私の友達が話したことです
新婚の時 一生懸命 良いネタを買い集めて握り寿司を作つたそうです
食べ終えたとき 旦那さんが一言「寿司屋さんの握りずしはどうして旨いのかなあ-
以後 家では絶対握りずしは作らないことにした と
餅は餅屋に という 諺が有ります
私の友達が話したことです
新婚の時 一生懸命 良いネタを買い集めて握り寿司を作つたそうです
食べ終えたとき 旦那さんが一言「寿司屋さんの握りずしはどうして旨いのかなあ-
以後 家では絶対握りずしは作らないことにした と
餅は餅屋に という 諺が有ります
おせちに飽いてそろそろお寿司がたべたくなるころです
以前 夫の会社近くに○富という高級すし店がありました
遠来のお客をもてなすには うってつけのお店でした
以前その店で極上のお寿司を賞味している時 親子4人入ってきました
これは美味しい今までこんな美味しいお寿司食べたことがない」とパクパク食べ
さて支払いの時になって ビックリ 持ち合わせの金額ではたりません
父親はお慌てて金策に走り出てゆきました 母と子はお座敷に通されお茶をふるまわれていました
その後どうなったかは知りませんが・・・・
美食の街 神戸に住んでもう何年たつかな?
料理上手な人と結婚した人は最高に運にいい人
私の母親は料理上手だった だから父親は運のよい人
永い結婚生活の間には衝突もある
母親と喧嘩した父「お前の作つたものなんかくえるか! と捨てぜリフして外食
でも2-3日と続いたことはない いつのまにか我が家の食卓に戻っていた
女房はがっちり夫の胃袋を掴んでいる
もう大分昔の話ですがしばらくニューヨークで暮らしました
そのときお金の数え方に違いがあることで 少しの間まごつきました
例えば3ドルの物を買ったとします 10ドル渡すと
日本ではすぐお釣りを7ドル渡してくれます 引き算です
アメリカでは3ドルの物の上に手を置いて ドル紙幣を 4ドル5ドルと足して・・・・これで10ドル
足し算です 結果は同じですが 慣れるまで時間がかかりました
昭和元年生まれの人は少ない
大正天皇が12月25日に崩御され昭和に年号が変わったがわずか1週間
私は昭和2年生まれ 95歳全昭和を生きたことになる
この間の変化 波風は可なり厳しいものだった
物心ついたのは2歳の頃 今でも思い出す いろいろがある
小学3年生の時 知能検査があった
答案を提出したものは静かに戸外へ出て運動場で遊んでよいと言われた
私が運動場に出たときは誰もいなかった 言い換えれば一番頭が良かったということ
2000人のマンモス校であった
父は認めてくれたが 母は便利に私をこき使った
家には勉強机が1つあり抽斗の一つのだけが私用だった
勉強は学校のみ 家に帰れば母の手伝いに明け暮れた毎日だった
試験の前日は布団をかぶって雑音をかわした
団子5人姉妹で私は真ん中 皆成績が良かった
姉6年 私3年 妹1年生の時 そろって学年末優等賞を貰い母をよろこばせた
ちょっと前まで正月は 女にとっては忙しい日々であった
年始挨拶のお客がきて おせち料理で一献召し上がってお帰りになる習わしがあった
そこでお客が収まった15日を 女正月として祝った
いつの頃か この習慣はすたれた
正月は家族団らんの時となった いい事と思う
もう女正月は無くても良いかな
私の特技 おにぎり
たかがおにぎりと言うなかれ
お米を炊く‥‥ここまではみなと同じ
塩を少しつけてご飯を片手に盛り 梅干しをいれて三角に握る
この梅干しが特別で わたしの嫁入りの時 母からの贈りもの 先祖伝来の物なのだ
色はもう赤でなく黒に近い 味は酸っぱさが抜け まろやか
握る際の力加減 これが大切
形はしっかり保ちながら口に入れたらほろりと崩れる
これが私の特技
過日 東京に住む孫が立ち寄つた際 帰りの車内で食べるようお握りを渡した
家へ帰ってすぐ電話をかけてきた
あんなに美味しいおにぎり今迄食べたことがなかった・・・・と
子供の頃近くにスケートリンクがあった
時々遊びに行った
初めのうちは壁づたいに手すりをもって滑っていたが 勇気を出して壁から離れ
みんなの仲間入り出来たときは嬉しかった
スピートが出るから家路につくとき歩くことが遅く感じてならなかった
初めの頃 転んで尾てい骨を打って痛かった
普段 尾てい骨があること忘れているが・・・・
あけましておめでとうございます
パソコンを始めたのは2000年だったと思いますから23年もキーを押していることになります
私がブログに何か書き入れると 元気だと娘に報告していることになります
95歳でパソコン使える人はそう多くはないでしょうが
試して合点 何歳からでも出来るでしょう
子供の頃お正月は楽しみだった
お年玉がもらえる 暮に買ってもらった雑誌が読めるし付録が楽しめる
羽根つき 凧あげ 歌留多取り 双六 トランプ遊び いろいろあった
今は年賀に来てくれる孫のためお年玉を用意して待っている
ワイワイガヤガヤ騒がしいけど嬉しい
皆の元気な顔を見るのが一番うれしい