あるブログを読んで | 悪性胸膜中皮腫と診断を受けて8年目を迎えましたが、いよいよ来たかな

悪性胸膜中皮腫と診断を受けて8年目を迎えましたが、いよいよ来たかな

平成28年7月突然の「悪性胸膜中皮腫」確定診断。その後「中皮腫サポートキャラバン隊」中心に全国行脚を展開しながら治療を続けてきました。お蔭で7年を経過致しました。ここにきて、腫瘍が両肺多発転移してあることが分かり、これからは好きなことをしていきます。

こんばんはニコニコ
てか、夜分遅くにすみません。



先ほど同じ中皮腫で闘病中の女性のブログを読んで、私も考えさせられました。

日本人の平均寿命が男性80.75歳、女性86.99歳になっているにも拘らず、まだ半分にも達していないのに30代にして余命宣告みたいなことを言われて、後何年共存できるのか?と思いを綴ってました。

このブログを読んで、何と言っていいか分からないまま、自分の思いをコメントしてました。

何て声を掛けていいか分からなかったんですが、気持ちに衝撃が走りついついコメントしてしまいました。

 

私も昨年の7月に主治医から余命宣告とも言える残りの平均寿命を2年と言われました。
その時の気持ちだけは今でも覚えてます。

「平均寿命は……2年」
「え?抗ガン剤治療をしてですか?」
「うん…そうやなあ」
その後何を話されたのか殆んど耳に入ってませんでしたが、目の前が見えてなくて頭の中が真っ白になっていたように思います。
この間、一瞬だったようですが私には長く感じられた瞬間でした。

もうどうしていいか分からない気持ち、泣きたい気持ち、叫びたい気持ちが交差していたような気がしました。


こんな記憶が蘇りました。

そして、その後様々な気持ちの変化を経て、自分がどこまで頑張れるか生き様をブログに書こうと始めたのです。

でもブログを書いているうちに、他にも同じ病気でブログを書いている方々がいると知り、その方々のブログを読んで自分の考え方が徐々に変わって来ました。


最初は二年間どう治療して、どこまで生き延びれるのかブログに綴って、後に妹や娘に自叙伝をなんて冗談交じりに始めたんです。
でも今はありとあらゆる悪あがきをしてどこまで生き延びれることができるかと同じ病気で闘病中の方に伝えながら、残りの人生をどれだけ楽しめたのかをリアルにまたコメディに綴ってみることにしました。

と同時にポジティブに人生を楽しんでみようと思いました。


50歳を過ぎたからこそ私はこう言えるのかも知れません。
でも、今回30代にして医師から余命宣告なんてされたらどう思ったのでしょうか?

そう考えると、どうしてもこの女性に掛ける言葉が見つからず、でも何か言ってあげたいという気持ちだけでコメントを書きました。

でも結局頑張りましょうとしか言えない自分なんです。

カッコいい言葉も見つかりません。

何もしない寝たきりの80歳なら、残りの人生やりたいことや楽しいことをやり遂げて達成感を満喫した方がいいとしか言えない自分でした。


長く生きれば生きるほど欲が出てきます。

阪神優勝が見たい。
東京オリンピックが見たい。
娘の看護学校の卒業式には出たい。
娘の結婚式に出たい。
息子の結婚式にも出たい。
孫の顔が見たい。

と欲は尽きることはないです。


でもこうして医師から余命宣告されると、考え方はふた通り出てきて、もちろん今言ったように長生きして欲を一つでも達成させたいという考えと、余生をいかに楽しんで全うしてやろうかという考えです。


病気になる前は、風呂に入りながら自分はいつまで生きるんやろう?と考えたりしました。

でも今はそんなこと考えることもなくなりました。

いつまで生きるんやろうじゃなくて、少しでも長く生きてやるってことといつ死んでも良いように今を楽しんで全うしてやろうとしか考えなくなりました。

この二つは相反するものみたいですが、私にはそれが同時にあります。



同じ病気の方々にも、楽しみましょう!頑張りましょう!って言いたいのですが、手術をして痛みを堪えている人、抗ガン剤の副作用でツラい思いをしている人、迫り来る死期への恐怖に苦しんでいる人に楽しみましょう!とは言えません。

だから、頑張りましょう!としか言えないんです。

病気を治してくれる新しい薬が目の前に現れるまで頑張りましょう!なんです。



ある女性のブログを読んで、何をどう声を掛けてあげれば良いのか分からず綴りました。

意味不明になったかも知れませんがお許し下さい。