精神障害者の
安否確認と
不穏な方のケアに
行ってきました。
普段無口な方が
テンションが
高くなって
いたり
パニック状態に
なっていたり
普段は元気な方が
うつ状態で
何も喋れなく
泣いていたり
不穏状態と
なっていて
医療機関へ
連れていく
ケースも
ありました。
医療に繋がって
いない方が
浮き出てきて
いまして
それは
医療従事者で
構成されてる
心のケアチームが
来る時に
診てもらうことに
しました。
精神障害ばかり
ではなく
やはり
自宅や車を
流されていた方には
農業を営み
田んぼまでもが
ダメになり
今後の生活に
不安を抱える
方々は
少なく
ありません。
以前から
知り合いだった方にも
避難所で
お会いしましたが
すっかり
元気がなくなり
家族で寄り添い
じっとしていました。
生きているだけで
幸せなんだけど…
これから
どうするかな~

と気落ちして
何をしたら
良いのかさえ
分からなく
なってましたね。
交通機関も
少しは
回復の兆しが
見えてきてますが
かなり不便です。
1日2~3本の
バスで
どのように
動けるのか?
通勤さえ
出来ない方も
いるのです。
仕事に行ったら
職場に泊まる
覚悟で
行かなきゃない
けど
子供や年寄りが
いるから
帰らなきゃない。
車もなく
どうにも
動けない
等々と
聞いてきました。
前向きになろうと
しているけど
前向きにも
なれないですよね。
じっくり
話を聴くのも
大切ですが
援助金などの
申請の仕方や
仮設住宅の
申し込み方法など
具体的な
情報の提供が
喜ばれる
ようでした。
安易な励ましは
逆に傷つけたり
怒らせたり
するので
被災地に
ボランティアへ
行かれる方は
気を付けて
くださいね。
中には
そっとしておいて
欲しい方も
いますから。
少しずつ
仙台の中心部では
復興の兆しが
見えてきました。
店頭での
販売から
店内の販売と
なったり
被害の少ない
地域では
ファミレスなども
時間は短くても
営業を始めてます。
しかし
まだまだ
被災地では
電気も
通っていない
トコもあります。
寒い体育館などの
避難所には
多くの被災者が
寒い夜を
過ごしています。
震災から
2週間が経ち
メンタルケアが
必要になって
きました。
と言うことで
仙台市と宮城県の
精神医療従事者で
構成されている
チームに
依頼があり
入ることに
なりました。
非常勤で
クリニックへ
勤務しているため
院長より
大平メンタル
クリニックの
PSWとして
行くようにと
言われてますので
被災地では
大平メンタル
クリニック
の伊藤という
肩書きで
行きますね。
ただ明日は
岩沼市からの依頼
によるケアに
なります。
チームではなく
相談員としての
立場でね。
役所で
リストアップ
された方々の
様子確認
及び
メンタルケア
を一人で
回ってきます。
そして
今後どうするかを
明日決めると
先ほど課長から
連絡ありました。
そう、
こんな遅くまで
役所職員は
働いている
んですよ。
休みは交代で
とっている
ようですが
その休みは
通常の事務仕事へ
回すことになり
結局休みなし。
職員のケアも
必要だと
先ほどの
課長からの
電話でも
話していた
とこでした。
今後をどうするかを
決める打合せは
夕方に
課長がいる
遺体安置所で
行うことに…。
明日の巡回も
「車準備したから
よろしくぅ~」
と当たり前の
ように
いわれるし…
まっいいんだけど。
とりあえず
明日、行ってきます

来週からは
どこに派遣されるか
未定ですが
月、火曜日は
チームで
被災地入りです。
・尿とりパット
・赤ちゃん用オムツ
・生理用品
・女性用下着
・粉ミルク(乳児用)
・携帯電話充電器(各社)
・靴
(スニーカーや
バレーシューズ等
動きやすい靴)
・ウェットティッシュ
(体拭き用)
・トイレットペーパー
・ティッシュペーパー
・懐中電灯
・乾電池
今は食料は
間に合っている
ようですが
生活用品が
必要とされてます。
個人的に
支援されたい方が
おりましたら
私のとこまで
メールください。
thyme-time07@mail.goo.ne.jp
現在、
東京の友人が
支援物資を
集めてくれており
東京都内より
トラックで
私の自宅まで
届けてもらう
ことになりました。
都内在住の方は
そのトラックに
物資を入れて
貰いますので
ご協力よろしく
お願いします!
この支援物資は
私が行けるとこは
私が届けてきますが
行けない地域は
県内の
私の友人等を
通じて
必要な被災地へ
お届けいたします。
また必要なリストが
来ましたら
Blogに載せますね。
仙台新港近くへ
行った帰りに
見てきました。
写真では
そんなに
酷くは
見えませんが
道路脇には
流された車や
コンテナ
そして
どこから
流れてきたのか
プレハブの小屋
などが
至る所に
散乱している
ような状態です。
新港の中までは
行きませんでしたが
現場は
凄まじいです。
テレビや写真
などを通じて
見るよりも
遥かに
衝撃的でした。
土日は
県外からも
訪れてくる方々も
多いため
凄く賑わいます。
11日金曜日も
人が多く
集まっていた
ことでしょう。
近くの
夢メッセでは
イベントが
開催されており
多数の来客も
津波の被害に
遭ったようです。
自分の車が
流されていくのを
何も出来ずに
ただ見てるしか
なかったと
偶然にも
震災時から
津波発生時に
夢メッセにいた
知り合いが
話していました。
この津波で
車を失った方も
多くいます。
命が助かった
それだけでも
幸せな事と
思えますが
車は安いものでは
ありません。
ローンが
残っている方も
多かった
ことでしょう。
自分の車が
津波に流されて
無惨な姿となった
それを
目の当たりに
したら
どんな気持ちに
なるでしょう。
廃棄された
車のように
車が積み重なり
また
車が
フェンスや木、
そして
電柱や信号機に
潰れた状態で
挟まっていたり
ぶら下がって
いたりしたら…
悲しくなりますよ。
家が流された方と
比べれば
大したことが
ないと思う方も
多いでしょう。
しかし
車を失った
本人にしか
分からない
悲しさ辛さが
あることを
決して忘れないで
ください。
家が失った方が
多くいるために
車を失った辛さを
吐き出せない方も
いるのです。
助かっただけで
幸せである
と思って
前へ進むしか
ありませんが
その心の奧には
悲しみと辛さが
潜んでいます。
あまり報道されていない
亘理地域の被害。
仙台より北の方は
たくさん報道されて
いますが
仙台より南地域の
被害も凄まじいです。
亘理山元地域は
高台がほとんどなく
避難するのは
小学校や
中学校のみ。
その学校には
エレベーターは
もちろんありません。
足の弱い高齢者は
どうやって
3~4階に
登ればいいのでしょう?
亘理山元地域での
安否確認が
出来ていない方々が
多いようです。
本日
実家の父と
父の友人が
亘理の田んぼを
見に行き
その時に
撮ってきた写真です。
↑ 線路です。
実家の田んぼです。
塩水が入り
5~10年は
米が作れません。
亘理の
鳥の海は
私が一人で
よく行っていた
釣り場でした。
釣りに行くときに
立ち寄っていた
コンビニ。
思い出が
いっぱい詰まってます。
ここで、
パンとお茶を
買っていたんだよな~
もうボロボロです。
こんなに見渡しも
良くなかったです。
この近辺にあった
民家はどこへ
消えてしまったのか。
そして漁港です。
なにもありません。
ここで
メバル釣り
したんだよね。
そして
遠くに見えるのは
鳥の海温泉
外には
無料の足湯が
あったけど・・・
鳥の海温泉の
奥の駐車場に
車を停めて
トボトボ歩いて
灯台のある
防波堤で釣りを
していたのでした。
これを見ると
涙が溢れてきます。
思い出の場所は
変わり果ててました。
1年ぶりに
釣り仲間と
今月末に
釣りに行く
約束をしたのが
震災の
3日前なんです。
楽しみにして
いたけど
しばらく釣りには
行けないですね。
無事であったから
良かったと
思うのですが、
この近くには
お世話になった
歯科医師の
上原先生が
住んでいました。
鳥の海歯科医院
安否が分かりません。
亘理の知人に
安否確認を
お願いしていますが
未だ連絡が
来てません。
避難したであろう
近くの学校。
とにかく
無事でいて欲しい
と願っています。
太白大橋で
並んでいます

食料を求めて
思い切って
車で仙台駅前へ
行ってきました

そこで
実家の父親が
大好きな
くじら刺身を
見付けて
思い切って
買いました

結局買った食料の
半分以上は
実家のために
買ってしまい
それでも
まっいいか


と思いながら
車で実家へ
向かう途中
給油ランプが
点灯


それでも
あと3往復は
出来ると
思っていたら
開いていた
ガソリンスタンドを
発見したよ

整理券もGetし
安心して
並んで
待ってました

並んでる間に
ガソリンに
飢えていた方へ
電話やメールで
連絡しちゃった

みんな整理券を
Get出来れば
良いんだけど
私が並び始めた
時には
まだ
1キロ程度の列が
今は2キロ以上は
並んでいるかも

おっ
あと数台待ちと
なりました

これで
少しは
安心です

給油出来るのは
2000円分だけ
なんだけどね

今日も3名お風呂
入りに来ました
そのうち
2名がお泊まり
することになり
余程疲れが
溜まっていたのか
布団に入るなり
熟睡しちゃいました。
色々な大変な話を
聴きましたが
本当に近くで
起こった出来事
なのだろうか?
と思うほどです。
立ち入り
禁止区域も
徐々に
解除されてきて
津波が来た
現場へも
入れるように
なったようですが
ガソリンがないので、
行けません。
宮城では
仙台より北の方が
多く報道され
支援物資も
北の方が
優先なのか
南のほうには
あまり届いて
ないようです。
亘理の老人ホームに
勤務する知人より
電話があり
電気もガスも水も
全く復旧せず
裏山へ湧水を
汲みに行き
なんとか
生き延びている、と。
状況を聞けば
高速道路まで
津波が
押し寄せてきたが
その道路を境に
西側は大丈夫だと。
亘理でそうならば
山元町も
大変な被害だと
思います。
山元町は
隣が福島県となり
原発にも
近いんですよ。
亘理、山元にも
知り合いが
多くいるので
心配です。
亘理の
漁港近くに
知人宅があり
安否不明。
また、私は
亘理の防波堤で
よく釣りを
していたんですが
そこで知り合った
おじさんたち
無事だろうか?
釣りに行けば
魚ではなく
オヤジが
釣れてしまう
と釣り仲間に
言われるほど
おじさんたちには
釣りのことを
教えてもらって
いたのが
亘理の防波堤でした。
みんな無事で
あってほしいと
願う気持ちも
むなしく・・・
悲しい知らせも
次々と来ます。
私の知り合いで
今分かっている
だけでも
5名の死亡が確認
されました。
これから
増えてくるの
でしょうね。
今日も
余震が続いています。
穏やかな日々が
懐かしいです。






















