タイ南部
ナコンシータマラートに住んで
4年目の
tico(ティコ)です
学校に行くと
『ticoせんせ!Taro君(息子)
誕生日だね』
と ほとんどの学生が言ってくるww
(FUKUちゃんありがとう
)
4年前ふと
『僕もタイに行こうかな・・』
と タイ行きを決断した息子
(まだCOVIDー19の規制があった頃)
それまで鹿児島の一人部屋の寮で
キラキラと楽しそうだった
それが いきなりタイに来て
6人部屋でタイ人との寮生活
お手洗いの紙など当然ない
シャワーも水
日用品はよく無くなる
ある時は サンダルがなくなり
外にあるシャワー室まで
革靴を履いて行っていた
(すぐに買い物もできなかった)
時間割もわからず
全ての勉強道具を背負い
登校していた
辛いものが食べられず
辛さ控えめ『特別お弁当』
を準備してもらうが
無くなることもしばしば
(太郎はいないかと思った!・・らしい)
夕食何食べた?と聞けば
『コーラ』と答えていた
宿題の存在を知らないのに
宿題をださないからと
成績表は0
『くそ日本人』
と石を投げられたこともある
週末
皆んなは遊びに行き
誰もいない真っ暗な寮
一人でベンチに座って
私の迎えを待っていた息子の姿には
さすがに込み上げた
オンラインで
タイ語を受講していたら
隠れてゲームをしていると
勘違いされ
信じてもらえず
懲罰を受けていた
何かの罰で
落とし物の男性物の使用済み
下着を腰からぶら下げ
1日を過ごせ。という
謎の罰を受け
週末自宅で
泣いていたこともあった
書き出せばキリがない
自分で決めたこととは言え
相当な3年間だったと思う
もちろん良いこともあったと思う
(学校でお友達が用意してくれたケーキ)
初めて自分で学校を調べ
転校したいと言い出した
そこからも問題は続く
『子供の言うことだから・・』
と 転校書類も出してもらえず
どうして良いものか
家族でため息をついた
『タイ語も英語も話せないくせに』
『さっさと日本に帰ろ』
『お前には友達なんかできない』
『タイ人は日本人が大っ嫌い』
と 心無い言葉を友達から
別れの言葉として
差し出されていた
悔しさを押し殺し
先生に最後の挨拶にいったら
完全に無視
目すら合わせてもらえなかった
『微笑みの国は』
お金を落とす者だけのものだと
強く感じた
今は一人暮らしをし
タイ語で英語のプログラムの学校に
進んでいる
学校で見る息子はいつも汗だくだ
懸命にタイ語を聞くために体は
緊張し常に汗をかいている
相手の文化圏にお邪魔し
生活内での
仲間に入れてもらえることは
安易ではない
微笑んでも
微笑まれないことは多い
家族個々が悔しくてたまらない時もあるが
自分のやれる事をコツコツと
進むしかない
4年目にして
誕生日を友達がたくさん祝ってくれ
Instagramで誕生日を知り
他の学校の学生達も
『おめでとう』
と私にまで声をかけてくれる
息子は『僕は幸せだ』と言えるまでになった
(仲良しのぱったいおじさん)
当然 私たちを『嫌いだ』と思う人もいれば
『好きだ』と言ってくれる人も
少しずつだが
いてくれるようになった
ありがたい
若者よ
おめでとう
Best.
tico.
(うめね様の記事より)
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もちろん、単なる浴衣寄付も嬉しいです!
日本の文化を学んでいる学生さん達に
1枚でも多くお届けできればと思います






















































