「自分」って、なぁに?
って、自分意識のことなんですが。
在る意味~過去の体験の寄せ集め。
教えてもらった知識の寄り合い所帯。
何かにピントがあう。
何かに反応する。
意識した瞬間に・・・あるワク組みが作られます。
ココからココまでの事・・・となる。
思考するための前提が集められています。
その中で、すべてを処理しようとします。
「いや。これもあるよ」と指摘されると
「ああ、そうですね」とワクが広がります。
しかし、ここでゴネルと、
つまりはワクに固執すると、
偏りが生じます。
偏った「正しい」を打ち立てようとする。
無理が生じることもある。
無理を通そうとして格闘することもあります。
自分のワクを再構築するのは手間がかかるし
このワクが「自分」だと錯覚してますから。
「自分が壊れるのはイヤ」
「自分の立つ瀬がない」
と~いう感じでしょうか。
だからこそ
外を換えたくなるようで。
それでいながら
自分に対する不信感もありますので
(我を張る人は特に自己不信がある)
不安になって答えは外に在ると探す。
川で流されてジタバタ・・・
どこかに流木はないか、岩はないか。
つかまる場所を探すように。
狭~い、小さな「自分のワク」に
大きくて無限な世界を閉じ込めよう
ったって・・・ちょっと想像しても
無理だと分かります。
外側に在るモノ。
それは単なるヒントでしかなくて、
そこに答えはないのに、探してしまう。
{答えは自分の中にある}
と言われるワケですが。
ここにあるよ、ってモンじゃなくて、
自分が作っているものですね。
「こうしたい」
「こうであったらいいな」のことで、
もともとあるもの、でもなく、
正しいもなく、
答えでもない。
ただ、なんとなく、
そこに繋がると、
ひとつでいる感じもする。