「そうめん、食べる?」
締め切り明けで夕方ごろにようやく居間に下りて来た俺に台所から大きい器を持って出てきた彼女が言った。
「俺が降りてこなかったら、それ全部食べる気でいたの」
俺の言葉に彼女は首を傾けて考え込むふりをしながらそうめんの入った器を机に置いて、「だってどうせ食べると思ったから」と言って笑った。
「裕也好きじゃん、そうめん」
椅子に腰を下ろした俺の前に麺つゆの注がれた小皿を置いて、彼女は俺の目の前の席に腰を下ろす。伏せた睫毛が上がって、目線に俺を捕らえると、また小さく唇に笑みを浮かべる。
「好きなのはお前の方だろ」
そういって呆れたように笑った。去年の夏もその前の夏もずっと昼も夜もそうめんばっかり出してくるから、いい加減飽きを通り越して好きになっただけ。最初に好きだったのは彼女の方だ。
「夏場になるとよく弁当にまでそうめん入れてきてたのを俺は覚えてる」
「懐かしいね、高校時代だっけ」
「大学時代でも学食はいつもそうめんだっただろ」
「確かに、そうだったかも」
そういってくしゃっと笑った彼女の視線は急に舞い込んで来た風とその風が揺らした風鈴によって奪われた。多分俺は分かっていたんだと思う。
「あのね」
ゆっくりと視線を戻した彼女とそうめんを食べる夏はこれで最後なんじゃないかって。
「私、結婚するの」
彼女の言葉を聞きながら、俺は夕方になって少し涼しくなった風に揺らされる風鈴の、泣くような声を聞いていた。
『裕也には私がいなきゃダメでしょ』
そう言って共働きの俺の家に上がりこんで、そうめんを茹でた彼女。
大学に入って一人暮らしの俺のうちにスーパーの袋を持ってやってきた。
両親が死んで、実家に暮らしながら小説家なんて目指し始めた馬鹿な俺の傍で暮らし始めた。
「今まで、ありがとう」
幸せになって、その一言が出てこなくて、言葉を飲み込んだ。
「私、裕也のこと好きだった」
顔を上げて、彼女の顔を見つめる。目にいっぱいの涙を溜めて笑ったりするから、その溜め込んだ涙はいとも簡単に零れ落ちた。
静かになった風が小さく風鈴を揺らして、彼女の長くなった髪を揺らす。
最後の最後まで、俺は君に好きとは言えず、この永遠に感じた暑い夏の終わりに胸を馳せるのだ。
Fin.
お久しぶりです。
皆様お元気ですか。
私は最近おそ松沼にはまり、息も絶え絶え生きております。
近況はまた次回のブログでいろいろと書かせていただきたいと思うのですが。
とりあえず、またブログ初めの記念に夏に書いたショートショートを置かせていただきます。
それでは。
紅都 蓮