高速道路を走ってた。
もう夜明けだ。
トラックばかりがおれを取り囲む。
おれの目に血液が集まってきた。
アクセルは踏みっぱなし。
タイヤが道路を刻む音はまるで気が触れた人たちのつぶやく声に囲まれているようだ。
紺色の空。立ち並ぶオレンジ色の街灯。
光が次々と後ろへ飛んでいく。
音楽がないことに気づいたのは走り出してから一時間以上たってからだった。
気がついても音楽をつけようとは思わなかった。
深夜に彼女と別れた。
家の前まで送って、頬に唇をつけるとおまえはうつむいて今日はありがとうと言った。
じゃあなとおれは言った。
またなと言い直そうとしてやめた。
おれは今、高速道路を走っているのが現実なのかどうかわからなくなっている。
どうしてこんなところにいるんだろう。
地面をこするタイヤがしつこく話しかけてくれる。
わざと聞かせるかのように同じことを何度もつぶやき続ける。
精霊がおれの進む道を教えているかのような高い周波数の音だった。
虫の羽音のような細かくて規則正しい音だった。
その音はまぶたに血を集めてしまう性質を持っている。
おまえの頬のやわらかさは思い出せる。
地球に生まれたことの喜びがかたちになった。
夢でも現実でもどっちでもいい。
導かれるようにハンドルを動かせば目の前に中央分離帯が立ちはだかり、おれは慌ててブレーキを踏んだ。
車は真横に滑り、数秒感おれは目を見開いたままだった。
空中を飛ぶような感覚だった。
かなり後ろのほうから太いクラクションの音が聞こえた。
おれは震えていた。
一番近いサービスエリアに車を入れて命がまだあることに感謝した。
昨日、ぼくが野原で草花に囲まれていたときに思い出したのはあの風景だった。
おれはハンドルを抱いて震えていた。
コンクリートに線が引いてある駐車場で自分が死んでいないことを確認していた。
ぼくは大好きな女の子の頬に唇をつけることを許された男の子だった。
ぼくはたぶん、あのときに命を失っていたらその瞬間が人生でもっとも美しい思い出になったかもしれないと思った。
彼女はあれから朝まで、きっとぼくだけのことしか思っていなかったはずだから。
ぼくは目を閉じてる。
草花のにおいがいつでも素敵だなんて言えない。
温度や湿度によっては気分が悪くなるときもある。
花が光っていたり、小さい昆虫が群れていたり、風が外来生物の種を運んできたりする。
たくさんのことを理解しようなんてとても思わない。
でも誰かが誰かを思う気持ちというのは謎だ。
ぼくは目を閉じてる。
もうちがう星にいるみたい。
君はとっくにいない。
ぼくはここにいる。
いったいどこにいるんだろう。
