山とジャズ 1 | 旧・スネコタンパコの「夏炉冬扇」物語

旧・スネコタンパコの「夏炉冬扇」物語

スネコタンパコの、見たり、聞いたり、読んだりした、無用のお話

 山好きがジャズ好きなのか、それとも、ジャズ好きが山好きなのか、いずれにしても、わたしが出会った山好きたちの多くが、不思議なことに、ジャズ好きであった。著名人で、山好きでジャズ好きといえば、吉田類の名がすぐに浮かんでくる。この人の場合は、さらに、ネコ好き、俳句好き、酒好きが加わる。かれは、一時期、シュールリアリズム絵画研究のため、フランスに留学していたことがあるそうだから、ジャズ好きであって当然かもしれない。

 フランスという国は、シュール発祥の地だけあって、熱狂的なジャズファンが多い。その辺の雰囲気はアート・ブレーキー&ザ・ジャズメッセンジャーズの『サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズVol.1-Vol.3』(1958年)によく表れている。特に、Vol.2の1曲目、ボビー・ティモンズの有名な「モーニン」には、客席にいたヘイゼル・スコット(ピアニスト)の意味不明な叫び声が録音されていることから、曲名が「Moanin' With Hazel」と銘打たれているほどである。

 わたしが、初めてジャズなる音楽を聴いたのは、大学生時代で、学友――といっても、かれはわたしよりも2、3歳上だつたと記憶している――の下宿先に遊びに行ったときのことで、ジャズの話が出たとき、わたしが、ジャズは聴いたことがない、というと、かれは、「ジャズはいいぞー、聴けば聴くほど味が出てくる。」と説明しながら、最初に掛けてくれたレコードが、ジョン・コルトレーンの『マイ・フェイヴァリット・シングズ』(1960年)だった。

 

 


 その時の印象としては、ジャズって、一曲が長いんだなあ、と思った(タイトル・ナンバーの「マイ・フェイヴァリット・シングズ」の演奏時間は13分41秒。)ことで、マッコイ・タイナーのピアノ・ソロに続く、コルトレーンのソプラノ・サックス・ソロは、いつまでたっても終りが見えず、うねうねくねくねと切れ目なく続く、ざるうどんのように思えた。この曲はかれの代表的なレパートリーとなるが、ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」と同様に、ジャズ・ワルツなところもまた面白い。それで思い出すのは、リー・モーガンの曲に、小象ならぬ「小僧のワルツ(Kozo's Waltz)」(アート・ブレーキー&ザ・ジャズメッセンジャーズ『チュニジアの夜』所収)というのがあることだ。Kozoはかれが飼っていたプードルの名で、当時のかれの妻は日系人だったという。このように、ジャズとワルツとは親和性が強いといえる。

 そのつぎに、聴かせてくれたのが、そのアルバム『ワルツ・フォー・デビイ』(1961年)で、友人は、ビル・エヴァンスがジャズ・ピアニストで一番好きなプレーヤーだといっていた。そういえば、吉田類は、テレビ番組の『酒場放浪記』で、横浜のジャズ喫茶に入ったとき、このアルバムの白眉「マイ・フーリッシュ・ハート」をリクエストしていたが、かれが、NHKテレビの山番組で、穂高岳山荘を訪れたときにも、小屋には、この曲が流れていた。このきわめて内省的な曲は、山とはすこぶる相性がいいのかもしれない。

 

 

 

 



 今思うと、友人によるモダン・ジャズ入門編のおすすめ盤は、大変オーソドクスなものだったようだ。

 そして、家に帰った翌日、なにを思ったか、わたしはコルトレーンの「マイ・フェイヴァリット・シングズ」(金2,000円也)を購入したのである。当時、わたしは、1ヵ月を金15,000円也(これには色々とわけがあったのだが。)で暮らしていたので、清水の舞台から飛び降りるほどの買い物だったのは間違いない。

 さて、その学友が山好きであったかどうかは不明である。なぜなら、当時、わたし自身が山にさほど関心がなかったからである。(金がなく、食費をかなり切り詰めた結果、栄養失調で鳥目になったほどだったので、山行なんかできるわけがなかった。)しかし、奇妙なことに、かれの実家(群馬県吾妻郡中之条町)へ泊りに行った翌日、どこか行きたいところがあるか、と問われたわたしは、妙義山にいきたい、と応えたのである。すると、かれから「いいけど、妙義は危険だよ。」といわれたのをよく覚えているから、かれが山に無知な人でなかったことだけは確かなようだ。

 しかし、また、こうもいえる。中之条から妙義までは、山道を車で1時間半はかかる。ならば、よく似た山容の岩櫃山なら15分ほどで行けるし、同じ岩山ということであれば、嵩山なら10分もかからない。そういう代替案が出なかったという事を考えると、山にはさほど詳しくはなかったといえないこともない。

 その後、わたしは、いつごろからかは覚えてないが、表・裏妙義山全ピーク単独フリー登攀に情熱を燃やし始める。

 

妙義公園駐車場から見る表妙義の岩峰群

表妙義 バラ尾根ピークから 鷹戻し 中ノ岳 星穴岳

妙義中間道から鷹戻し