ここ最近、納豆菌に関連する論文を読んでいましたが、今回はそこから少し公衆衛生寄りに派生して、食中毒菌として知られるセレウス菌の勉強をしました。
「セレウス菌」と言った場合、通常はBacillus cereus を指すものと僕は認識していましたが、実際の文献や検査現場で使われる"B. cereus"には、少なくとも次のような意味が混在しているようです。
- 狭義の菌種である B. cereus sensu stricto(s.s.)
- その近縁菌群全体である B. cereus sensu lato(s.l.)、すなわち B. cereus group
- 培養性状や生化学的性状(食品衛生検査指針などの古典的教科書)から判定された「セレウス菌」
このうちB. cereus groupには、食中毒を起こす「セレウス菌」 だけでなく、炭疽菌として有名なB. anthracis、昆虫病原菌として生物農薬に利用されるB. thuringiensis(BT菌)など、複数の近縁種が含まれます。
ところが、
- これらはゲノム上きわめて近縁で、従来の菌種名とゲノム系統が一致しないものが多々あります。そのため
- ゲノムに準拠した分類体系や分類単位を提案する研究が複数あり、現在は異なる体系が併存しているように見受けられます(1,2,3)。さらに
- 従来の「炭疽菌」、「セレウス菌」、「BT菌」といった名称も、その利便性から多用されている状況です。一方で
- その病原性や用途を決める遺伝子の一部はプラスミドなどの可動性遺伝因子によって獲得・喪失されるため、菌の進化的な系統と病原性などの性質が必ずしも一対一に対応しないという問題も生じています。
以上のような現状から、B. cereus group は分類学的な整理が追いついておらず、混迷を極めているように見えます。
今回読んだ論文は、このB. cereus groupの分類体系を整理し、ゲノム系統と公衆衛生上重要な性質を両立させる命名法を検討した2021年の総説です。
Keeping up with the Bacillus cereus group: taxonomy through the genomics era and beyond.
Crit Rev Food Sci Nutr. 2022;62(28):7677-7702.
※本分類体系は、同グループの2020年報告で提案されたものです。
▼NGKG培地上の「セレウス菌」
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一言でまとめると:
- 菌の系統を表す"genomospecies"と、病原性や産業利用上の性質を表す"biovar"を分けて記載することで、ゲノム分類と従来の分かりやすい名称を両立できるのではないか(という提案)。
もう少し詳しく見ていくと:
1. WGS以前の分類
1998年以前、B. cereus groupには主に次の4種が含まれていた。
- B. anthracis
- B. cereus
- B. mycoides
- B. thuringiensis
これらは、現在のような全ゲノム比較ではなく、病原性や外観などの特徴によって分類されるものであった。
例えば、B. anthracis は炭疽の原因菌として、B. mycoides は根状(rhizoid)に広がる特徴的なコロニーを形成する菌として、B. thuringiensis は殺虫性結晶タンパク質を産生する菌として、区別されていた。
その後、DNA-DNAハイブリダイゼーション、脂肪酸組成、リボソームRNA遺伝子などの分子生物学的情報が利用されるようになり、1998年にはB. pseudomycoides とB. weihenstephanensis が追加されている。
従来法の利点は、以下のように、分類名と実用上の性質が直結していたことである。
- B. anthracis → 炭疽起因菌
- B. thuringiensis → 殺虫活性を有する菌
- B. cereus → 食中毒原因菌
しかし、これらの性質は必ずしも染色体全体の進化を反映していなかった。
特に炭疽毒素、セレウリド合成酵素、殺虫性毒素などは一般的にプラスミド上にコードされており、近縁種間での伝播や、同一種内での脱落が起こり得る。
したがって、表現型に基づく分類は実用的ではあるが、菌の系統分類としては不安定であった。
2. 現在の分類と問題点
WGSの普及により、菌株間のゲノム全体の類似度を数値化できるようになった。
その代表的な指標がaverage nucleotide identity(ANI)である。
一般的な細菌分類では、概ね95~96% ANIを共有する菌を同一の種(genomospecies)と見做す方法が広く使われている。
しかしB. cereus groupにこの基準を当てはめたところ、従来の菌種分類と矛盾する結果が現れた。
例えばB. cereus s.s.とB. thuringiensis のタイプ株は、95%を上回るANIを共有していた。
同様に、B. mycoides とB. weihenstephanensis も、通常なら同じgenomospeciesと判断される程度には近縁であった。
逆に従来"B. cereus"または"B. thuringiensis"と呼ばれてきた株は、全ゲノム系統樹上では複数の異なる系統群に分散していた。すなわち、これらの名称は単一のゲノム系統を表せていない。
さらに2017年には、96% ANIを基準として9つの新種が提案された。
- B. albus
- B. luti
- B. mobilis
- B. nitratireducens
- B. pacificus
- B. paramycoides
- B. paranthracis
- B. proteolyticus
- B. tropicus
これにより菌種の識別レベルは向上したが、研究によって95%、96%など異なるANI閾値が使われたため、一つの菌株が複数の菌種境界に入る(genomospeciesの重複)など、複数の問題点が生じた。
さらにもう一つの問題は、菌種名が病原性を正確に示していないことである。
例えば、全ゲノムベースの分類では、炭疽毒素遺伝子を持つ菌は古典的なB. anthracis 系統だけに限定されない。同様にセレウリド産生株も、ゲノム分類ではB. paranthracis に近い系統に位置するが、同じ系統にはセレウリドを作らない株も含まれていた。
つまり、ゲノム上の菌種名だけでは、その株が何を産生し、どのような疾病を起こし得るかは分からないという状況となっている。
3. 解決策の提案 - genomospecies/subspecies/biovar -
本論文では、B. cereus groupを次の3階層で表す分類体系を提案する。
I. Genomospecies
全ゲノムANIに基づく菌の基本的な進化系統分類。
一般的な95%ではなく、B. cereus group内のANI分布に見られる自然な切れ目である約92.5% ANIを採用する。
これにより、互いに重複しない以下の12のgenomospecies(8つの既報genomospeciesと、4つの既提案putative genomospeciesを含む12群)を設定できる。
- Bacillus pseudomycoides
- Bacillus paramycoides
- Bacillus mosaicus
- Bacillus cereus sensu stricto
- Bacillus toyonensis
- Bacillus mycoides
- Bacillus cytotoxicus
- Bacillus luti
- “Bacillus bingmayongensis”
- “Bacillus gaemokensis”
- “Bacillus manliponensis”
- “Bacillus clarus”
II. Subspecies
公衆衛生上特に重要で、よく確立された系統を亜種として明示する。
具体的には、古典的な非運動性・非溶血性の炭疽菌系統を表すsubsp. anthracis と、典型的にはces 遺伝子群保有の"B. cereus"系統を表すsubsp. cereus の2種類を提案する。
III. Biovar
ゲノム系統とは別に、病原性または産業利用上重要な性質をbiovarとして設定する。
提案する主なbiovarは次の3種類である。
- biovar Anthracis: 炭疽毒素関連形質を持つ株
- biovar Emeticus: セレウリドを産生する、またはその合成遺伝子群を持つ株
- biovar Thuringiensis: 殺虫性結晶タンパク質を産生する株
この特徴は、biovarが特定のgenomospeciesに限定されない、つまり実際の性質に基づき設定可能な分類とされている点である。genomospeciesが菌の系統を、biovarがその菌の持つ重要な性質を表す。
例えば、ゲノム系統としてはB. toyonensis に属する株であっても、殺虫性毒素遺伝子を持つならB. toyonensis biovar Thuringiensisと表記する。
4. 属の再編成に関する議論
"B. cereus groupは本当にBacillus 属なのか"という議論も存在している。
従来のBacillus 属は、系統的に非常に多様な菌を含む巨大な分類群であり、これが2020年前後のゲノム解析によってPeribacillus、Cytobacillus、Metabacillus、Priestia など多数の新属へ再分類された経緯がある。
そしてB. cereus groupについても、属のタイプ種であるB. subtilis と比較すると、ゲノム上は同属とするには離れすぎている、という報告もある。この基準に従えば、将来的にB. cereus groupが別属へ移される可能性も否定できない。
しかし、B. anthracis やB. cereus は公衆衛生、臨床、食品衛生の各分野で広く定着した名前であり、属名変更が炭疽菌や食中毒菌としての認識を失わせ、延いては誤同定やリスク伝達上の混乱を招くおそれがある。
属レベルの変更を行う場合には、この点に十分に留意する必要がある。
※2026年現在もLPSN上ではB. cereus、B. anthracis などはBacillus 属に置かれていた。
個人的な感想(と整理):
これまで食中毒菌として扱われてきた「セレウス菌」は、Carrollらの提案では
- B. mosaicus subsp. cereus biovar Emeticus: 嘔吐毒産生型、panC group III
- B. mycoides biovar Emeticus: 嘔吐毒産生型、panC group VI
- その他B. cereus groupで嘔吐毒を産生する菌: 嘔吐毒産生型
- B. cereus sensu stricto: 主に下痢毒産生型、panC group IV
- その他B. cereus groupで下痢毒を産生する菌: 下痢毒産生型
に分けられるものと認識した。
嘔吐型食中毒起因菌はbiovar Emeticusとして明示的に示されるため、仮にces 遺伝子群がB. mosaicus やB. mycoides 以外のgenomospeciesへ移動しても、現場レベルで扱いやすい分類名として表記できる。
一方で下痢毒は、その原因遺伝子が多種存在すること、それらを保有する菌も広範囲(文献上はおそらく提案分類体系の12種すべて)であること、さらに遺伝子の保有が必ずしも下痢毒産生や下痢症を意味しないことから、下痢型食中毒起因菌は嘔吐型ほど明確に表せていない。つまるところ、疫学的な情報と、可能ならELISAなどによるタンパク質検出をもって、下痢毒産生Bacillus 何某と判断していくことになると思われる。(デンカのCRET-RPLAはHBLしか検出できないと聞いたことがある。どのみちもう販売終了だが。)
2026年現在も、B. cereus groupの分類に完全な統一見解はないようだ。
EFSAが2025年に公表した評価では、Standing in Nomenclatureを持つものとして、次の20種が挙げられていた(4)。
- B. albus,
- B. anthracis
- B. cereus s.s.
- B. cytotoxicus
- B. gaemokensis
- B. luti
- B. manliponensis
- B. mobilis
- B. mycoides
- B. nitratireducens
- B. pacificus
- B. paranthracis
- B. paramycoides
- B. proteolyticus
- B. pseudomycoides
- B. thuringiensis
- B. toyonensis
- B. tropicus
- B. weihenstephanensis
- B. wiedmannii
一方で、このCarrollらの提案が研究ベースでどの程度受け入れられているか調べてみると、この分類体系を組み込んだツール(同氏の開発したBTyper3)が一部の報告では使用されており、ゲノム疫学分野では選択可能な分類体系の一つになっているようにも見える(5,6,7)。
しかし、さらに分類体系を整理する動きもあり(学会講演レベルだが)、むしろCarrollらの提案が「煩雑な分類体系をさらに増やした」と見做すことも不自然ではなさそうに思われる(8)。
畢竟現時点では、無理に特定の分類を割り当てるより、「●●らの提示する分類では」、「yyyy/mm/ddに参照した■■の体系では」といったように分類の根拠を示すことと、実際のフェノタイプを確認することで再現性を担保することが重要であるように思われた。
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Bacillus というと大変身近な細菌ですが、歴史的に見ても最初期に設定された属の一つです。
Ferdinand Cohnが1872年、形態に基づき細菌を以下の6属に分類しています(9)。
- Micrococcus: 球状の菌
- Bacterium : 桿状の菌
- Bacillus, Vibrio : フィラメント状の菌
- Spirillum, Spirochaeta : らせん菌
これが細分化に細分化を重ね、削り取られて残ったのが今のBacillus spp.なのです。感慨深いですね(?)。
ちなみに、Clostridium が提案されたのは1880年です。
ちなみにちなみに、タイプ種はミヤリサンでお馴染みのClostridium butyricum です。
ちなみにちなみにちなむと、"bacillus"は「小さな杖」や「棒」を、"clostridium"は「小さなスピンドル」などを意味するラテン語が由来です。
では"cereus"はと言うと、ラテン語の「蝋状の」、「蝋燭」が語源なので、B. cereus の命名は"wax-like expansion"とも称されるコロニーの外観に由来していそうです。
一方で(というかこちらの方が有名かも知れませんが)、サボテンの一種にCereus 属があります。
こちらは直立した柱状の茎が蝋燭に見えることに由来するそうです(10)。
このサボテンは、かつてNASAの実験により電磁波を吸収する効果が見られたとのことで、日本国内ではしばしば「電磁波吸収サボテン」として売られています。
・・・が、この言説の根拠となる公的資料は確認できていません。
根も葉もない噂が独り歩きしている、そして「電磁波吸収効果」を信じる顧客(と一部の販売者)層は一次資料を確認しないという、大変起こりがちな現象のようです。
なお調べたところ、Cereus peruvianus を使ったストレス耐性研究の報告書は見つかりました(11)。火星環境を想定した実験の一部で、高濃度アンモニアに曝露させています。
という香ばしい余談でした。
とはいえ、アルミホイルであれこれバリアするよりは室内にサボテンを置いておく方が、目的はともあれ、健全には見えそうです。日当たりには気を付けてくださいね。
1) Proposal of nine novel species of the Bacillus cereus group (2017)
2) A complete domain-to-species taxonomy for Bacteria and Archaea (2020) ※有料です。
3) Comparative Genomic and Phylogenomic Analyses Clarify Relationships Within and Between Bacillus cereus and Bacillus thuringiensis: Proposal for the Recognition of Two Bacillus thuringiensis Genomovars (2019)
4) Update of the list of qualified presumption of safety (QPS) recommended microbiological agents intentionally added to food or feed as notified to EFSA 21: Suitability of taxonomic units notified to EFSA until September 2024 (2025)
5) Genomic epidemiology of a Bacillus cereus bacteraemia outbreak linked to contaminated hospital laundry (2025)
6) Foodborne Intoxication Most Likely Linked to Bacillus cereus in a School Canteen Hot Ready-to-Eat Meal (2026)
7) Differences in β-lactamase activity and carbapenem resistance among the Bacillus cereus group (2026)
8) Towards a consensus taxonomy of the Bacillus cereus group of bacteria in the sequencing era (2024)
9) The roots of microbiology and the influence of Ferdinand Cohn on microbiology of the 19th century (2000)
10) CEREUS, Dictionary of Cactus Name [Accessed 29 Jul. 2026]
11) The general and comparative biology of terrestrial organisms under experimental stress conditions Semiannual report (1966)
