賭博 | 旧・スネコタンパコの「夏炉冬扇」物語

旧・スネコタンパコの「夏炉冬扇」物語

スネコタンパコの、見たり、聞いたり、読んだりした、無用のお話

 マージャンで思い出した。

 今もこのようなことが車中で行なわれているかどうか知らないが、これはずいぶん前の――まだ、わたしが会社勤めをしていたころの話である。

 当時、わたしは宇都宮線で通勤しており、大宮駅着がちょうど7時ごろの列車に乗っているのが常であった。

 土呂駅を発車してから、妙に乾いた音と笑い声が奥のほうから聞こえてくることに気付いた。車内は混み合っており、わたしは上野まで乗車するため、ドア付近よりもむしろ、ドアとドアの間の真中あたりへ移動したかったのだが、思うに任せない。

 声の正体が見えないのは座っているからなのだろう。パシッパシッと紙の上で何かを叩きつけるような音がする。朝の通勤電車内というのは妙に静まりかえっているものだが、そんな中、その音と、たまにドッとどよめく場違いな声だけが聞こえてくる。

 大宮駅では下車する人と乗車する人とが大体同じ割合なので、この間隙を縫って、奥に移動すると、そこで何事が行なわれているのか目にすることができた。

 花札である。二人が向かい合って座るコの字型座席に腰を下ろした4人の脚の上を新聞紙で覆い、簡易的な「場」としているのには恐れ入った。よく見ると、ゲームに興じているのは3人で、窓側の一人は部外者のようだ。しかしながら、その人の膝の上にも当然のように新聞紙がかぶさり、一見仲間のようにしか思えない。当の本人もさほど迷惑している様子はなく、むしろ熱心な観戦者と考えてもいいのかもしれない。

 間もなく浦和駅というときになり、3人の内の1人が席を立った。どうやら下車するらしい。何か口の中で呟きつつ、人を掻き分け掻き分け、ドアへ向う。「負けた負けた。」といっているようだ。ドアが開くと、いったんは外に出たのだろう。ところが、すぐに、外から、先ほどの男の「いけねぇ、忘れた!」の声が聞こえた。一体何を忘れたというのだろう。これから再び車内に乗り込み、この混雑の中を座席のところまで戻り、忘れ物を手にしてから、再度下車するなどという人並み外れた荒業が可能なものだろうか。

 男は「忘れた忘れた忘れた。」を連発しながら、迷惑そうな乗客のことなどお構いなく、仲間のところまで戻ると、「悪い悪い。」と財布から千円札2枚を取り出し、新聞紙の上に置くや、乗り込んでくる乗客を押し返すように、再びドアに向かい、辛くも脱出に成功したようだ。

 しかし、ここまで露骨にやっちゃって大丈夫なんだろうか。その場の空気を読んで、仲間が「おまえ金置いてけよ。」といえなかった気持ちを汲んでやらんと遺憾のではなかろうか。

 しかし、これは昔々の話、今なら、何の気兼ねもいらない。そんなことで警察のご厄介になったりするなんてことはあるはずもないから。なにせ、検事長が賭けマージャンやったって、訓告処分だけなんだから、一般市民は、なんの心配もなく、花札賭博を楽しめるはずだ。ただ、JRから所場代の請求がありかねないから、それだけは注意したほうがいいかもしれない。