何年前にペットロスで苦しんでいた頃には、必死に「猫の魂はどこへ行った」ということを調べていましたから、いろんな宗教の価値観を接触しました。
結局、ペットロスと共存することができるようになったのは、どちらかの宗教のおかげではなく、それらの価値観から欲しい要素を取って、自分なりの宗教観を作ったことです。
いろいろな不思議な噂から、仏教を信じている人は、仏教の神様が見えますが、キリスト教の人は天使が見えることがわかったので、「神様は人の信じている姿で現れそう」という結論を付けました。
そして、仏教も宇宙には何千何万の世界があって、別々にそれを主宰している仏さまがいて、そして、それぞれの信徒がなくなってから迎えにいくことがあるそうです。
だから、考え始めました。
何千何万の世界が存在していると、その中にはきっとまだ知られていない世界がたくさんあると思います。
つまり、私は理想的な死後世界を描いてみると、その仏様や神様の信徒になり、いつか理想の世界へ行けるかもしれませんね。
ということで、自分の都合に合わせてこんな死後世界を想像してみました。
犬や猫が死んでから虹の橋へいくという外国の詩があるので、とにかくそこを「虹の橋の世界」という名を付けました。
七宝君、ミカンちゃん、二丸ちゃん、花ちゃんと他に私と縁があった動物たちは、今きっと虹の橋の世界で自由に遊んでいるでしょう?(でも、私が食べた動物たちもそこにいるのかなぁ.....)
純粋な動物がいく世界なので、人間としては行きたいならやっぱり修行しなければなりませんね。
だから、日頃には動物たちを大事にしたり、いいことをしたりするのも、いつか「虹の橋の世界」へ行ける修行になるかもしれないので、皆さんに「Sineadさんはやさしいね」って褒められることをするのは、すべて目的があります。
私は「虹の橋の世界」へのポイントを少しずつ貯めていますから。(でも、「善」だと意識しながらやると「偽善」になって、ポイントがもらえないことも少し心配していますが.........)
そして、やっぱり欲の深い人間であるので、愛しているペットたちと暮らせるのが楽しいですが、それだけでは満足できません。
だから、My「虹の橋の世界」は、私の愛している人間たちもいけるのです。(虹の橋の世界を主宰する仏さま:この人、面倒くさいね.........)
そこの人たちは、みんな複数の顔と姿を持っています。
例えば、お婆ちゃん。
お婆ちゃんは私の目の前には、ずっと74歳だった姿ですが、末永く74歳のままなら不便ですから、私の目から見ては74歳のお婆ちゃんは、曾祖父母の前には可愛い7歳かもしれません。
そして、お婆ちゃんの目から見た自分は、お婆ちゃんがもっとも自信をもっている頃の姿です。
そういう世界があれば、幸せそうですね。
本当にそういう世界があれば、今の別れがそんなに怖くなくなりますね。
My「虹の橋の世界」へ行くための修行になりますから、どんな困難や悲しみでも勢いで乗り越える力が生じます。
すこし乱暴な方法ですが、花ちゃんの死をきっかけとして、ペットロスで苦しんでいる人に伝えたいです。
また会える理想の世界を想像してみましょう。
その世界のあり方を修正しているうちに、悲しみなどマイナスな気分は、だんだん頑張れる力になるかもしれませんよ。
宇宙には何万何千の世界があれば、きっとまた会える世界があります。