知的+ASDの息子と
定型発達の娘がいます。
2人とも成人しています。

お立ち寄りいただいて
ありがとうございます。

あくまでうちの場合と
状況の上での事ですので
参考程度にとどめていただけますよう
お願い申し上げます。


久しぶりの更新です。


息子が5歳の時に

初めて診断されて、

意味がわからないまま

療育の門をくぐり

院長先生に一喝され

涙ながらに、息子の将来を

考えなければならなくなり、


とにかくゴールは

息子を、親なき後も守られる

環境に託すこと。


そのために、息子がどんな大人に

なっていたら受け入れられやすいのか。

そういう大人になるために

息子に必要なスキルはなんなのか。


そこだけを軸にして

療育を始めて20年。

泣こうが喚こうが、

厳しい療育をしてきました。


「厳しい」のワードに関しては

この記事をご覧くださると嬉しいです↓


今の息子を見て。


素直さ

穏やかさ

優しさ

自信

切り替えの速さ

譲りあう気持ち

体力

へこたれない強さ

動じなさ


そんな性質が伸びたと感じます。

これらはもともとの性格も

あったかもしれませんが、

療育により引き伸ばしていったものが

ほとんどです。


療育に出会う前、

私は息子を見くびっていました。


知的障害なんだから、息子には


理解できるはずがない

わかるはずがない

できるはずがない

成長するはずがない


そう思っていました。


しかし、知的障害があろうと

知恵はつくんです。


目的のために泣く、怒る、叩く

何をすればお菓子に手が届くのか

何をいえば欲しいものがもらえるのか


それらは知恵だし

知恵がつくということは

伸び代があるということ。


息子は知的障害ではあるけれど

決して「馬鹿」ではありませんでした。


息子には成長する力も考える力も

実はあったのです。

もちろん定型と同等ではありません。

けれど息子にわかる形で対応していけば

息子なりの成長が見られました。


私の勝手な「知的障害」という先入観や

思い込みで、息子の能力を

無能と決めつけていたのです。


それを教えてくれたのが療育でした。


まず私がそれを学び反省し、

息子に療育を受けさせ

今があります。

 ※療育に関しては過去記事にありますので

  よかったら読んでみてくださいませ。


学校の勉強ができなくても

漢字が書けなくても

難しい計算が解けなくても

息子は人を傷つけず

マナーを守りルールを守り

考えて行動できる大人になりました。


息子本人も、家から離れることへの

寂しさや葛藤とも闘っていましたが、

ようやく、自立に関して前向きになり


グループホーム入居を決めました。


私自身、寂しさは感じますが

息子は私の寂しさを埋めるものでは

ありません。

息子の自立を喜ばなくてどーする!

という気持ちに切り替えています。


グループホームからのスカウトで

入居が決まりました。

今まで息子が頑張ってきたことが、

報われた思いです。


空きがなくずっと待ってる方がいたり

申し込みが殺到して断られることも多い中で


息子なら大丈夫と、

先方から望まれたことが、

今までやって来たことは

間違いじゃなかったんだなと 

思わせてくれました。


思っていたより、

早い入居になってしまったので

心配や不安はもちろんあります。


けれど、息子自身に関しては

そんなに心配はなく

同じグループホームに住む

利用者さんたちとの人間関係や

世話人さんや支援員さんたちが

うまくコミュニケーション取れるのか

ってところだけですね。


よほどの融通の利かなさが

施設側にない限り

息子は自分でルーティンを作り

うまくやっていくと思います。

それだけの力はつけています。


元々そこに向けての20年でしたから。

療育の先生に言われた

「お母さん、何も心配はありません。

 私たちは息子くんを、 

 そんなにヤワに育てていませんから。」

職業科の高等部入学が決まり、

不安で弱音を吐いた時に言われた言葉です。

今も私の指針や心の支えになっています。


それでも、何が起こるかわからないし

今回のホームが

終の住処になるとは限らないので、

私は、常に情報収集と、遠くからの見守りを

怠らず、油断せずに、

施設にお任せしようと思います。


いい意味で、本当にいい意味でですが、

私は先生とか支援者に対して

信用も頼りにもしていません。

親でさえ、

100%息子を守れるのかと言えば

無理ですから。

親にもできないことを、他人ができるとは

全く思っていません。


お仕事として、ご自身の信念のもと、

やってくだされば充分です。


困ったことや、課題が出たら

成長のしどき。成長のチャンスです。

周りを変えるより、息子を鍛える方が

手っ取り早くて簡単ですから。


息子の小学校時代に

私はそれを悟り、以降は

そのスタンスで私も息子も

ずっとやって来ているので

先生方や支援者の方々と揉めたりは

今まで、ほぼないと思います。

向こうがどう思われているかは

わかりませんが、

わりといい関係を築けていたと思います。


特に期待していないので、

何かしてくださった時は

感謝しかないですし、

何か起こった時は、息子の課題と思い

こちらで療育機関に相談して

息子の方をなんとかします。

学校や先生、支援者に

考え方を変えてもらうとか

やり方を考えてもらうとか

そんなやりとりは無駄な時間でしかなく


だって、やってくださる方は

こちらが言わなくてもご自身で

取り組んでくださいます。

言われて気づくような方なら、

自分から耳を傾けてくださいます。


なので、そうじゃない方に

文句や抗議をしたところで響かないです。

ただ、するべきことをしてくれたら

それに対し感謝の意をお伝えするだけです。


普段からそんな感じなので

私から学校や支援者を責める事も、

文句を言うこともありません。


息子を鍛える方が本当に

全てにおいてプラスになります。

周りを変えようなんて

無理だし無駄だし。時間かかるし。

新たな関係ができるたびに

環境の方を変えるなんて不可能です。


…ただ。

息子自身を鍛えるスタンスでいると、

なぜか周りの先生や支援者の方々、

本当によくしてくださるというか…。

「いいんですか?」って

聞きたくなるような恩恵がたくさんあり

トラブルも本当になく、

息子を気にかけて配慮してくださるように

なぜかなっていくんです。

私がよくしてもらってるなって

先生や支援者が他の保護者にとっては

いいイメージがなかったり、

愚痴を聞いたりする時、

不思議で仕方なく。


「息子くんはあの先生のお気に入り」扱い

されることもあり。

相性の問題もあると思いますが…。

私が見てる限り、平等に

見てくださってるように思えてましたが、

人により感じ方は違うので、

そう思われるなら仕方ないとは思っていました。


実際、息子は手がかかる子から、

着実に手がかからない子になっていったので

先生方や支援者からしたら、

「助かる子」「頼りになる子」「安心な子」

ではあったと思います。

ただそこは、

息子に対する私の目標でもあったので

相違はありません。


息子は健常者として

生きていくわけではありません。

息子の幸せは、「一般的な幸せ」ではなく


「周りに可愛がられて生活に困らずに

 息子が好きなことに囲まれて

 息子の安心な世界で暮らすこと。」


これが障害を持った息子への

親としての結論でした。

あくまで我が息子の

感性、考え、性格、特性を

踏まえた結論です。

そこに息子の気持ちを時折り確認しながら

この結論に至り、

その幸せ実現のための努力をしてきました。


「10人100通りの障害っ子に

 3人に1人担当の先生や支援者に

 こーしろあーしろ言ってもねぇ…。

 あなたの子だけ特別じゃないですよー。」


これは私が、かつての私自身に

何度も言いきかせていた言葉です。


そこから私は変わり、

自分も息子を鍛えて

今に至ります。


今回の入居により、

新たな課題が現れることも

私は楽しみなんです。

多分、私が思ってきた「息子の幸せ」の

答え合わせにもなっていく経験だと思います。

息子には息子の意思がありますから。

経験から理解する息子です。

また、ひとまわり、

息子の成長が見られそうで

とってもワクワクしています♪