日本史の史上、もっとも劇的な出来事は、本能寺の変でしょう。
その日は、現代の暦に置き換えると、1582年6月の21日です。
信長が、安土城から、京都の本能寺に入ったのは前日のことと思われます。
その日の九星を。CASIOが提供している【 KE!SAN 】というサイトで確認すると、下図の通りになります。
3つの九星盤のうち、左が年盤、中央が月盤、右が日盤です。ご覧の通り、年・月・日すべてが【四緑木星】となっています。この年、この3つが【四緑木星】で揃うのは、この日一日だけです。
そして、信長が移動した方向が問題です。九星盤は通常の地図とは南北が逆で、上が南となります。
安土城から京都の方角は、左下・北東の【七赤】から右上・南西【一白】という動きになります。
【一白水星】は、信長の本命星【七赤金星】にとって相性の良い星で、その方角に向かうことはプラスになるはずなのですが、問題は出発点が【七赤金星】であることです。自分の星の居場所【本命殺】と対角線上にある方角を【的殺】といって、【凶方位】となるのです。
つまり、この日、信長は動いてはいけない方角に動いてしまったことが、命取りになったのかもしれません。


