診療所のリハビリはほとんど患者が来なくなってきていて、ろくな事を考えなくなって来てこれは良くないと思ってました。
それと同時にこの診療所にはもう患者は来ることは無いと判断したためです。
3年目の時は僕は重介護が必要な介護室の専門担当になり、介護士になってやっと介護士らしい仕事につきました。
その時は気持ちも充実し非常に楽しみながら仕事をさせてもらってました。
主な仕事は、バイタルチェック、投薬補助、送迎
食事介助、排泄介助、などや。通院入居者の送迎、急患入居者の病院への送迎。などでした。
仕事そのものは楽しかったのですが、前に述べた不祥事によって入居希望者の数が少なってきているのに亡くなられる入居者が増えてきます。
全入居者50人に対して当時は30人辺り、どんどん会社の経営は行き詰まって行きます。
とある日、父にその現状を伝えると、お前は介護士を辞めて家業を継げと言われました。
将来について悩んでいた時期でもありました。ただ最後の1年に介護士らしい仕事をして、この仕事の良さを再確認出来る事も出来ました。
待遇の事、この会社の未来、当時お付き合いしていた子と事、介護士を辞めたら彼女とは別れなきゃならない事。
色々悩みました。今思えば介護士としてやっていても大丈夫なのでは?と思いましたが、
現場の介護の仲間には大反対されてかなり怒られましたが、家業を継ぐ事を決意し介護士を辞めました。
第二の人生。うどん屋の経営者になる為に父方の兄が経営するうどん屋に修行に行くことになります。