ジーンズのポケットに手を入れていた。
赤いタイルの階段は煉瓦みたいに見える。
そこを駆け上がった。
軽やかな足を作った。
だって君に会えるんだもの。
笑顔になりそうな気持ちを隠しているんだ。
ぼくは想像してみる。
地下道の階段を上ったところに君がいて、薄い日射しの中でちょっと首をかしげるみたいにして立ってる。
いつものように口の端がすこし上に上がってるし、笑顔になりそうな気持ちを隠してる表情を見せる。
ぼくは向かい合わせになるように立って、君の前髪くらいのところを見る。
なんだか奇妙な鏡を見てるみたいに感じるけどそれはいいことだよね。
先に笑うのはいつだって君さ。
おれは言う。
また勝った。
おまえは、ばかと言って歩き出す。
おれは軽やかにちょっと後ろを歩く。
おまえのにおいが少しした。
これは母親のにおいかもしれない。
そのことは黙っていた。
だってぼくは別れたくない。
まだ君と一緒にいたい。
おれたちはどこまでも歩いた。
あてもなく。
ときどき手が触れてどきどきした。
それが今日の一番の思い出になるんだろうな。
そんなことを考えながらたくさんの思い出ばなしをするんだ。
ぼくらはきっと別々のものを見てる。
商店街の色に古い光が滲んできたらもう夕方だね。
さまざまな果物の色や遠い昔から聞こえてくるような総菜屋の婦人たちの声がぼくらをあの頃へ引き戻す。
おいしそうな煙を感じればうれしい気持ちになるんだ。
失った時間が戻ってくるんじゃないかと勘違いしてしまう。
もう帰らなくちゃ、とやっぱり君が先に言う。
おれは今日はじめての作り笑いをした。
顔の細かい筋肉がすごくかたい動きをしてそれがいやだった。
知ってるよ。おまえはおれと同じことを考えてる。
嘘つき。
ぼくはきっと君を抱きしめただろう。
帰るなよ。そんなふうなことを言って。
あの頃だったら。
きっと。
そんなことを想像しておれはおまえに会いにいくよ。
笑えよ。おまえが先に。
タイルが赤くて本当によかった。
ばかばかしいぜ。
こんなにうれしいなんて。
