3586. 3割引きの恋は、アールグレイの香りの中に・・・(33)

 

 

15分前

最終回の裏

いよいよ、山場を迎えた

ここで一発が出れば

サヨナラ勝ち

 

最終回最初のバッターは

セカンドの生田

前打席では、ファースト強襲のヒットで出塁し

更に盗塁で、続く8番ライト坂本のヒットでホームベースを踏んだ

 

生田はここで、打たなければと気負ってしまいセンターフライに打ち取られてしまった

悔しがる生田は

3年坂本に肩を「ポン」と叩かれ

「先輩、お願いします」とエールを送った

しかし、坂本も自分の得意を投げられバットを振ったが

ツーストライクワンボールと追い込まれてしまった

ベンチでは、延長戦ムードが漂っていた

「カッキーン!」

「おー!」

坂本の打った球はセカンドの頭を飛び越え左気味に守っていた早稲高の裏をかき

センターとライトの間をうまく打ち返したが

欲をかいた坂本はセカンドでタッチアウトとなってしまった

「あ~」

落胆のため息が一塁側スタンドを覆った

 

「ウッシャー!」誰もが思った

「コイツしかいない」と

キャプテン工藤は、「9番中岡に換えて石橋洋平」と代打石橋を指名した

いよいよだ

ベンチは、洋平に賭けた

「頼むぞ洋平‼」

応援席では

洋平コールが起こった

「かっ飛ばせー、かっ飛ばせー洋平いー」

「カッセーカッセー洋平」

「カッセーカッセー洋平」

 

洋平は、周りの興奮をよそに

緊張もせず冷静だった

とにかく、何かすごい状況の上に立っているんだなという

周りの緊張感を楽しんでいた

試合が始まってからずっとピッチャーの投げるフォームに合わせて素振りを繰り返してきた

後は、ボールを叩きつけるだけだ

 

応援席は満杯で前の席を陣取っている

柳原、工藤久美子ことケケ

そして大内早苗らは3人で手を握りあって

この大舞台に打席に立っている洋平に視線を

いや応援を送っていた

「お願い、洋平!打って!お願い」と柳原栄子は両手を合わせ

心の中で強く念じた「洋平!」

 

バッターボックスでは最後の打者になるのか

それとも延長戦に突入か

どっしり構えている石橋に対して

早稲高のピッチャー宮沢は

「おい、誰だコイツ。来た時からずっと素振りばかりしてたな」

宮沢はこの初めて見る石橋の落ち着いた雰囲気と威圧感に一瞬嫌な感覚を覚えた

それは、キャッチャーの住吉もまた同じだった

 

住吉は、主審に「すみませんタイムお願いします」

「ターイム」と同時に住吉はマウンドに駈け寄り宮沢に「大丈夫か?」と声掛けをしたあと

幼馴染で互いに隣同士で住んでいる慶陽高ベンチにいる野口の顔を見て

「なんだアイツは・・」という視線を送った

そして

目があった野口はニヤニヤと住吉を見ていた

「はい、大丈夫です。必ず打ち取ります」

「頼んだぞ」

戻ってきた住吉は主審に「ありがとうございます」といい

試合は再開された「プレイボール」

 

キャッチャー住吉は

この得体のしれないでかい奴がどういうバッティングをするのかわからない

1球目は様子を見るために、内角胸元ストライクギリギリにサインを送った

コントロールに自信のある宮沢は、サイン通りに投げ

下手をしたらデッドボールになるくらいのボールを投げたが

少し高めにはいり

「ボール」

宮沢も住吉も驚いてしまった

「おいおい、あそこに投げられたら通常はのけ反るぞ、それどころか微動だにしないなんて、何もんだよ」

 

洋平は、球の速さを推し量るためにボールに集中し

先日、中岡が投げたボールの速さ、児玉先輩が投げたボールのキレと比べていた

洋平は内心

「まあ、こんなもんか。速さは中岡が上だし、球のキレは児玉先輩の方が上か?」

なんてことを考えていた

洋平は、昨日も伯父さんに連絡をしてアドバイスをもらていた

結局、1時間も話をしていながら

「洋平、お前な1週間しか野球やってないんだから、あれこれ考えたってしょうがないだろ?思いっきり振っちゃえよ

誰も、文句は言わないよ。中途半端にやらないほうがいい。思いっきり振っちゃった方がお前らしいんじゃないのか?

空振り3振なら、それはそれでいいじゃん」

 

そりゃそうだ、伯父さんの言う通りだった

変に考えたところで中途半端になるだけで、スッキリしないしな

思いっきり振って3振なら納得も行くし

と、吹っ切れた洋平は

ピッチャー宮沢が投げる次のボールに集中した

洋平は、「次は振る」と決めた

住吉は、2球目はカウントを取りにいかないと追いつめられる可能性があるので

セオリー通り内角ギリギリに攻めた後は、外角低めと

宮沢にサインを送った

しかし、洋平は

そんなセオリーなんて知らない

「次が来たら思いっきり振るだけだ」と

宮沢の長身から投げてくるオーバースローの投球から投げられるボールは

その手から離れ、住吉のキャッチャーミットに吸い込まれる手前で跳ね返され

青く澄み切った大空に向かって高く上がっていった

洋平には、バットではじき返したボールが当たった感覚がなかった

音すら聞こえない

思いっきり振り切っただけ

歓声が上がった

洋平には

歓声が遠くから聞こえ、応援しているスタンドの観客の姿がまるでスローモーションでも見ているかのように

ゆっくりと動いてる

 

1塁ベースを蹴ったときにはじめて

すべてのことが現実に

そして、慶陽スタンドからの歓声が響いて聞こえてきた

柳原が、ケケが、早苗が泣いているのが見えた

それに気づいた洋平は

「おいおい何泣いてんだよ、大げさな練習試合だろ?」

淡々と三塁ベースを蹴ってホームに向かう頃には慶陽ナインが洋平を待っていた

 

その時、外野の脇の方から走ってきたのは洋平の姉優子だった

手荒い歓迎を受けていた洋平は、目の前に自分の姉がこっちに向かって走ってくるのが見えた時

自分の目を疑った・・・「え?優子姉ちゃん・・」

「洋平‼」

「優子姉ちゃん、どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、このボールが私たちの試合中に飛んできてうちの選手に当たったのよ」

「え~」と周囲の選手や観客席にいたみんなが驚いて

 

工藤修一郎が・・・優ちゃん、どうしてここに

優子が修一郎と一瞬目が合ったとき

心の中で「え?まさか修ちゃん!」

「とにかくそっちに行こう」

工藤キャプテンは「横川、みなみ、すまんあと頼む」と指示をだした

「はい!」

「はい!」

 

工藤らは、急いでラクロスのグランドへ向かった

早稲高キャプテン土屋も帯同した

 

ラクロスのグランドでは試合が中断され、ことの次第を小倉が顧問の小林に説明していた

そこに、野球部キャプテンの工藤が来て、状況を見ながら謝罪をした

この状況説明を受けていた顧問の小林は

「野球部のホームからこのグランドまでどれだけの距離があるんだ?いくらバットで打ったとしてもありえんだろ」

「いや、先生事実なんです。すみません」

脚にボールが当たった吉原沙織は

「大丈夫です、打撲程度なので、しばらく休めば治りますから」と意外と冷静だった

 

「優子姉ちゃん、ごめん」

「まあ、あんなところから、まさか自分の弟が打ったボールがここまで飛ぶとはね。何も言えね」

「沙織、ごめんね弟が打ったボールなの」

「え~あそこからぁ」

「そう」

「すご~い」

「いやいや、何も言えね」

洋平は、こんな状況の中

この子、どこかで会ったことあるような・・・

 

 

奥 華子 「ガーネット」

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