孝行をしたいときには親はなし

 

と言う ことわざがあります

 

幸い 我が家では間に合いました 

 

スープの冷めないところに我が子が住み 親孝行してくれています

 

有り難い事と 感謝の日々

96歳になります いろいろな出来事がありました  

今では戦争を知る人は少なくなってきましたが 私にとっては青春の真っ只中の出来事です

 

開戦を告げるアナウンサーの声は今でも忘れられません

それとともに終戦を告げる陛下のお言葉

 

日本は平和を愛するおとなしい国ですが 日清 日露戦争に勝利して 力をつけてきました

それを快く思わない国があり色々な嫌がらせをしてきましたから戦争になりました そして敗戦 

 

陛下のお言葉がありました 堪え難きを堪え よ  と

 

8月15日はお盆の中日ですが敗戦記念日でもあります  

 

   

 

 

今 我家では花瓶に芍薬の花を活けています

立てばシャクヤク座ればボタン という言葉があります

美人を表す言葉ですが 本当にきれいです

 

シャクヤクは手に入りますがボタンは売っていません

ボタンの花は切り花にすると直ぐに散ってしまうからでしょうか

眼下に小学校が見えます

以前はワーワーと声が聞こえましたが 今は静かです

マスクをしているせいでしょうか?

 

桜咲くこの良い季節 新学期が始まりました 

 

今 私は高齢になりましたが小学生時代のことは懐かしく覚えています

 

子供は団子になって遊びました

頭虱も もらい 家に帰ると母親が頭髪を酢で湿らせて梳き櫛で漉いてくれました

膝枕です 母親の温かさが嬉しかったことは言うまでもありません

 

今虱などはいませんでしょう 蚊 蚤等もいなくなりました

その反面 秋の虫の声 聞こえてきません 

 

良いことも悪いことも あざなえる縄のごとし です

 

 

去年の今頃 シクラメンの鉢植えを買いました 夏中楽しんだ後ベランダに放置していました

何と 昨日そのシクラメンが一回り大きくなって花芽を付けているのを発見しました

 

私にとっては初めての出来事

 

肥料をあげたこともないのに驚きです

 

布施明さんのシクラメンの花という歌を懐かしくおもいだしました

 

 

 

 

 

今ではどこの家にも電気ガス水道が備わっていますが普及し始めて まだ100年はたっていません

 

私の子供の時 水は近くの協同井戸から汲んで台所のおおがめに貯めて使っていました

 

電気が漸く通じ ランプ掃除をしなくてもよい様になりました

(2歳上の姉は登校前にランプ掃除を必ずしていました) 

 

瓦斯はまだ富裕階級の物で 我が家にはまだありませんでした 嫁に行った姉の家にはガスコンロが設置されていて羨ましかったことを思い出されます 

 

当時のガスコンロはコイン入れがついていてガスが消えそうになると急いで瓦斯コインを差し込んで使っていました

 

私は文明開化をもろに実感したものです

 

 

 

 

 

 

昭和2年生まれの私 激動の時代を過ごしました 先ず 国語の教科書が変わりました

マメ ハト から サイタ サイタ サクラがサイタ に変わりました

何でも姉のお古をあてがわれていた私 改定された新しい教科書を手にし 

ピカピカの一年生が産まれました 

 

テレビやラジオもなかつた時代です

ラジオが初めて放送された時 新しもの好きな父親がラジオを手に入れました

定時放送でした 放送時間になると近所の人が集まってきました

 

どうして音が出るのか不思議に思った私は父がいないときそっと裏側の板を外し中を見ました 2個の大きな真空管がチカチカ点滅していました

 

 

 

 

今では考えられませんが私の子供の時代 食糧難の時が在りました

米穀通帳により一人分の食料は2合3じゃくが配給されました お米とは限らず雑穀

乾麺なども含まれました 

コメは玄米でしたから一舛瓶に入れ 棒でつついて精米しました 糠もクッキーなどにして大事に食べていました

白米のご飯などは盆や正月の特別なご馳走でした

 

当時 学校給食はまだありませんでしたから毎日お弁当を持参しました 

 

そのころ お昼ごろになると教室から姿を消した子がいました

家が貧しくお弁当を作って貰えないのだ ということをことを後で知りました

 

食べ盛りの子を持つ親は タンスから着物を出して農家に向かい着物と交換でお米を譲って貰っていました

農家のおかみさんが縁側で胡坐をかいて着物の品定めをして 持参した袋になにがしかのコメを入れてくれました

 

運が悪いと 駅に警官がいて折角手に入れたお米を没収されてしまいました

泣き面に蜂とはこのような場合の言葉でしょう 

 

 

眼下に小学校が見える

今は 子供のすがたはなくがらんとしている

 

この休みは宿題などなく 一番うれしい休み 

 

もうすぐ1年生の可愛い姿を見る事が出来るでしょう

 

私の子供の時のことを思い出しました 

 

何でも姉のお古をあてがわれ新しいものを買ってもらつたことがなかつた私

ランドセルもお古を使うものと思っていました

 

ところが朝起きてみると枕元に新しいランドセルが置いてありました

驚喜しました 今でも忘れられません 親心