※ネタバレなし。
【「アギト」との出会い】
先日、25周年記念「真アギト展」へ行ってきました!
私はアギトのリアルタイム世代。当時の想い出を振り返りつつ、アギトの魅力を紹介していこうと思います。
私のヒーローの原体験はアギトより数年前。年齢も定かではありませんが、父親の影響でリアルタイム放送、再放送、VHS様々な媒体で『ウルトラマンティガ』『ウルトラマンダイナ』『ウルトラマンガイア』のいわゆる「平成三部作」を浴びるように見たことが始まりです。
作品ごとに「超古代の文明の謎」「宇宙の果ての神秘」「物理学の深淵」と異なる目的を追い求めるロマンあふれる内容に衝撃を受け、引き込まれたものですが、数年の後、出会う『仮面ライダーアギト』は、また異なる衝撃を与えてくれました。
基本的にウルトラシリーズは「一話完結」(シリーズ通して描かれる謎や前後編等もありますが)。翻って『仮面ライダーアギト』は「連続ドラマ」。前話までの視聴が必須となるからこそ可能な入り組んだ人間ドラマに引き込まれました。3人の主人公が織りなす群像劇。一人の選択が異なるものの道筋に影響し、その余波が波及していく様に目が離せませんでした。
【「群像劇」の奥深さを知る】
ウルトラシリーズが一人の主人公を中心として描かれるのに対し『アギト』は津上翔一、氷川誠、葦原涼、三者の人生が入り組み「予測不能なサスペンス」が展開されます。幼少期の自分は「基本的にヒーローは勝つもの」と思っていただけに第一話でG3がジャガーロードに一方的にボコボコにされる様がとにかく衝撃的。
そしてその後颯爽と駆けつけるアギトがジャガーロードを成敗。やがてアギト、G3の戦いにギルスも加わり三者の協力とも対立とも言い切れない複雑な関係性が進行。過激化するアンノウンそしてエルロードの猛威、徐々に紐解かれる津上翔一の記憶の謎・・・。
純粋な協力関係とも違う、しかし対立でもない、不思議なヒーローの関係性。向き合い言葉を交わすだけでなく、それぞれの選択の影響が波及していく「縁」と呼べるような、掴みどころのない3者の関係性。人と人の関わりの奥深さを垣間見るようで新鮮でした。津上翔一を通して描かれる美杉家という「家庭」。氷川誠を通して描かれる警察という「組織」。葦原涼が探求する「個人」。異なる人の営みにも引き込まれます。
物語の面白さもさることながら、キャラクター描写も見逃せません。「記憶喪失」というミステリアスな背景がありつつも、「料理」を軸に親しみを持って演出される津上翔一の人柄。「敗北」を重ねつつも決して折れぬ「信念」で誰よりも力強く描かれる氷川誠。「喪失」の連続の中、自分なりの「答え」を求めて葛藤する葦原涼。「連続ドラマ」だからこそ可能な、王道とは一味異なる人物描写に引き込まれます。
【「デザイン」の共存】
そして登場するあらゆる全てがカッコ良かった点もポイント。アギト、ギルス、G3それぞれ系統の異なるヒーローのデザインの良さはもちろん、バイクや武器(特にG3-Xのケルベロス!)も良く、怪人のデザインもスタイリッシュ。雨や炎の揺らめきといった自然物までも効果的に利用した撮影のこだわりも見逃せません。
今回のアギト展は様々な切り口でアギトの魅力を解剖しますが特に上述の「デザイン」の良さを追体験できたのは僥倖でした。神秘的なアギト(の各種フォーム)、機械的なG3(~G7)、生物的なギルス(とアナザーアギト)、それぞれ路線の異なるデザインの共存の妙技は本作の強みですね。
アンノウン、エルロード等の怪人は生物として説得力のあるデザインなだけに、このような場で展示をされると古代に存在していた生物と錯覚しそうになるほど。更に翔一の菜園や美杉家の内装など、世界観を体感できる展示も。まさか幼少期の憧れの「Gトレーラー」の内部に入れるとは!25年越しに夢が叶った瞬間でした!
【再確認する「人の力」】
アギトのドラマの本質である「異なる三者の運命の交錯」という点では、今思うと『アベンジャーズ』等のMCUを彷彿とします。それぞれの異なる信念が、互いに影響を与える「群像劇」。自分の好みの原点は『仮面ライダーアギト』にあるのかも知れない。それが確認できた25年目の再開。
アギトは人物描写の緻密さ、壮大な世界観と、とても「人間の創った作品」とは信じられないほどの傑作でした。しかし、今回の「真アギト展」で、本作が紛れもなく人の手で、地道な努力の積み重ねで構築されたものであると再確認できました。制作陣の努力は、かつてエルロードを驚愕させた「ただの人間」氷川誠の勇姿を彷彿とさせます。
25年の時を経て、困難な時代の中「人の可能性を再確認できる」特別な再開となりました。


