今日
東京などから
仙台へいらした
PSW協会の
全国理事の方々と
お会いして
きました。

被災地に
張り付いての
支援や
支援者たちの
コーディネートを
してほしいとの
依頼です。

早ければ
来週から。

拠点は
石巻ですが

宮城県内
全域に
なります。

もちろん
快諾しました。

私に出来るならば
やりましょうと
思ってね。


ただ
いろんな
不安は
ありますよ。


心のケアチーム
での支援も
多大な
エネルギーを
使いました。

帰宅してからは
すぐに
寝てしまう程。


県外から
来られる
支援者たちは
2泊~5泊程度
ですが

私は先が
分かりません。


県内外の
支援者のケア
も含まれてます。



お手伝いして
くれる方々も
いるので
まぁ~
大丈夫でしょニコニコ

依頼が来るのは
専門職として
有難いことです。


とにかく
やれることは
やってきますね。


毎日毎日…
泣きたくなる
くらい
悲しいことや
辛いことが
あるけれど

今は踏ん張り時


笑顔で楽しく
過ごすように
してます。

笑顔が連鎖
されますようにドキドキ

と祈りながら。



震災で
みーんな
本当に大変な
思いをしてますが

震災で
学んだことも
いっぱい
あります。

この震災で
色々な方と
出逢いました。


この学びや
出逢いは
私にとって
宝物ですね。


多くの方の
温かな気持ち

いっぱい
届いてますよドキドキ


ありがとう
ございますニコニコ


まだまだ先は
長い道のりですが

これからも
ご支援を
よろしく
お願いしますドキドキ




亘理の
老人ホームに
東京から
届いた物資を
届けて
きました。

その老人ホームには
在宅支援も
行っているので
在宅中心にと
お渡しして
きましたが

スタッフも
被災者。

避難所から
通勤してる
スタッフも
いました。

また
同法人の
スタッフ
デイサービス
利用者

数名
津波の犠牲となり
お亡くなりに
なられたと。


それでも
犠牲者は
少なかった
方であると。


山元町の
海沿いにあった
老人ホームは
スタッフも
入所者も
半数以上は
お亡くなりに
なったことを
聞いてきました。

高台もなく
逃げ場が
なかったこと
でしょう。

今は
生きるために
これからの
生活や仕事を
立て直す
のが精一杯。


落ち着いたら
また
飲みにいこうねニコニコ

と老人ホームの
事務長と約束し

いつになるか
分からないけど
それを励みに
また明日から
頑張りますニコニコ

忘れられていますが・・・


仙台市内も

未だに

水道、ガスが

完全に

復旧していません。


なので、

水道やガスの出ない

家庭も多くあります。


電気が繋がると

なんとなく

完全復旧したように

思えますが

かなり不便な

思いを

しているんですよ。


また、

津波の被害のみ

ではなく

地すべりや

家屋倒壊もあり

避難所生活を

過ごしている

青葉区・太白区・泉区

の方々もいます。



それでも

何とか頑張って

震災前のような

生活に戻ろうと

頑張る仙台市民。


元気にしてますが


震災から3週間

在宅生活でも

給水車に頼る生活

入浴してない人

かなり多く

いるんですよ。


それでも

震災があったとは

思えないような

Powerで

頑張ってます


避難所から

仕事に通う方も

いますね。


みんな

遠くから

自転車や徒歩で

通ってますよ。


交通機関も

バスや電車が

動き始めてますが

範囲が決まって

いるので、

不便ですが


なんとか

日常生活を

取り戻してきてました。


ガス、水道が

復旧して

いないことが

忘れられて


被災地からも

仙台は普通に

生活ができていると

思われていますが、


そんな苦労も

見せないような

仙台市民Powerが

凄いと感心します。


今、出来ることをやる


それが仙台市民です。


飲食店の友人から

聞きました。


「温かい食事を

提供したい」


と思いで

今の宮城県内では

調達できない

食材等を

県外まで

買い付けに

行ったようです。


飲食店

スーパー

ホームセンター

等々・・

お店は

開いていますし

並ばなくても

購入できる位に

なってきています。


まだまだ

復興には

時間がかかりますが


そんな頑張る

仙台市民を

これからも

応援してくださいね。


よろしく

おねがいします。

東京の友人たちが
集めてくれた
物資が
今日届きました。

石巻、多賀城を
先に回ってもらい

名取の実家へ
段ボールで
20個以上は
あったかな?

私がこれを
亘理と若林区へ
持っていきますね。

すごい量です。

中身を確認して
必要な場所へ
お届けを
させていただきますね。


ありがとうございます桜


とりあえず
さらっと
中身を確認
しましたが

明日明後日に
配達まわりします。



たくさんの
物資を
ありがとう
ございましたニコニコ

久々に夜まで
やっていたから

立ち寄ってみましたニコニコ


そしたら
棚には
何もなく
週刊紙もない。

いつもの
おにぎりと
お弁当があり

他には…

段ボールに
入ってた
野菜や果物ガーン


普段は
野菜を扱ってない
セブンイレブン
なのに

八百屋さん
みたいに
なっていましたあせる


でも
値段は安くて
スーパーで
買うより
お得かもドキドキ

と思って
レタスと茄子を
購入ニコニコ



たまたま目についた
タバコの棚を
見ながら

『タバコって
入荷しないんですか?』


と聞いてみた。


そしたら

日本のタバコは
入荷未定で
外国産が
今週末には
入るかも…

一応入荷予定
だけど
変更になる
かもしれない。



と店員さんに
教えて
もらいました。


色んな方より
タバコの調達
を頼まれて
いましたが

しばらくは
無理っぽい
ですよ。




タバコが
またまた
高級品に
なりますね汗


せっかくの
機会なので
禁煙してみては?にひひ


さて
タバコないと
不安定になる
患者さまたちは
どうしましょ汗


天国と地獄



この言葉しか
思い浮かびません。



津波の高さ
10メートルは
超えていた
ことでしょう。


自分の家を
流されて
いくのを見て
泣いていた子を
抱き締めて
守り続けた
おじいさん。


津波に巻き込まれ
頭まで波をかぶり
奇跡的に
助けだされた
おばあさん



いっぱい
話を聴いて
きました。




まだ行方不明者の
捜索は
続いています。



私は写真を
撮ることさえ
出来なかった。


天国と地獄

この現状を
伝えたい…


私の気持ちが
落ち着いたら

写真を
撮ってきますね。




砂浜から
僅か数メートル

そんな所に
住宅が
並んでいて

夏には
海水浴客で
賑わっている
綺麗な町でした。
震災後
2週間が
経過しました。

支援をしている
方々の疲労が
見受けられます。


支援者も被災者


なのに
被災者からの
苦情も受けたりも
しています。

被災者も
避難生活で
ストレスが
蓄積されており
苛立ちも
見えてきてます。


当たりどころは
結局、役所へ。


役所へ
当たり散らしても
どうにも
ならないと
分かっていると
思うけど

どこにも
当たり所がない。

頑張って
頑張って
支援しても

当たられたら

苦しいですよね。

自分も被災者なのに。


仮設住宅

入れる世帯は
被災世帯の
半分にも
なりません。

高齢者世帯

障害者世帯

妊婦がいる世帯

などが優先です。



一般の
アパートも
なかなか
見つからないと
聞きました。


被災している
支援者たちは

どこで休めば
いいのでしょうか?


支援者たちが
潰れてしまったら

被災者たちは
だれが
支援して
くれますか?


支援者たちを
もう少し
休ませて
あげてください。


これから先
ずっと支援を
し続けられる
ためにも。


支援者たちも
頑張り過ぎずに
休んでください。


もう限界を
超してますよね。

テンション高い
だろうけど

これが過ぎると

一気に
ダウンします。


テンション高い時が
休む時期。


休むのも
仕事の一部です。

きちんと休んで

元気な状態で
支援をして
ください。



私が避難民ならば
元気のない
疲れ果ててる
支援者から

支援を
受けたく
ないです。



今は
支援者のケアが
必要な時期です。


東北大学病院の
心のケアチームで
被災地に
行ってきました。

午前中は
今後の活動基盤を
確立するための
打合せであり

午後から
現場入り

避難所は
医師、看護師

在宅は
臨床心理士、PSW

と二手に分かれて
行動しました。


地域で不穏に
なっている方の
ケアということで
まわりましたが

ご本人には
会えずに

困っている
地域住民の方から
お話を聞いて
きました。

自分たちの
事だけでも
大変なのに

色んな問題が
出てきて

困った時は
お互い様

ということも
ストレスとなり

『関わりたくない』

という気持ちさえ
出てきてしまいます。

そんな地域住民の
些細なストレスも
軽減したら

お邪魔した時には

爆発したような
怒りも

穏やかとなり

そのご本人のために
なるならば
協力をして
くれるとまで。


今後は
市の保健師が
ご本人に
会えるように
ちょくちょく
ご自宅に
足を運んで
くれることに
なりましたが

そんな
ご近所さんの
ケアをするのも
私たちの
役目ですね。


電気、水道、ガスが
通っていないだけでも
大きなストレスです。

そんな時に
些細な事でも
迷惑をかけられたら?

普段は
気にしないような
些細な事も
苛立ちへと
変わります。

そんな苛立ちを
受けとめて
あげるだけでも

楽になれるんですよ。

地域の方々の
気持ちが
少しでも
元気になり
穏やかになれば

また穏やかな日も
戻ってきますよね。


早く
穏やかな日々へ
戻れることを
祈り続けます。

パソコンで
一緒に
津波の映像を
観てました。

津波の第1波で
伯母の家は
すっかり
流されて
いたようです。

津波
第2波からの
映像では
すでに
伯母の家は
無くなり

『たぶん
この辺りかなぁ~』

とパソコンの画面を
伯母の家が
あった場所を
指を差して

『無事で
良かった!』

シミジミと
語り合いました。

たまたま
伯母は
娘の家に
遊びに行っており

万一
行っていなきゃ
逃げ遅れて
いたかもしれない…

と話してた。

確かに
のんびりした
伯母なので

逃げ遅れていた
かもしれない汗


無事で
良かったです。

でも
安否不明だった
方々の
訃報の連絡が
増えてきた今、

無事で
あったことを
素直に
喜べなく
なっている
のです。



多くの
知り合いが
次々と
亡くなり

しかも

外出してる間に
帰る家が
無くなる


誰もが
予想も
しなった
ことです。


幼い子供や
介護が必要な
高齢者のみが
助かったと
いう家庭も
多く出てきました。



色んな事が
次々と
あると思います。

どんなに
辛くても

一歩ずつ
前へ進んで
行けば

また平穏な
日々を
迎えることが
出来るはず。

一緒に
歩んで
行きましょうね。