弘樹に対して愛がなくなったわけでも、弘樹より今目の前にいるこの男が好きだと思ったわけでもなかった。

ただ、一瞬自分の中のなにかが、ざわっと嫌なことを言った。

それは、絶対に許されないことだと、私も、その私の中のなにかも分かっていた。


「…ダメだよ」

一瞬脳裏を過ったその言葉を私はすぐに打ち消して、目の前の男にそう言った。

「彼氏がいるから?」

彼の言葉に私は頷く。


「もう少し、はやく言ってくれればよかったのに」

悪い。
この言葉は正しくない。

私は彼にこの言葉を言うべきじゃなかった。

この言葉は、彼を期待させる。
でも、私は弘樹を裏切ったことにはならない。

ずるい。
悪い。
私は悪い。


「もう少し早くいえば、俺を好きになった?」

また彼の手が私の人差し指に触れる。
彼はもうずっと、私の手を取りたがっていた。
それから私はずっとさりげなく逃れ続けている。

「もう少し待てば、俺を選んでくれる?」

悪い。
彼は悪い。
でも、私は悪い。

選ばない、とそうはっきり言うべきだった。

「待てないよ、あなたは、私のことなんて待ってられないよ」

決めつけの台詞。
でも、待たないでとは言わない私。
悪い悪い私。


「待てるよ」

私は彼がその一言を言うだろうことを、分かっていた。

「ずっと、待ってた」

だって私は知っていた。


「だから、ずっと待てるよ」

彼がずっと私を好きだったこと。

「ダメだよ」

最後の足掻きだった。
彼と、それから自分への。

「彼氏を好きだから?」

私は静かにもう一度頷く。
弘樹に対して愛がなくなったわけでも、弘樹よりも彼が好きなわけでもなくて。

ただ、どうしても抗えない何かが私の中で彼を手放すことを拒む。




「2番目でもいいよ」

悪い。
彼は悪い。

私も悪い。

そんなのはよくないと言えばよかった。
君は1番にはなれないと、言えばよかった。

「2番目でもいいから、俺を好きになって」

彼の手が私の手を掴む。
私はもう、その手からさりげなく逃れる努力をしない。

だってもう、その手は

掴まれてしまったから。





fin.




私は浮気はしません。
ただ、そういう悪い悪い私もいるよねって、そういう話です。
紅都 蓮