スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け(2019)
※ネタバレあり
映画史に残る伝説のシリーズ。スターウォーズシリーズ。9部作から成る実写の基幹シリーズ「スカイウォーカー・サーガ」。その最終作は世界で賛否両論を巻き起こしました。
歴代のキャスト、フォース、ジェダイ、ライトサイド、ダークサイド・・・ジョージ・ルーカスが生みだした象徴的な数々の設定は、寓話的な側面から扱う監督により解釈が分かれやすく、描写に揺らぎが生まれやすいものです。
そのような設定の数々からスターウォーズは数ある映画シリーズの中でも、特に扱いの難しいものの一つと言えます。
だから、長年にわたりスターウォーズに対し熱心なファンが、本作に不満を抱く部分があるのも分かります。
ただ、個人的な感想を述べるなら
レイとカイロ・レンを中心とした
「新3部作」個人的に満足行く内容でした。
【理解者は敵対者】

筆者が本作において最も心ひかれた部分は
レイとカイロ・レンの関係性です。
カイロ・レンはハン・ソロとレイアの息子です。そして、英雄ルーク・スカイウォーカーの弟子。
次世代を担う希望の象徴として過剰な期待をかけられ、やがて、周りからの期待を裏切る形で、ダークサイドへと転身します。
一方のレイはフォースを扱う才能を見出されつつも、両親の分からない、出自不明の存在として現れます。自分の出自を求めながら、ライトサイドの代表者として帝国へ立ち向かうようになります。そして、本作においてシスの皇帝パルパティーンの孫と判明します。
この二人は、未熟な若き戦士として描かれます。だから、失敗もするし、迷いもする。
アイデンティティも定まらないうちから、そんな中で周りからの期待や血脈の運命を強いられる。
そのようなストレス化から
ライトサイドにルーツを持つカイロ・レンは闇へ
ダークサイドにルーツを持つレイは光へ
それぞれに屈折した運命を歩むこととなります。
「どうして、周りの期待通りに進まないのだろう」
「どうして運命に従わないのだろう」
彼らは共に、仲間からそのような懐疑を向けられます。そのような点からレイとカイロ・レンは集団に属しながらも孤独を抱えるという共通項があります。
そして、そんな彼らの唯一の理解者は
対立する組織の代表であるお互いだけ。
レイの理解者はカイロ・レン。
カイロ・レンの理解者はレイ。
最大の理解者と、刃を交わすことになる運命。
スターウォーズの世界観を背景に描かれる
普遍的なドラマは圧倒的な熱量をもって展開されます。
スターウォーズの神話を思わせる壮大な世界観だからこそ、アイデンティティを巡る等身大の若者の葛藤のドラマが光ります。彼らの葛藤はSNSの発達で常に周りとの比較に駆り立てられ、期待の重圧を背負い、「自分らしさ」という概念に翻弄される現代の若者の姿を強く反映します。
立場の異なるもの同士のロマンスとしては「ロミオとジュリエット」
敵対者との奇妙な共感という点では「ヒート」に例えられるでしょう。
【演出の輝き】

感情の宿ったアクションシーンが私は好きです。
上述した複雑な感情を抱くレイとカイロ・レン。
彼らが中盤で展開する海上でのアクションシーンは個人的に本作のハイライトです。
吹き付ける波とそれを押し返すアクション
戦いの緊張感を反映した荒々しい動き
霧の中で輝きを放つライトセイバー
その中で展開される命のやり取り。
複雑で皮肉な経緯を辿る二人の運命と心理が
アクションの中に見事に息づいています。
ラスボスのパルパティーンも完璧です。
憎しみの滲んだおぞましい形相
背中に繋がれた大仰な機械は
有機物と無機物の融合のような歪さ
暗闇とフラッシュを対比させる演出は
古典的ながら悪役の王道表現の完成形です。
(パルパティーンの登場自体は確かに唐突だったと思います。これまで一切の伏線がなかったにも関わらず、最終作冒頭の字幕の1行のみで復活が示されるわけですから。ただラスボスとしての風格は十分です。)
また、最後にカイロ・レンが息を引き取るシーン。そのタイミングと合わせるようにレイアの遺体上のシーツが沈むことで、レイアの遺体もまた、カイロ・レンと寄り添うように消失したことが示唆されます。
レイアを演じるキャリー・フィッシャーが
本作撮影前に亡くなったことを受けての
演出の工夫でしょう。
CGやテクノロジーの最前線の映画だからこそ、アナログ的手法で情緒的な演出を成されている部分が輝きます。
全てのファンの期待に応えることは
確かに難しいものではありました。
ラストの「スカイウォーカー」を巡る展開にも
それぞれの意見があることと思います。
しかし、確かに輝く部分はあったと私は思います。
