ほのかに甘く薫る爽やかな風が髪をそよがせて行った。
その行く先を追いかけるように頭を巡らせると、そこは桜が惜しげもなく花びらを散らす艶やかな夜に満たされていた。
花びらの薄紅が菫の豊かな髪に降り注ぐ――つないだ手を引いて話しかけようとした時、栗宮様が言った。
『ようこそ、華瑶苑へ――』
栗宮様はチェスナットの髪をみんな結い上げて、虎目石の瞳・・・ふくよかなお姿。優しげで柔らかい物腰の、誰もが安心する微笑み・・・
月が昇り結びの儀をしたのが7時ごろ。今はとうに10時を回っているはずだ。
――疲れた・・・
気持ちはもう、すぐにでも倒れ込みたい。体がこんなに重い・・・指一本すら動かすには重過ぎる。
俺はともかく、菫はもう眠らせてあげたい。だって朝から色んなことがあって、見たこともないところで偉い人達にかこまれて、すごく緊張して・・・俺なんかよりずっと疲れてるはずだから――俺なんかについて来なかったら、こんなに疲れさせることもなかったのだから・・・
でも、栗宮様は見た目ほど優しくはなかった。
『悪いがもうひと働きしておくれ』
口には出さなかったけど、俺はきっと反抗的な態度を取ってたと思う。でも栗宮様はそんな俺の顔すらも見ずに踵を返し、さっさと歩き出す。
菫が心配そうに俺を見たので、笑うしかなかった。小さな手を握りしめて、ない元気を絞り出す――引っ張ってあげなきゃ・・・俺が。