職場には、始業前や休憩時間、休日に仕事する人たちがいます。
その中には、大きく分けて
⑴ 仕事がしたいからしている人
⑵ 仕事をしたくないけど、休みを削って働かないと追いつかないと思って働く人
⑶ 仕事をしたくないけど、周りの人がしているからそれに合わせてしている人
がいます。
⑵の下に⑶が隠れている場合も多々あります。
世界の休みに対する考え方
近年、若者を中心に働き方は多様化していますが、「義理、人情」を大切にし、「和」を尊んできた日本では、まだまだ「自己犠牲を良しとする文化」が根強く残っており、休むことが苦手な人は多いです。
それに対して、欧米では終業時刻になったと同時に、仕事を切り上げる人が多いようです。男性を含む育児休暇の取得率などを見ても、仕事とプライベートの境界線をきっちり引いているのが分かります。
世界には、さらに「休息」を大切にしている人たちがいます。
それはユダヤ人です。その昔、イスラエルの神「主」が与えた「律法」に従って、彼らは安息日を尊び、その伝統を何千年と守ってきました。
ユダヤ教の聖典である旧約聖書には、次のような1節があります。
「六日間は仕事をしてもよい。しかし、七日目は、主の聖なる全き休みの安息日である。安息の日に仕事をする者は、誰でも必ず殺されなければならない。」
現代風に言えば、「休日に労働をする者は、15年以上の懲役、または死刑に処する。」といった感じでしょうか。
厳格なユダヤ人は、現代でもその律法を忠実に守ろうと、金曜の日没から、1日をいかなる労働もせずに過ごします。(ユダヤ教では律法を守るために、さらに細かな律法があり、例えば、スイッチを入れることも労働とみなされ、カメラの使用はNG。開けると灯りがつく冷蔵庫も開けれない。)
実際には、ユダヤ人といってもその信仰のあり方は様々ですが、休む事を大切にする事で、心も体も健康になり、多くの優秀なユダヤ人が世界で活躍してきました。
歴代のノーベル賞受賞者の20%を、世界の人口の0.2%とも言われるユダヤ人が受賞しているのは、そのような習慣と無関係ではないでしょう。
何よりも、安息日の習慣によって、人間的な考え方に傾きがちな頭がリセットされ、彼らはいつも一番大切なことにフォーカスできました。
現代日本での適用
とはいえ、日本では法律で休憩時間や、休日の過ごし方が決められているわけではありません。また、ユダヤ人のように、休む事に関してハッキリした指針があるわけではなく、答えは様々です。
しかし、休む「権利」は与えられており、その権利は法律で守られています。つまり、本人が「休もう」と決心をすれば休憩時間や休日に働かないことはできます。
結局、休日/休憩時間に働くのはどうなの?
結論から言えば、国や会社が勤務時間外に働く事を禁止していない限り、それぞれの自由、です。(リスクを負って法律/規則を破ることもまた自由ですが)
多くの場合、休んだ方が、脳にも、心にも、体にとっても良いですが、人はそれぞれ違っており、中にはじっとして入れない人やスーパーマンみたいな人もいます。
先日ある番組で、ビートたけしさんが、「休みハラスメント」は無いのか、と言っていました。
「いつの間にか労働が悪い事になっている。」「好きな事を仕事にして嬉しい人が、強引に仕事を減らされようと干渉されるのはおかしい。」という主旨のコメントをしていました。
全くその通りだと思います。
実は、私もサービス残業や、休憩時間に働くのが悪い事、だと思っていました。
「みんなが休憩をちゃんと取らないと、こちらも取りづらい」と同僚に言ったこともあります。しかし自由を侵害していたのは私でした。決められた時間以外をどう使うかはそれぞれの自由だからです。
任されることが多くなるほど、自由には責任も伴っていきますけどね。
正しい選択をするために
何をするにもそうですが、一番大切なのは、自分の心と向き合い、自分が本当はどうしたいか、を知ることです。
その次に、休んだ場合、休まなかった場合の、自分や自分の家族に与える影響、会社に与える影響を、優先順位に応じて吟味し、自由に選択し続ければいいと私は思います。
しかし、近視眼的な人間の性質を考えると、大切なことを大切にし続けるのは簡単ではないです。それを実践してきたのが先ほどのユダヤ人の例です。やはりルールがある方が自制しやすいってことですね。
マイルールについてはまたいつかまとめようと思います。
というわけで、休むことについては、それぞれの自由。しかし、自分の心と向き合うこと、大切なことを見分ける眼も同時に養っていくことが大事でしょう。
#RCメソッド #サービス残業 #境界線