福岡県古賀市の菜の花まつりが3月15日に開催されますが、
すでにもう十分に見ごたえがある状態にまで咲いています。
観光客もぼちぼち増えています。
そばを通ると、菜の花の香りが良いです。
菜の花の香りには、ストレス軽減やリラクゼーション効果があるそうですよ。
福岡県古賀市の菜の花まつりが3月15日に開催されますが、
すでにもう十分に見ごたえがある状態にまで咲いています。
観光客もぼちぼち増えています。
そばを通ると、菜の花の香りが良いです。
菜の花の香りには、ストレス軽減やリラクゼーション効果があるそうですよ。
奈良に住む従妹に会うために奈良県へ向かいました。
新幹線はよく利用していますが、偶には違うルートで行こうと思いたち、
名門大洋フェリーで門司港→大阪南港の便を利用しました。
フェリー宿泊は中学生の修学旅行以来。40年ぶりです。
中学生当時の修学旅行ではザコ寝エリアで寝ましたが、
いい大人だし、私のいびきが周囲の迷惑になってはいけないので、
ファーストSという個室を予約しました。
船内の設備はどこも綺麗で十分です。
40年も経つと、だいぶ進化していますね。
部屋に入ると携帯電話は圏外になりました(キャリアは楽天)。
WiFiは使えるけど回数制限があるので、オフラインは覚悟しましょう。
乗船前にアマプラ映画をダウンロードしていたので、暇はつぶれました。
ここは門司港からの出港直後。
夜中の4時に目が覚めて甲板にでてみました。
北方面は岡山あたりと思われますが真っ暗です。
冬の波風の音に包まれて夜中の海はさみしさを感じます。
朝8時30分に大阪南港に到着。
大阪湾は船の往来が多く、流通業界の活気を感じました。
以前から、仁徳天皇陵古墳にはいきたいと思っていたので、今回はチャンス。
大阪南港からニュートラムに搭乗して、堺市まで向かう。
そもそも「ニュートラム」は福岡近郊の住人にはなじみがなく、何のことかわかりませんでした。
「モノレールみたいなもの」ですね。構造は決まった道を走るバスみたいなもの。
仁徳天皇陵の大きさを実感したくて、三国ヶ丘駅でおり、拝所まで歩きました。
実際に歩くと確かに長い!一人のお墓がこんなに大きいなんて!
古代の建築機材でここまで作るのは如何ほど大変だったことか。
道中は、ランニングする人が多くいて、ランニングコースには良い感じです。
まずは、拝所近くのビジターセンターで勉強しました。
施設内には壁一面に大画面で堺市の紹介がありました。大きいので迫力があります。
堺市が古墳を大切に守り、また鉄砲や刀など鍛冶が盛んだったことを学びました。
仁徳天皇といえば、「民のかまど」ですね。
「天皇は自分のことより、ただ民の幸せを祈念している」
(私は自民党の青山繁晴議員(今は代議士)から教わりました。)
この精神は今上天皇にも引き継がれ、多くの日本人の良心の根っこに宿っている
精神だと思います。これが日本人の民度の良さの基本となっていると思います。
その仁徳天皇の像。
鹿の耳から百舌鳥がでてきたところでしょうか。
拝所に到着。おーよく写真で見る場所だ。感激です。
ボランティアのガイドさんに丁寧に説明頂きました。感謝。
私の小学生時代(1980年代)は仁徳天皇陵として教えてもらったけど、本当に仁徳天皇が葬られているかは定かではない。
そのような話もあり、複数の呼び方があるそうですね。
天皇陵ということもあり、宮内庁が管理しているそうで、発掘調査自体が不敬にあたるので実質できないそうです。
他にも色々、勉強させてもらいました。
この後は、奈良県に向かいます。
つづく。
久々の長崎市出張でした。約10年ぶりです。
新幹線も開通し、長崎駅はかなり変わりましたね。![]()
これは途中の武雄温泉駅。
武雄温泉駅~長崎駅まで新幹線に乗り換えます。(いつ博多まで開通するのやら)
これは長崎駅。JR九州はマリオのキャンペーン中です。
これは、2016年2月に長崎駅前で撮った写真ですが、、
着いてびっくり。
2026年1月の長崎駅はこれ。大きすぎて全体像が撮れません。
駅前の敷地の広さは博多駅以上ではないか?
近年は九州各県の主要駅はリニューアルなど広く綺麗になっています。(大分、佐賀、熊本、鹿児島)
宮崎は行ったことないので良く知りません。![]()
近くの工事中の囲いパネルに駅の全体像と歴史が描かれていました。
平和祈念像の周りには、鳩が羽ばたいており、晴天も相まって絵になります。
40年前に修学旅行で来た時、地面は砂利だったと思います。
公園の周囲には、原爆により被害にあった方々に纏わるモニュメントなど平和を祈念するものが多くあります。
奥に見えるのは原爆落下中心の碑です。
「なぜ原爆は長崎に投下されたのか?」について今更ながら勉強しました。
内部は撮影禁止でしたので、写真なしです。
・当初、原爆はドイツが開発中との情報もあり、アメリカが急遽着手し開発成功。
・アメリカは日本の軍事施設破壊を狙い、最終的に広島、小倉、長崎をターゲットにした。
広島は西日本の軍事司令部、長崎は海軍関連の軍需工場、小倉は陸軍関連の兵器工場が多くあった。
・長崎には造船所や兵器製造する三菱の工場が多く、アメリカはこれらを狙った。
・広島は8/6に目的達成。次は小倉の予定だったが、当日は雲に覆われ地上が見えず、長崎に計画変更。
・投下地点は本来より北西に3km程度ずれたが、三菱工場を破壊する目的は達成した。
・広島はウラン型だが、長崎はプルトニウム型。
広島原爆のリトルボーイに搭載されたウランは64kg程度の重さで1.6%(1kg分)の核分裂反応。
長崎原爆のファットマンに搭載されたのプルトニウムは6kg程度の重さで16%の核分裂反応。
少し気になったことが一つ
館内で戦争に至ったビデオが視聴できるのですが、日本を被疑する内容でした。
ビデオ製作のクレジット見ると朝日新聞、毎日放送とのこと。なるほどなるほど。![]()
核物質は相当に小さなものであることを知りました。
しかも広島に投下されたリトルボーイの核分裂の割合の少なさは失敗といわれています。この威力で失敗とは。。![]()
このような多大な犠牲を払う物質は危険と感じます。![]()
ちなみに、原子力発電所のウランは濃縮されていないので、同列に扱うには無理があります。![]()
現在は福岡県が九州の最大都市ですが、明治維新後までは長崎が人口最大の都市だったとのこと。これは知らなかった。
江戸時代は長崎には唯一の貿易港があり、外交や貿易など文化の拠点。
坂本竜馬の亀山社中(のちの海援隊)による長州藩に武器調達で明治維新に繋がったり、明治維新後はグラバー商会と三菱により産業発展した地域でもある。
昭和初期からは、北九州に八幡製鉄所など重工業が発展したことで、やがて福岡県が最大都市となり、現在に至ります。![]()
年末に 午前十時の映画祭 の企画で「ニューシネマパラダイス」を観ました。
「ニュー・シネマ・パラダイス」上映作品詳細 - 午前十時の映画祭15 デジタルで甦る永遠の名作
思い起こせば、35年程前に友人に誘われて地元のミニシアターで観ました。
当時はメジャーな映画館では上映されていなかった。と思います。
観終わったあと、
近くの席に座っていた怖そうな黒人男性がボロボロ泣いていたことが、今でも印象に残っている。![]()
当時20歳の僕は「良くできた映画」だと感心はしたものの、泣くほどでもなかったという冷酷さ。。
若さゆえの感受性の無さ。でした。![]()
歴史を勉強したり、子育てももうすぐ終わる程度の経験を積み、苦労もそれなりに経た状態。
映画館で見ると、当時は気づかなかった演出がわかるわかる。![]()
![]()
・戦後の敗戦国イタリアは貧困状態。シチリアは尚更。![]()
・夫(戦死)なき母親。貧困と子育てに対する不安とイライラ。![]()
・サルヴァトーレは幼少時代は司教に仕える祭壇奉仕者。母子家庭&貧困層に社会的に庇護される立場。![]()
・映画館は村の唯一の娯楽。文字を読めない人たちが外国文化を知る情報源。
・イタリアはカトリック派が多数を占める。カトリック教会が道徳の規準のため、キスシーン等はご法度。
・映写技師はブルーカラー階級。
・サルヴァトーレに「村には絶対に帰ってくるな」と進言したアルフレードの心情と、それを頑なに守ったサルヴァトーレ。
完全版ではアルフレードがエレナを断絶させた動きも描かれているらしいですね。ぜひ観たい。
当時、文化の中心は北部ローマにあり、アルフレードにとってのシチリアは「未来を求める者は去らねばならなかった土地」だった。
・本気で好きになったエレナ以上の人はおらず、女性と長続きしない。(恐らく)
幼少の頃の行動パターンや、青年期の失恋などの苦い経験は、私自身の経験とも重なり、今も切ない思い出。
最終シーンで、ベテランとなったサルヴァトーレが自身の試写室でアルフレードが残したフィルムを視聴するシーンと、同じ座り方で疑似体験。最高の音楽も相まって自己投影し、自然に涙が流れました。![]()
映画って本当に良いですね~。![]()
岡山県岡山市にある「犬養木堂記念館」に行きました。
5・15事件で海軍将校に暗殺された「犬養毅」総理大臣。
「話せばわかる」で有名ですね。
犬養毅は、なぜ暗殺される至ったのか?
私は理由は漠然として知りませんでした。
もともとの犬養毅の印象は、
「何か悪いことして暗殺されたのだろう。殺される前に「話せばわかる」と助けを懇願した人」でした。
結果、その認識は違うということを認識するに至ります。
<記念館の駐車場>
「話せばわかる」が結構目立つ看板です。
<生家まえ>
大きな木は犬養が総理大臣になった記念に植えた楠の木。
樹齢約100年近くですね。
<生家>
綺麗で広い間取りでした。しかし昔の家は鴨居が低いですね。
<記念館>
生家の隣にある記念館
家系図。女優の安藤和津さんは、犬養毅のお孫さんです。![]()
犬養家は、近くの吉備津神社の柱「吉備津彦命(キビツヒコノミコト)」の家臣「犬養健命(イヌカイタケルノミコタ)」の子孫にあたり、家屋も立派です。出自が良いですね。
・「吉備津彦命」は桃太郎のモデルとされており、その家臣「犬」は「犬養」の文字から動物に擬人化されたもの。
・きび団子は「吉備団子」です。
犬養毅は岡山県岡山市出身。号(別名みたいなもの)は犬養木堂。
幼少のころ勉学に励み、漢字の読み書きが得意となり、若くして新聞記者となりました。
西南戦争の従軍記者として書いた記事も人気を博し、35歳で政治家となりました。
明治維新後にできた、伊藤博文内閣の体制としては、「軍」は天皇直属の組織。
内閣からの軍への影響力としては「予算編成」程度。
明治維新前の時代は、ペリー来航による日米不可侵条約締結など、
民衆から信頼を失った徳川幕府には、もはや国体を統治する力がなく、
危機感を感じた薩長土肥らの藩が、倒幕を実現。
ガタガタな日本を統治するためには天皇に権力を預けることしか選択肢はなかった。
伊藤博文は軍を天皇直属の組織とした。
懸念がなかった訳ではないが、天皇の存在が軍暴走の抑止力として働くと考えた。
実際は、天皇は象徴にすぎず、直接政治に進言することもない。
軍は逆にそれを利用し、天皇の名を元に軍拡を進めた。
それに乗じて三井、三菱などの財閥は戦争による軍事産業の特需に沸く。(地方の景気は悪い)、軍への賄賂なども常態化したが、大した刑罰もない。![]()
組織的にも内閣も軍を抑制できない。軍拡は進み続けることになる。![]()
そこに犬養毅は異を唱え続けていた。![]()
やがて犬養毅内閣が発足し、政府は肥大化した軍予算を削減しようとすると、「犬養毅は売国奴である」という認識が海軍、陸軍に蔓延し、(軍関係者やその家族らは生活が脅かされるので致し方ないが。。)
海軍将校から暗殺されたという構図。
誤解を解こうと、自分自身を狙撃し退散した将校を呼び戻そうとした犬養。![]()
総理大臣になった犬養自身は命を狙われる存在であることは理解と覚悟の上だったと感じる。![]()
総理大臣はそのような覚悟でないと務まらないものと信じています。![]()
犬養毅が不在となり、益々軍拡が進む。
なおかつ、日本は負け知らずだったことから、マスコミや世論も戦争を賛美する空気。
やがて実質、軍が日本政治のトップに君臨。![]()
その後、二・二六事件にも繋がり、
もう誰も太平洋戦争への道を止めることができない組織体制。![]()
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これを止めることができるのは「日本が敗戦し痛い目にあうしかない」歴史的事実。![]()
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やがて太平洋戦争となり、日本は敗戦。
GHQからは、米国に歯向かわれないよう、戦争を起こしにくい組織に変更される。
・財閥解体。(軍拡を防ぐ目的)
→しかし民生需要のために企業グループとして存在する。![]()
・軍隊の廃止。
→やがて自衛隊が発足する。![]()
・陸海空の自衛隊は内閣府で一元管理。![]()
人間は歴史に学びつつ、戦争に至らない意識と行動をとる必要がありますね。![]()
今更だが、西和彦氏の「反省記」を読んだ。
西和彦氏の名前は70、80年代を生きたコンピューター少年なら誰もが知る超有名な人物。
2020年の著書とのことで、図書館で偶然見つけノスタルジックな気持ちになり、手に取った。
でもなぜか、近代史コーナーに陳列されていた![]()
しかーし![]()
西氏のコンピューターへの功績は歴史に名を残すには十分過ぎる。
なので近代史コーナーに陳列しても違和感はない。💪
西和彦氏は凄いです。👍
国宝の原作を読みました。
上下巻あり、トータル700ページ程度のボリュームがあり、読み応えがあります。
とはいえ、読みやすいのでスラスラ楽しく読み終えました。
映画国宝の主題歌を永久リピートしつつ聴きながら読みました。集中できるし、ムードも出ます。![]()
私は映画を先に観ており、印象も強烈だったこともあり、配役が頭に媚びりついていました。
ともに話しの内容に違いかあります。
原作では……
・各所に冗談も交えており、全体的にコメディータッチ(に感じた)。
・喜久雄の幼馴染の徳次は最後まで活躍する。
・喜久雄と市駒の娘である綾乃は喜久雄と常に連絡を取る仲
・弁天など登場人物も多め。出来事が淡々と進む感じ。
映画では……
・全体的にシリアス。
・喜久雄と俊介の関係にフォーカスが絞られており、主張が分かりやすい
・綾乃が最後に登場。ここに喜久雄の人間国宝に至るまでの生き様が象徴されている。![]()
・主題歌も世界観を作ることに一役買っている。
原作も映画も見たあとの感想は
「淡々と冗談まじえながら話が進む原作から、よくこんな独特な世界観の映画ができたな~」![]()
結論
映画の方が良いと思います。![]()
広島市内への出張の翌日が休日だったので福山市へ向かい福山城を訪れました。
広島バスセンターから広島ICへ向かう途中の風景。
高速バスは以前も利用しましたが、広い太田川の向こうに住宅が広がる風景が個人的には好きな景色です。
近くに比治山大学もあり、4月初旬に通った際には、一人暮らしを始める女子学生に付き添いできていた母親が応援の言葉をかけつつ別れを告げ、帰りのバスに乗車してきた場面を見ました。ほほえましい光景でした。
皆、各々の土地で懸命に様々な思いで生活をしているのだなと思うと愛おしく思えてきます。![]()
福山駅に到着しました。
トレイ皿で有名なエフピコって福山なんですね。初めて知りました。
自民党の小林史明代議士のポスターが各所で見受けられました。広島6区が選挙区なんですね。
駅近くの「尾道ラーメン一丁」というラーメン屋に寄りました。
有名店のようで10名ほど並んでいましたが、10分程度で店内に入れました。
チェーシュー麺を美味しく頂きました。
まずは「広島県立歴史博物館」に入場しました。
展示物は撮影禁止でしたが、古代からの歴史文化の品々や説明があり、見ごたえがありました。
福山城内も展示物は撮影禁止とのこと。
新幹線で福山駅を通るときはいつも夜なのですが、駅からみるライトアップされた天守閣は綺麗です。
天守閣内部は、入口に大画面で春風亭昇太さんの案内映像ほか、展示物もおおく、簡易的な乗馬アトラクションなどもあり、楽しめるお城でした。
福山城の成り立ちとしては、
・城主は水野勝成。三河の生まれ。
・徳川家康の従妹にあたる。
・豊臣秀吉の家臣になるも、家康に仕え関ケ原の戦いで抑え役ながらも活躍。
・大阪の陣でも活躍。
・中国地方には毛利など外様大名しかおらず、幕府の意向で譜代大名として福山城を築城した。
という経緯。
水野勝成自身は、かなりの暴れん坊だったようで、それに纏わるさまざまな壮絶な話もあり、大河ドラマになってもおかしくない題材だと思います。
3月に岡山市南区の児島で山火事がありました。
当時は懸命な消化活動にも限界がありましたが、恵みの雨で鎮火し、安堵したことを覚えています。
先日、岡山市の金甲山の展望台に遊びにいったので、帰りに現在の様子を見てきました。
まずは、金甲山の展望台に向かいました。そこからの眺めです。
展望台近くにはKSB、RSKなど放送局の電波塔がそびえたち、朽ちたレストハウスがあります。
展望台からの眺めは素晴らしいものでした。![]()
![]()
南側をみると、瀬戸内海の先には高松市が見えます。
西側には児島湖がみえます。
へたくそなワイド写真を撮ったものの、やはり写真では限界がありますね。
実物の壮大さと違いすぎます。
展望台を後にして、
3月に発生した山火事ちかくの道路を通りました。
比較用として、まずgoogleのストリートビューの山火事まえの状態です。

そして、山火事後(2025年10月現在)の様子です。
岩肌が見えており、若干緑が見えるものの、植物類は十分に生えていないようです。
少し道を下った場所には、山火事現場そばに民家もあり、さぞ怖かっただろうと思います。![]()
岡山県は国から20億円の災害補助を受け、2025年度中に植林やヘリコプターによる種まきなど復旧計画を策定するそうです。![]()