翌日、いつもより30分も早く起きて念入りに仕度を終えた僕は、いつものように6時と7時をつなぐ占いを見てから家を出た。
今日の運勢は4位。
十分いい方だ。
占いの結果に少し気分を良くしてドアを開け、愛恵ちゃんの家まで駆け寄りたくなる衝動をおさえて、わざとゆっくりと歩く。
まだ出てくる気配のないことを確認して、新しい家を覆っている灰色のコンクリート塀にもたれかかった。
しばらくそのままでいると「いってきます」という声と同時に、ドアが開いた。
そこから出てきた人に、顔をほころばせて手を振る。
「おはよう、愛恵ちゃん」
途中で俊くんと合流し、3人で学校へ向かう。
愛恵ちゃんと一緒に行くことを俊くんには伝えていなかったが、驚いている様子はなかったからなんとなくわかっていたのかもしれない。
小学校に入学して以来、ずっとまじめに受けていた授業も、なぜか隣が気になって集中できない。
かといって話すきっかけも話題もなく、わざとを愛恵ちゃんの方に消しゴムを落としてみたりなんてする。
たまに失敗して前の方までコロコロと転がっていってしまうこともあるけれど。
そんな自分でもばかばかしいと思える行為も、その度にむけられる笑顔のことを考えると、やめることができなかった。
「かなえちゃん!」
「どうしたん?」
なぜか胸がしめつけられるように痛くて、苦しくて、少し走っただけなのに息がきれる。
息を吐くと同時にもらした声は自分が思うよりもずっと大きくて。
小さくはねた背中に、やっぱりやめとけばよかったな、と少し後悔した。
それでも、ここまできてひき返すことなんてできはしない。
大きく息を吸い込んで、今度は声の大きさによく注意して言った。
「聞き忘れたこと、あるっちゃけど…」
「なに?」
「かなえってどんな字書くと?」
「愛に、恵みで愛恵。けんたろうくんは?」
帰ったはずなのにいきなり呼び止めて、何を聞くかと思えば名前の漢字。
変に思われてるやろうなぁと、後悔もしていたが、それ以上にどんな字を書くのかを知れたことが嬉しくて。
忘れないように、頭のなかで何度も「愛恵」とくりかえす。
たったそれだけのことが頭のなかのすべてを占め、愛恵ちゃんの発した言葉の意味がわからず、思わず間の抜けた声がでてしまった。
「え?」
「どんな字書くん?」
「あ、えーっと、健やかな太郎で健太郎」
「なんとなくそうやと思った」
いい意味で言っているのかどうかはわからなかったが、今まで見たことのある優しい笑顔とは違う、いたずらな笑顔にまた新たな胸のときめきを感じた。
「どうしたん?」
なぜか胸がしめつけられるように痛くて、苦しくて、少し走っただけなのに息がきれる。
息を吐くと同時にもらした声は自分が思うよりもずっと大きくて。
小さくはねた背中に、やっぱりやめとけばよかったな、と少し後悔した。
それでも、ここまできてひき返すことなんてできはしない。
大きく息を吸い込んで、今度は声の大きさによく注意して言った。
「聞き忘れたこと、あるっちゃけど…」
「なに?」
「かなえってどんな字書くと?」
「愛に、恵みで愛恵。けんたろうくんは?」
帰ったはずなのにいきなり呼び止めて、何を聞くかと思えば名前の漢字。
変に思われてるやろうなぁと、後悔もしていたが、それ以上にどんな字を書くのかを知れたことが嬉しくて。
忘れないように、頭のなかで何度も「愛恵」とくりかえす。
たったそれだけのことが頭のなかのすべてを占め、愛恵ちゃんの発した言葉の意味がわからず、思わず間の抜けた声がでてしまった。
「え?」
「どんな字書くん?」
「あ、えーっと、健やかな太郎で健太郎」
「なんとなくそうやと思った」
いい意味で言っているのかどうかはわからなかったが、今まで見たことのある優しい笑顔とは違う、いたずらな笑顔にまた新たな胸のときめきを感じた。
まだまだいっぱい話したいことがあるはずなのに、やっぱりなにひとつ言葉は出てこなくて。
そんな自分が情けなくてうつむきかげんで歩いていると、かなえちゃんがまた声をかけてくれた。
「けんたろうくんの家ってどこらへんなん?」
「すぐそこの、あのオレンジの屋根の家」
「そうなんやぁ。じゃあご近所さんやな」
「え?」
「うち、あの赤い屋根の家やから」
かなえちゃんが言ったのは、健太郎が指したオレンジの屋根より少し奥にある、おもちゃのようにきれいな赤色をした屋根だった。
なんでこんなに近くに引っ越してきたのに知らなかったんだろうなんて考える余裕はなかった。
ただ驚き、喜びというまっすぐな感情だけが健太郎の頭を支配して、思考回路を停止させてしまう。
なんとか頭を整理して発した言葉は、自分でも驚くほど積極的なものだった。
「じゃあ、明日から一緒に学校いかん?途中でうるさいのがひとりはいってくるけど」
「ええの?実はまだ道覚えられてへんかったから不安やってん。ありがとう」
嬉しそうに笑うその笑顔に顔が赤く染まるのがわかる。
もし聞かれたら少し前に沈んだ夕日のせいにしてしまおうなどと考えながらていたがそんなことはなく、少しだけ手前にある僕の家の前で手を振って別れた。
「ばいばい、また明日」
遠ざかる姿に手を振り、家に入ろうと一歩足を踏みだした瞬間、先生に怒られるほど考えて、それでもこたえがでなかったあの疑問が浮かびあがった。
今ならまだ間に合う。
だけど、わざわざこんなことを聞くために追いかけるなんて、変に思われないだろうか。
そんな考えが頭を駆けめぐり、ほんの少し迷ったけれど、おさえきれない衝動に僕は走り出していた。
そんな自分が情けなくてうつむきかげんで歩いていると、かなえちゃんがまた声をかけてくれた。
「けんたろうくんの家ってどこらへんなん?」
「すぐそこの、あのオレンジの屋根の家」
「そうなんやぁ。じゃあご近所さんやな」
「え?」
「うち、あの赤い屋根の家やから」
かなえちゃんが言ったのは、健太郎が指したオレンジの屋根より少し奥にある、おもちゃのようにきれいな赤色をした屋根だった。
なんでこんなに近くに引っ越してきたのに知らなかったんだろうなんて考える余裕はなかった。
ただ驚き、喜びというまっすぐな感情だけが健太郎の頭を支配して、思考回路を停止させてしまう。
なんとか頭を整理して発した言葉は、自分でも驚くほど積極的なものだった。
「じゃあ、明日から一緒に学校いかん?途中でうるさいのがひとりはいってくるけど」
「ええの?実はまだ道覚えられてへんかったから不安やってん。ありがとう」
嬉しそうに笑うその笑顔に顔が赤く染まるのがわかる。
もし聞かれたら少し前に沈んだ夕日のせいにしてしまおうなどと考えながらていたがそんなことはなく、少しだけ手前にある僕の家の前で手を振って別れた。
「ばいばい、また明日」
遠ざかる姿に手を振り、家に入ろうと一歩足を踏みだした瞬間、先生に怒られるほど考えて、それでもこたえがでなかったあの疑問が浮かびあがった。
今ならまだ間に合う。
だけど、わざわざこんなことを聞くために追いかけるなんて、変に思われないだろうか。
そんな考えが頭を駆けめぐり、ほんの少し迷ったけれど、おさえきれない衝動に僕は走り出していた。