人の言う事を聞かない | 朱鷺の“人生七転び八起き”

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心と体の健康の情報を発信していきます。

なーんか・・・会話してますと

いや、そうじゃない。。
ああじゃない。。
そんなことはない。。
とずっと抵抗してくる人がいます。


相手は相手で

「お前は間違っているから正してあげよう」

と、愛の手を差し伸べている。

と思っているかも知れません。


ちょっとだけ。もしかしたら、そうかも。。。
という風に、意識を転換できたら~
と思うのですが。


相手の意見を受け入れたら、
ダメ・負け・引きずられる~と思うと、
なかなか、抵抗は止みませんけど。

抵抗したら、ずっと会話が続くと思うのかなぁ。。
つまり、会話する理由が出来る。
そんなふうに思う必要はないんですけど。


そうそう。私は、抵抗しません。
「お前は、アンポンタンだ」と言われても
「はい。アンポンタンなんです」と自負します。
それで、なんの問題もないです。


抵抗するから、
痛みになり、

侮辱された、反撃したい
・・・となりますよね。


いったん受け取ったら自分の自由。
「アンポンタン」って評価されると、
楽になりますね。


「こうでなければならないんだぞ!」
という期待を背負わなくても良くなります。

相手の勝手な「こうであらねばならない」を
背負わされるのは、なかなか苦労なモノじゃない?


「いゃあ~アンポンタンだから、しょうがないや」と、
相手からは見逃してもらえるかも。
むしろ「アンポンタン」と評価したために、
私を支配する力が失われるでしょう。
その評価を受けたくないという抵抗があると、
簡単に動かす事ができますね。


だいたい、アホとか、アンポンタンとか
馬鹿とか言われて腹が立つのは、
人の上に立ちたいからでしょう。


アンタはエライ!! と~言われたい♪


人は、評価の高い人の話を素直に聴くし、
支配を受けさせてくれるし・・・。
でも、そんなもの必要なければ、
どんな評価も無意味になるんじゃないかな。


「こうでなければならない」
「こうあるべきだ」
と言う事から自由になると
見えなかったコトが、見えて来る。


まっ。とはいえ
相手に抵抗させてしまうワタクシ。
まだまだ、未熟者ということです。