子供の頃 年末に散髪屋さんに行った 

平素は母が縁側に椅子を出して鋏でチョキチョキ散髪をし バリカンで襟元をそった 

時々バリカンがうまくはたらかず痛かったことが思い出される

 

年末に何か忘れているとおもったら 散髪だった

これから散髪屋さんに電話して予約を取ることにした

年内はダメでも仕方ないが 年明けには何とかサッパリするだろう

私の学生時代 学習指導要領がかなり変化した 

国語の教科は 豆 ハトから サイタ サイタ サクラがサイタに変った 

6-5年制ではなくなった

私の卒業の年 女学校は4年生と5年生と同時に卒業と言う大変な時だった

 

上の学校へ進むには普段の2倍の競争率

 

何とか突破して現在がある

突破で来た理由が有る

それは数学が好きで 数学をゲームのように楽しんでいたからと思う

もういくつ寝るとお正月 と言う歌があります  

子供の時はお正月が楽しみでした 

 

暮に買ってもらつた小学生用雑誌には いろいろ付録が付いていましたが 

お正月が来るまでお預けと言われていて 開くときは胸が躍りました

双六 目隠しお面 かるた等楽しい付録でした

 

トランプ遊びも好きです 中でも神経衰弱という遊びは私に勝つ人は少なかった 記憶力の勝負です  

百人一首の歌留多取り 大勢でしたり 2人勝負であったりお陰でいろいろな詩を覚えました  

 

お正月が来ると一つ年を取る…という時代でないことは有難い 今は満年齢だから

今年も残り少なくなった

元旦はお雑煮を頂く風習は今も変わらない

 

友達の間で 話しに詰まった時 お雑煮の話をすると盛り上がる

 

私の子供の頃のお雑煮はのしもち 

餅屋から板にのった平らな餅が届くと包丁で長方形に切った

切れ端をつまむと美味しかった

 

だしはハゼの干したもの そして青い菜っ葉のみ

あまり美味しくなかった  

 

或る時東京出身の叔母の家に行ってお雑煮をご馳走になったら

すごく美味しかった 鶏肉と野菜が入っていた 澄まし汁

 

以後我が家も東京式に変えた 

 

岡山出身の友人の家では甘いあんこの入った丸餅が雑煮に入るのだそうだ そして白味噌仕立て

 

 

 

 

 

  

 

 

 

シクラメンを買ってきた 

白い花だけれど縁取りは赤紫色

かなりくたびれた姿で格安だった

 

水をやりカーテン越しに日に当てた 僅か4-5時間 

 

すっかり元気になったシクラメン 香りはないが美しい 

小豆の煮方は難しい

漬けおきの必要はなく いきなり火にかける 

沸騰したらざるにあけ冷水をかける ビックリ水という 

再び加熱する この時澄んだ赤いゆで汁が出る あく抜きという 

赤飯を焚くときこの茹で汁を使う  

 

おぜんざいを煮る時はあくぬきをした後 砂糖を1度に入れないで3回ぐらいに分けて入れる

小豆が煮えると皮が割れるので 切腹 と言われ嫌がられ小豆の代わりにササゲを使うこともあるがお味は劣る

 

母はお料理上手だった 見よう見まねでいろいろ教わった

医学の進歩のお陰で今両目が見える 人工レンズを入れているが不都合はない 

有難い事と感謝している

 

絵を描くことを趣味にしている私

スケッチを裸眼でしていた 画面を反射して光が目を傷めることを知らなかった

結果 白内障に罹った 今から50年ほど前

 

医者から 着脱式のレンズを薦められ 朝起きて入れ夜寝る前に外していた 

当時まだ眼内レンズが開発されたばかりであり先行き不明であったからだ

 

医学の進歩のお陰で今 朝起きて何もしなくて両目が見える 感謝の他無し

 

世の中静かになったと思ったら 何と自分の耳が難聴になっていたのだった 

耳鼻科へいつた

 

お年です つける薬はありません…と言われた 一人暮らしで今のところ不都合はないのでそのままにして暮らしている もっと難聴になつたら大変だ 誰かが我が家を訪ねてきても解らないということになったら大変だ でも今のところ玄関のベルが鳴れば聞こえるし大事なことは紙に書いてもらうことにして不都合なく暮らしている 95歳の私  

 

それにしても寂しい・・・・空高くさえずるヒバリの声聞こえない

秋の虫の声 聞きたい 今聞えるのはカラスの声のみ

以前この季節になると町中 クリスマス ソングが流れていた でも今は静かだ

穏やかにクリスマスを迎える 

 ビングクロスビーが歌っていたクリスマスソング 今でも彼の歌声が耳に残っている

娘は12月25日が誕生日 幼い頃 誕生日とクリスマスのお祝いが一緒で損だと嘆いていた  

その娘も還暦を過ぎ 2人の子供と孫6人の孫がいて忙しく過ごしている

2人の子持ちである 姉と弟 年の差は2歳

育児中は大変だった 若いから何とかしのいできた もうあれから90年余

家のベランダにはいつもおしめがたなびいていた  

その子供たちも還暦をそれぞれ迎えた 

3家族 幸い近くに住いがあり何時でも会える

 

娘は良く様子を見に来てくれる 有難い

息子はすっかりお嫁さんに取られてしまったが仲が良いのは感謝しなければ

 

孫3人 ひ孫6人 ごく最近もう一人産まれた