5月の末に97歳になる 一人暮らしで 力仕事のほかは何でもできるので有り難いことと感謝している

この人生一番嬉しかったことはと問われたら なんといっても 男女同権になつた事とこたえます

 

我家でも男女同権が厳しかった

 

食卓でも 主人が上座に座り家族全員が下座に揃った所で  

おもむろに食べ物を口に運ぶ それを見届けてから一同の食事が始まった 

箸の持ち方置き方 おかづの食べ方 移り箸厳禁 なと厳しく指導された

主として父親が監視役であった

 

食事だけでなく 立ち位 振舞 人との接し方なども厳しく指導された  

 

そのお陰で今まで無難に過ごして来られました

人からやっかみを受けたり けなされたり 嫌がらせを受けたりした事は

一度もないで済みました

   

昭和2年生まれの私 もすぐ97歳になります

今までの人生で一番嬉しかったことは 男女同権になつたことです  

 

以前はひどい世のなか 男の世界で 女は虐げられていました

我が家でも男優先で 例えばお風呂でも男が先に入り女は後でした 

 

食卓でも 父が席に着き 一口食べるまで 待ちました

 

母が父と並んで歩く姿は見たこともありません 少し後ろを歩いていました 

男女同権になり本当にうれしいことです

 

今年も茄子の苗木が売られる時期になりました 

 

去年のことです 苗木を買ってきて鉢植えしました

ところが一つも実が成りませんました

 

その理由がわかりました

 

それは 茄子の苗 1本しか植えてなかつたからです

 

茄子の花が咲きます 受粉させます 

 

でも同じ苗同士では実は実りません 自家受粉は駄目です

 

異なつた株の受粉で初めて受粉 実がなります

 

複数の苗を植える事 大事なことを学びました

リュウマチにかかつて痛い痛いの日々を過ごした時もあった

ところが追って脳梗塞にかかり リュウマチの痛さが吹っ飛んでしまった

 

リュウマチは身体の病気ではなく脳の病気だと知った

脳梗塞で少しマヒが残るがリハビリで直している  

 

何とか歩ける 歩行器を使付ているが 買い物にも出かける

私の青春時代は大東和戦争の真っ最中でした

日清日ロの戦争に勝つて力をつけてきた日本を快く良く思わなかったアメリカはいろいろ嫌がらせを仕掛仕掛けてきました 例えば石油の輸入を妨害などしました 

そこで戦争になりました 

 

女学校の4年5年生の時 学校の授業がなくなり毎日軍需工場に働きに出ました

 

勿論英語の授業がなくなりました

 

敗戦

 

戦争末期 アメリカは沖縄を占領し基地を作って 毎晩 空襲してきました 

ある日の夕刻 ドカンと大きな揺れました 1トン爆弾が我が家の庭に落ちたのです  

 

幸い不発弾でしたので九死に一生を得ました

 

あれが爆発していたら今の私はありません

5月5日 子供の日

96歳の私 子供の頃のこと思いだします

   

まだ電機は通つていませんでした  

 

2さい年上の姉は 前夜使用したランプ掃除をしてから学校へいつていましたが

私は電気が通ったおかげでいないで済みました ラッキー

 

ですから電気が通じてからまだ100年もたつていません 

電気が通ってから近代化が進みました 

 

又 子供の頃 

水は近くの協同井戸から汲みあげて家の台所の大甕にためて使っていましたから

この仕事は子供のしごとでした

その他いろいろな仕事 つまり家事がありましたから 勉強は学校のみで 

 

親から 手伝をしなさいと言われましたが 勉強しなさい と言われたことは一度もありません

 

 

96歳の私 子供の時 成人した姉が百貨店へ連れていってくれるのが何よりの楽しみでした

店内を巡るのは勿論屋上の遊具で遊ぶのも楽しみでした   

 

その百貨店 戦時下ではどうだつたのでしょう? 

 

売るものはありません 物資不足の時代ですから

物々交換の場になつていました 

 

お客さんの持ち込んだ品を他の人に売る手伝いをして手数料を得ていました

 

我が家でも 姉の着物を売りにいつて そのお金でお米を手に入れたことがありました  

 

折角手に入れたお米 運が悪いと 駅で待ち構えている経済警察に取り上げました

 

泣き面に蜂 

最近 足が弱くなつた

歩行器をつかつているが 無しの時 気が付くとペンギン歩きをしている 

ペンギン歩きは体の安定に寄与する とわかつた

 

寝たっきりになつて外出出来なくなったらつまらない

よい季節になったから 外に出て歩こう

 

上を向いて歩こう

克て 金さん銀さという人気者のお年寄りが居らしゃいました

 

沈黙は金 との諺のごとく 金さんの声は聞いたことはありませんでしたが

銀さんは愉快な人でした

 

年寄りが表に出た代表みたいな人でした

今 私も年寄りになりました 

 

懐かしく 思い出します

おにぎり 日本人なら全ての人が好きな食べ物でしょう

 

ある国を旅行した時珍しいことに お店でおにぎりを売っていました

 

ご飯をおにぎりの型に詰めて三角形にしたもので 1センチ角のノリが張り付けてありました

 

これはおにぎりとはとても言えません

 

おにぎりは美味しくご飯を炊いて 米粒一つずつに空気をまぶしてそれから握ります

握り加減で味が違います

 

お握りは 料理上手な人とそうでない人とでは 雲泥の差があります

 

東京の友人が我が家を訪問してくれた時 時間があまりないとのことでしたのでお握りを作つて持つて帰って貰いました 電車になかで食べたもでしょう 東京駅に着いたらすぐ電話をくれました

 

美味しかったよ と

 

家からではなく 駅からの電話です  

 

私も嬉しかった