『Time is up』とは、読んで字のごとく『時間切れ』という意味です。この言葉にはたくさんの意味と思いが込めれられています。
京都議定書、愛・地球博、21世紀の初めは日本が持続可能な発展についてまさに主導しています。でも、普段の生活からは「持続可能な発展」なんて堅苦しいものから「地球にやさしい」ということまで、なかなか実感が湧かないで来ました。
ですが、身近にはこんな話もあります。
私が尊敬する幼稚園の園長先生の詩にこんなものがあります。
「自分くらいはと思い、あたりにゴミを捨てる。
地上に1億あまりのゴミが増える。
自分だけでもと思い、あたりのゴミを拾う。
地上から1億あまりのゴミが消える。」
そこの幼稚園では、子供達に環境教育もしています。
環境教育と言っても大げさな事ではありません。心のやさしい人に育てる事が環境教育でもあるのです。これこそ、立派な教育では無いでしょうか。
前世紀の途中から、環境問題は叫ばれてきました。
でも、私達は目の前の事に捕われ、いや追われ続けていたばかりに
その大本の地球の事までは気が回らなかったのが事実です。
もう本当に間に合わないのでしょうか?
本当に「愛だけで地球は救える」のでしょうか?
絶対に、まだ解決策はあるはずです。時間切れなわけが無い。
自分の子供達に青い空と青い海を。そして、住み良い日本を、世界を、地球を。
時間はまだあるはず。
このブログを通して、1人でも多くの人が地球ともっと向き合い、自分の出来る事を考えてくれれば素敵だと思います。これが、Webの力でもあります。
自分に出来る事をやる。
そんな仲間を増やしたいと思っています。
京都議定書、愛・地球博、21世紀の初めは日本が持続可能な発展についてまさに主導しています。でも、普段の生活からは「持続可能な発展」なんて堅苦しいものから「地球にやさしい」ということまで、なかなか実感が湧かないで来ました。
ですが、身近にはこんな話もあります。
私が尊敬する幼稚園の園長先生の詩にこんなものがあります。
「自分くらいはと思い、あたりにゴミを捨てる。
地上に1億あまりのゴミが増える。
自分だけでもと思い、あたりのゴミを拾う。
地上から1億あまりのゴミが消える。」
そこの幼稚園では、子供達に環境教育もしています。
環境教育と言っても大げさな事ではありません。心のやさしい人に育てる事が環境教育でもあるのです。これこそ、立派な教育では無いでしょうか。
前世紀の途中から、環境問題は叫ばれてきました。
でも、私達は目の前の事に捕われ、いや追われ続けていたばかりに
その大本の地球の事までは気が回らなかったのが事実です。
もう本当に間に合わないのでしょうか?
本当に「愛だけで地球は救える」のでしょうか?
絶対に、まだ解決策はあるはずです。時間切れなわけが無い。
自分の子供達に青い空と青い海を。そして、住み良い日本を、世界を、地球を。
時間はまだあるはず。
このブログを通して、1人でも多くの人が地球ともっと向き合い、自分の出来る事を考えてくれれば素敵だと思います。これが、Webの力でもあります。
自分に出来る事をやる。
そんな仲間を増やしたいと思っています。