またしても1ヶ月ぶりになりました。
どうも!わたしです。
体内に1ヶ月おきタイマーでも
内蔵されているのかしら![]()
さて、この記事のつづき。
何に気がついてしまったって?
それは大きく二つあります。
ひとつめ。
幼少期からを振り返りますとね、
親から気持ちを無視されることが多かったんです。
とはいえ、そもそもわたしも
我が強い子どもではあったのですが。
ただ、反復行為による刷り込みの影響はデカい。
思い返すと、
「〇〇だとダメ!△△でいなさい」という
明示的なわかりやすいものではなく、
言外の意を察しろ的に強要されたことが多かった。
そして、そのまんま同じことを自分に対して行なっていたのだ。
つまり、無意識に
「〇〇だとダメ!△△でいなさい」と
自分自身を抑えていたのだ。
こうやって自分の気持ちを無視していると
自分が何を望んでいるか、欲しているか
がわからなくなっていく。
そんな不感症の自分にはもう何年か前に気づいており、
ここ何年かは小さなことについてはすぐ叶えるようにしていた。
ただ、ある程度以上の願望実現については
どこか根底で「諦め」の気持ちが拭えなかった。
ほんとうに無意識に
「他の人には起こりうるだろうけど私には起こり得ない」と自分にフタをしていた。
これってつまり、
「他の人にはあるけど、私にはない」
と言い換えられる。
この言語化したビリーフそのものというよりは
そのビリーフについてまわる
諦めにも似たなんともやりきれない感情。
今までずーっとこのほんのりとした「ない」に
じわじわと侵食されていたのだ。
つまり、
我慢しまくってたために望みがわからんというのと
望んだところで結局自分にはムダ
という二段責めに気づいたのがひとつ。
もうひとつ、
わたしの育った実家は
親の仲が良くなく常に緊張感が漂っていた。
父親は休日はビールを飲んで寝っ転がっている。
「こんなもん食えるか!」と食事には文句。
表面的には普通の家庭だったが
実のところ、
お世辞にも温かさを感じられる家庭ではなかった。
当然ながらいい気分でいることが少なかった子供時代。
夏休みも暗い気分で過ごすことが多かった。
今、私自身いい気分でなかなかいることができない
のはこの時の状況を再現しているからでは?
というのがふたつめ。
そして、ここまで気づいて猛烈にイラついて
いい気分で過ごして何が悪いんじゃぼけぇぇぇぇ!!!
と、以前よりも
意識的にいい気分を選択できるようになりました。
もちろん、波はありますが。
(今日もお腹の調子が悪くて久々に左脳が暴れ出したw)
ただ、一つ目については
スッキリしないところがありますね。
引き続き「思考を止める」を
続けていくのみですな。

