あーの、こーのと、騒ぎたてる人あり。
その人が何を問題だとしているか、
を観ると、その人の問題が分かりますね。
他者の色恋沙汰を問題にする人は、
そこがご自身の問題点だということ。
他者の金銭を問題にする人は、
そこがご自身の大問題になっている部分。
何かを問題にする人は、みんな、
ご自身の問題点を開示していますので、
自身で取り組まなければならないのですね。
たとえば、某米有名ゴルファーの
色恋沙汰がゴシップとなる。
ゴルファーとしては叩けないので
別の所を叩くわけです。
「人として、これは、どうなのよ」と。
大金持ちを見て、ね。
正面から叩いたら、あきらかに嫉妬と分かる。
それはマズイので、別の所を叩く。
「人として、これも、どうなのよ」と。
そういう人も、人としてアリじゃないの?
なんて感じるところを述べると。
逆上しちゃって~(^^;)
叩く御本人は、自分は正しい行為をしていると
思いこんでいます~から、批難・評価の
それの、どこが悪いのだ。と開き直る。
いやいや。
悪いの良いの、ではなく。
「どうして、そうしたくなるのか」
「どうして、そうまでして人を気にするのか」
その行為のウラにある自身の気持ちに
気づくチャンスにしたらいいのに。
ということなんですね。
そとに見える世界は
ご自身の内面世界の反映。
そこに、本当の自分に触れる扉がある。
扉を開くのは、誰にもできない。
ご本人の「開こう」とする意志だけ。なのね。