックの入口であり また
インド人のお金持ちの避暑地にあたる

湖に ハウスボートと呼ばれる舟
が あちらこちらに 浮かんでいる
ホテルと同じなので 高級から
安いのまで
があった
負けてもらって ソコソコ
のふねに案内されての交渉成立

居心地もソコソコの日々
ではあったが すぐに 何かしら
物足りなさを

固定されていない リアルな舟

動くハウスボートは無いのかと

宿屋の主人に尋ねた
息子夫婦が生活している舟を出す
と 言うことで 当時の使い古しの
ウォークマンと幾らかのお金足して
(忘れてしまった) 成立した
リバートレッキングなるものに
出発した
長さ約8m位の木製の舟 幅が2m
あったか
私達二人に 料理人と漕手が2人の
計5人での 船旅
ボンボヤージ


最初の2日は ただただ 下り
漕手もだらだら 寝転んで
同じく 景色を楽しんでいた
だって 下る だけ
ところが やはり そこからが
仕事
となると
そう 二人で流れに逆らい 引くのです
最初は日当ドロボウ と二人して
悪口を陰で叩いた 二人も

後半の彼らの頑張りは称賛に値した
この旅での一番の思い出は
景色もだが
何処かの モスリム寺院から
聴こえる コーランの祈りの歌と
水面と舟が奏でる音と漕手のかい
の音が 今も心の奥底に 刻まれ
又々の 異邦人感 max の
忘れる事ない 想いでです
ps きれいな思いでの反面は
毎日 ハエが 舟に着いてきて

どんどん 増えて いきました
ガンジス 源流の旅は 又

by timer.


