6月のことだが、岡山駅の地下街を歩いていると、岡山大空襲の写真展を行っていたので立ち寄り。
岡山大空襲について
1945年6月29日に岡山市内を中心とし、大空襲にあいました。
陸軍や岡山駅が物流拠点となっていたため、空襲のターゲットとなったようです。
1945年6月以降は、空襲の頻度が多くなり、ほぼ毎日のように日本全土が被害にあいました。
ちなみに広島市や小倉、長崎市、京都は後の原爆投下の候補のため、意図的にターゲットにされていなかったようです。
焼夷弾について
焼夷弾のレプリカが展示されていました。持ち上げると結構重い。
これが沢山、頭上から落ちてくるのはかなり怖い。
焼夷弾は投下時は束になっており、空中で分離する仕掛け。
説明によると、焼夷弾の中身はゼリー状のガソリンと、
猛毒の黄リンが詰められていたそうです。
この「黄リン」は、地面に落ちると、中身が飛び出し、あちこちにくっついて、激しく燃えたそうで、
皮膚に付くと化学火傷をおこし、水では消せなかったとのこと。
「火垂るの墓」の焼夷弾が降ってくるシーンが発火に至る過程が分かります。
また、「黄リン」は、空気に触れると自然発火する性質があり、
「五酸化二りん」という皮膚や呼吸器官にダメージを与える猛毒を排出するそうです。
空襲時の被害は想像を絶しますね。











































































































