以前にもギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome, GBS)について書かれた文献をまとめたことがありましたが、今回はこれをもう少し掘り下げた話題となります。
GBSの発症メカニズムは、分子模倣です。
つまり、感染した病原体(ここではCampylobacter jejuni )の菌体抗原の構造が自己組織の表面構造と類似しているとき、宿主が作り出した抗体が宿主自身の組織に対して交叉反応を起こしてしまう、という現象です。
C. jejuni の先行感染により起こるGBSでは、C. jejuni のリポオリゴ糖(Lipooligosaccharide, LOS)に対する自己抗体が原因であると考えられています(1)。
さらにLOSは異なるクラスに分類でき、GBS関連株の多くはLOS class A, B, Cのいずれか(その大部分はclass A)であることが知られています(2,3)。
なお、LOS classは最初の報告では6種類でしたが(4)、直近のアップデートでは23種類に拡張されているようです(5)。
またもう一つの背景として、GBSの好発国の存在があります。
今回読んだ論文はバングラデシュのグループによるものですが、バングラデシュはGBSの発生率が特に高い国の一つです(6,7)。
その要因としては、カンピロバクターへの曝露機会の多いことが重要であると思われます。
前置きが長くなりましたが、そんなわけで、バングラデシュのGBS患者由来C. jejuni と腸炎患者由来C. jejuni を対象として、LOS領域にフォーカスして調査した報告です。
これまでにも特定の血清型(HS型, いわゆるPenner type)やST/CCとの関連を指摘した報告はありましたが、本報はLOS 領域そのものの可塑性、つまり配列多型やphase variation(PV)*を網羅的に比較し、GBSリスクと関連付けたものとなっています。
* 反復配列長が±1塩基の変異を起こし、その結果読み枠のずれにより遺伝子発現のOn/Offが切り替わる現象。
Microbiol Spectr. 2025 Aug 5;13(8):e0006225.
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まとめると:
- バングラデシュの GBS 患者由来C. jejuni は特定のST/CC(ST-43, ST-2042, CC403)と LOS class(A, B, C)に偏っており、LOS領域の配列変異とPVが腸炎患者由来株よりも豊富であった。変異頻度の高いハイリスクLOSが、GBS多発の一因になっている可能性がある。
もう少し詳しくみていくと:
- バングラデシュで分離されたGBS 関連38株、腸炎関連24株のC. jejuni を対象として、WGSによるMLSTならびにLOS領域を対象としたクラス分類、多型解析、およびPV解析を実施した。
- GBS関連株ではST-43(CC21), ST-2042(CC unassigned), CC403が多く、特にCC403については既報(8)と一致する。
- LOS class A, B, or Cの分離率はGBS関連株で84%、腸炎関連株で25%であり、GBS関連株の内訳はclass A, B, Cがそれぞれ32%, 37%, 16%であった。
- LOS領域に基づく系統樹では、LOS classに応じたクラスター形成が明瞭であった一方、由来(GBS/腸炎)による集積は見られなかった。
- GBS関連株に特有の遺伝子は見出されず、このことは遺伝子の組み合わせやクラスそのものがGBSに関連することを示唆している。
- GBS関連株では腸炎関連株に比べてLOS領域の塩基多型(SNP等)が多かった。このことが構造の、ひいては免疫認識の多様性を高め、GBSリスクを高めていると推測される。
- cst-II(sialyltransferase)保有株のcst-II 51番目アミノ酸の多型*は、Asn51, Thr51がそれぞれ、GBS関連株で19, 9株、腸炎関連株で7, 2株であった。
*Thr51型はGM1 and/or GD1aの模倣に、Asn51型はGQ1bの模倣に関与しており(9)、それぞれGBS, FSのリスク因子となります。 - LOS領域で同定されたPVサイト(計108か所)の大部分はpoly-G型であり、その出現頻度はGBS関連株で有意に高かった。塩基多型同様、LOSのダイナミックな構造変化がGBSリスクに関連している可能性がある。
個人的な感想:
- GBSリスクカンピロと言ったらST-22という認識だったが、海外ではそうとも限らないようだ。
- これまでの報告からLOS class A, B, C(グループ1)がハイリスクということは間違いなく、この文献からはその背景となる菌のLOS構造多様性が見えてきたのだと思う。
- しかし、菌側の要因だけでGBS発症の有無が決まるわけではないことは間違いなく、宿主側の要因へのフォーカスが必要と感じた。
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知人に、昔GBSを発症したことのある者がおりました。
学生の頃、自堕落な生活を送っていたため、足のしびれの自覚はあったものの放置していたそうです。
すると数日後、目覚めたらコタツから起きることができなくなっていたとか。
先行感染については残念ながら聞いていませんが、意外と身近にもあるんですね、GBS。
最後に啓発的な事例を一つ。
食品衛生協会は食品衛生関連の保険商品を取り扱っており、その適用事例についてはしばしば協会の刊行物に掲載されます。
当時保健所に勤めていた僕に、協会のYさんが教えてくれたのがこれ。
「制度発足以来初、支払共済金1億円を超える事故が!!」(10)
当該飲食店を原因とするカンピロの先行感染がある42歳男性が、GBSにより後遺障害1級認定を受けたとのこと。
GBSは完治することも多いですが、後遺症が残る場合もあります。これはそのワーストケースの一つと言えるでしょう。
さらに、完治まで長期にわたる事例や死亡事例もあり、非常に危険な疾患です(11)。
このことはもっと周知されてほしいと思います。
なお、このケースでは同じ飲食店で食事をした男性の息子(11歳)もカンピロバクター腸炎を発症しましたが、GBSには至っていません。異なる株に感染したのか、宿主側の要因なのかは不明です。
▼ユーラシア大陸みたいな生え方をしたC. jejuni。
1) Carbohydrate mimicry between human ganglioside GM1 and Campylobacter jejuni lipooligosaccharide causes Guillain–Barré syndrome (2004)
2) Campylobacter jejuni HS:23 and Guillain-Barré Syndrome, Bangladesh (2009)
3) Comprehensive Analysis of Bacterial Risk Factors for the Development of Guillain-Barré Syndrome after Campylobacter jejuni Enteritis (2006) ※有料です。
4)Comparison of Campylobacter jejuni Lipooligosaccharide Biosynthesis Loci from a Variety of Sources (2005)
5) An Updated Classification System and Review of the Lipooligosaccharide Biosynthesis Gene Locus in Campylobacter jejuni (2020)
6) High Incidence of Guillain-Barré Syndrome in Children, Bangladesh (2011)
7) High mortality from Guillain-Barré syndrome in Bangladesh (2017)
8) Comparative Genotyping of Campylobacter jejuni Strains from Patients with Guillain-Barré Syndrome in Bangladesh (2009)
9) Campylobacter gene polymorphism as a determinant of clinical features of Guillain-Barré syndrome (2005) ※有料です。
10) 日食協ニュース H29-12月号, No.539
11) ギラン・バレー症候群,フィッシャー症候群診療ガイドライン2024
