できた親では無い。
足りないところが多く、親という形をとっているだけの中年だ。
子供は、みんないい子だが、世間からは求められることが多い。
親が悪いから。
そう生まれてきたから。
それは、わからない。
ただ、できることはしようと思う。
私は人の目を見て話さない。
なんとなく目を向け、言葉の雰囲気で交流する。
家でも、妻や子供の目を見ないことが多い。
息子のときは、育児をがんばっていたが、娘が生まれてから、育児のクオリティが明らかに下がった。
親のやりたいことを優先し、娘はアニメを見せておけばいい。そんな手抜き子育てだった。
息子は、目を見て話す。娘は、目を見て話さない。
娘も雰囲気で会話する。
それが悲しくて、普通になって欲しい、目を見て、相手の反応を感じながら、適切なコミュニケーションができるようになってほしい。
努力して、娘の目を見るようになった。
じっと見ると、「パパ、あんまり見ないで」と棒読みされる。
たまに目があったとき、心が喜ぶのを感じる。
子供の問題は、親の問題でもある。
親の弱点をついてくるために生まれたようなもの。
いや、弱点があるからこそ、それが子供の問題となって現れるのかもしれない。
子供を変えることでは無い。親自身を変えること。
親の生き方を変えることが、子供を幸せにするのだと思って、今日も、私は娘の目を見る。