おれは彼女の声を聞きたいと思っていた。
しかし、君はぼくに何か話してほしいと言った。
どんな話でもいいから。
一緒にいてと言った。
でも、おれの頭の中では彼女の壊れそうな声が鳴っていた。
君は暗闇の中で目を閉じておれの作った話を聞くのが好きだった。
うそのお話でもかまわないから聞かせて。
私が眠くなるまで一緒にいてと言った。
ちょっと前にもこんなことがあった。
思いつきで話した話を聞いたおまえは泣いてしまった。
馬の話だったらしい。
すごくさびしくなってしまったし感動したと言った。
しゃべった方はよく覚えていない。
今日は何から始めようか。
今夜は特に寒いから布団を頭までかけて目に見えるのは真っ暗。
ぼくのそばに一枚の羽が落ちてきた。ふわふわと。
そういう感じがした。
だちょうの一生、という話だった。
たいした話じゃない。
おれのお母さんがどこからかだちょうの卵をもらってきて、それを目玉焼きにしようと苦労して分厚い殻を割った瞬間に生まれただちょうと、彼が赤ちゃんから成長するあいだにおれと友情を育み、一緒に中学校に通うという話だ。中学時代、だちょうは足が速くて背が高いので女子にもてるんだけど、だちょうなのでばかなので女心より食料をいかにたくさん食べるかということを優先にして過ごしてきたがついに卒業の時がやってきた。卒業後、だちょうは牧場に飼育されて来園者を楽しませる仕事に就いたが、遊びにきた中学時代の同級生の自由な高校生活を見て自分も将来を自分で決めるという自由が欲しくる。でも自由っていったいどういう意味なんだろう。彼は牧場を脱走して、孤独に逃げ続ける。牧場主や警察官や懸賞金稼ぎたちの手をすり抜け、彼が辿り着いたのは一直線に続く砂浜が続く海岸だった。そこにはかつて動物園からレストランに売られそうになって命からがら逃げ出してきたメスだちょうがいた。彼女の名前はクリスティーナと言った。クリスと呼んでと彼女は言った。クリスと恋に落ちるだちょうは自分に名前がないことに気づいた。自分は名前もなく、生まれた理由も知らず、孤独に生きてきたことを思い知った。だちょうはばかなのでそのときそのときをただ必死に生きてきたのだ。だちょうは自分の無知を呪った。たくさんのことをしてきたけどそれらのことはその場しのぎの繰り返しに過ぎなかったことを。生まれてからこれまで無駄な時間を過ごしてきたのかなあと自信を失った彼にクリスが私たちの子どもが生まれそうよと言った。それで新しい卵が孵化した。赤ちゃんのお世話をした。赤ちゃんは大きくなっていって彼は毎日お話をした。いい話とか悪い話とかは関係なく、彼は子どもたちに自分がしてきたことを語り続けた。彼はクリスとともに子どもたちに自分がしてきたことを語り続けた。それはすごく楽しいことだった。だって話したいことはいつまでもなくならなかった。それはすごく幸せなことだった。
ふと寝息を聞いてみた。
寝息はなかった。
もう寝てるかと思ったけど暗闇の中で黒い玉が動くのを感じた。
それから声が聞こえた。
もう行っていいよ。
もう大丈夫。
よかった。
それを聞いておれも安心した。
寝室を出た。電球のある暮らしに戻ってまぶしかった。
自分の部屋に戻った。
もう一度、彼女の壊れそうな声を聞くために。