※ネタバレあり

 

【レイの視点で】

 

レイの視点で振り返ってみる。

 

幼少の頃、両親との別れを経験する。ガラクタあさりの日々を過ごし増大する虚無感。帝国からの脱走兵のフィンの持ち込んだ騒動で、突如として壮大な戦いへ巻き込まれる。

 

戦いの中で徐々に開花する戦士の資質。遂にライトセーバーを手にしたレイは自らの中に壮大な運命の存在を確信し、遂にはルークと邂逅する。

 

しかし、激化する戦いの中で突きつけられたのは意外な真実。カイロ・レンは伝える。レイの血統に特別な者はいなかった。ただ親に捨てられただけの存在、それがレイだと。

 

もし自分が特別な存在なら、長きにわたる孤独にも意味を見出す事ができた。ルーツを辿る先に親族との再会も叶ったかもしれない。

 

その素朴な希望さえ否定されたレイ。孤独という共通項を理由に、理解者として手を差し伸べるカイロ・レン。フィンやポーといった仲間を想うが故、カイロ・レンとも決裂する。

 

ルークが去り、長き戦いが終わりへ差し掛かる頃、レイには更なる事実が突きつけられる。彼女の祖父は暗黒の皇帝、パルパティーン。

 

「光の出自」を信じたかったレイ。両親は「普通の人」。そして祖父は「暗黒の皇帝」。

 

前へ進むほどに二転三転するレイのアイデンティティ。最後に並び立ち共に在ったのは「孤独感」を共有したカイロ・レン。出自に見放されても、レイの「孤独」には確かに意味があったのだ。

 

【二転三転する制作方針】

 

ファンの賛否ある反応。ビジネス上の都合。三部作制作中にあっても、二転三転する制作方針。それらに最も影響を受けたのは上述のレイの出自と立場だろう。

 

EP7では「光の出自」

EP8では「普通の人」

EP9では「暗黒の末裔」

 

一貫性のない描写は三部作全体への厳しい評価へ直結した。映画としては確かに歪だ。しかし、それでも私が本シリーズを無下に出来ないのは、レイの出自はともかく、レイの精神に一貫性があるからだ。

 

ガラクタあさりとして孤独な日々を生きていた彼女の生来の力強さ。帝国との戦いというきっかけを見つけてからは、アイデンティティの探求のため、怖気づくことなく歩みを止めなかった。

 

二転三転する出自の設定も「現代の風刺」と解釈できる。誰しも覚えがあると思う。小学校までは「個性を大事に」。中学、高校は「空気を読んで周りに合わせろ」。大学から就活の時期までは「個性を発揮しよう」。そして社会人となれば、「組織に尽くせ」。

 

ライフステージに応じて「求められる自己像」が二転三転する。手前勝手な社会の要請に振り回される我々と、二転三転する制作サイドの都合に振り回されるレイは同じだ。

 

我々を取り巻く現実を振り返ると、「都合の悪い現実」を前にしても、「真実」を求め進み続けるレイの意思が力強く思える。

 

そしてだからこそ、そんなレイに最後に手を差し伸べたのがカイロ・レンであることも重要だ。外的環境から押し付けられた「立場」に屈することなく進み続けたレイを支えられるのが「立場に囚われない」カイロ・レンとの繋がりであることは必然だ。

 

制作の事情に翻弄された三部作だが、個人的に一番引き込まれたレイとカイロ・レンの因縁が中心に据えられた点が一貫していた点は僥倖だった。

 

【走りながら考える】

 

プリクエルが暗黒面に惹かれるアナキンの「心の内側の葛藤」を描くなら、シークエルはレイの「外側の環境の評価」と「それに左右されない意志の強さ」を描く。

 

レイには葛藤がない訳では無い。ただ勇気を持って前へ進む選択を続け、その中で成長するのだ。

 

現代は変化が目まぐるしく、腰を据えて悩む暇などない時代。「走りながら考える」力強いレイの姿勢は、「新世代への讃歌」であろう。