さてと。。。冷たい。温かい。
「なんて冷たい奴だ」とか言いますが。
逆に「とても心、温かい人です」とか。
これは感じますね。体感できます。
熱を放射しているみたいに温かい状態があったり
ひんやりと冷えた重~い状態は、感知できますから。
つまり、心理的なものではないようです。
行為には作用と反作用があり。
人に対して冷たい時は、自分に対して冷たい仕打ちをしている。
人を傷つけると同時に自分をも傷つける。
それも、体感できるんですよね。
全ては同時ですから~
「あっ冷たくしてる」と感じ取れるんですが
そこをシャットアウトしていると、反対に
相手が冷たい態度でいる
と錯覚してしまう。なんてことになるような。
オマエがこうだから、こうするしかない
みたいに自分を正当化して誤魔化して。
むかしむかし、小さな姪(一人っ子)が、寝床から起きてきて
「お父さんもお母さんも死んでしまったら、私はひとりぽっち」
なんて言い出しましてね。切なそうに泣くんです。
なんでそんなことを思いついたのか、分かりませんが。
ヘンな夢でも見たのか・・・
「大丈夫。二人が死んでも、伯父さんも叔母さんも
ほかに沢山、お前を愛して、見守る人がいる~から」
くらいしか、言えませんでした。
・・・まっ、ワタクシも、見捨てられる不安?
みたいなものが、ありますから、どんな思いで
泣いているかは、よく分かる。
だから、口先だけじゃないよ、本気だよ。
という精一杯の思いを込めました・・・が、ね。
うん。思いは伝わる。
思いは、願い。
元々の命は、ひとつ。
そこから分かれて、いま、ここに。ひとり。
結びつきたい、関わりたい。引力が働いて。
そんな願いもありそうな。
生きて。
何が、それで残るか、と言えば
何をしたか。誰とどう関わったか。
そんな人間関係しかないんじゃないかな。