平穏なテレビ番組が今日もにこにこと。外は秋になっている。
嫌だった運動会、馴染めなくてうんざりした中学校への通学路、家族で行った行楽地の空、肺を満たす秋の外気が思い出させるもの。全ては思い出になった。
あれほど嫌いだったある種の人々も、怖くて仕方がなかった他人の視線も。辛かったことも楽しかったこともなにもかも。
実家を出て住み着いたこの地では、既に積雪した山から冷たい風が吹いてくる。
いや、どこから吹いてくるかなど分からないが風が、昔、登山をして山頂で吸い込んだ空気と同じ匂いがする気がする。ひんやりとして、吐く息は今にも白く色づきそうだ。
部屋から滅多に出なくなってからというもの、季節感を失ってしまっていた。まだ外に出ていた夏は将来を悲観して空気など吸っていなかった気がする。春も、その前の冬も。
今は一人になり、独りになり、いろいろなものが見えるようになったようだ。
私の人生を徒に引っ張っていく神などと言うものはいないこと、私が歩んできた人生にも重みは確かにあって、こうして歩んできた自分の足が存在するということ。
決して垂れ流される時間の流れにただ流されてきたわけではないのだ。現状が誇らしいものか否か、そのどちらにせよ自分の足跡はその後ろに続いている。
秋の外気から遮断された二重サッシの室内ではテレビが相変わらず穏やかに天気予報を流している。時間が止まっているかのように静かで淀んだ室内だ。
確かに時計は動き続けている。セットされることのなくなった目覚まし時計が。
寝そべって動かないこの間にも何かは削られ、何かは積み重ねられている。自分を誇りに思うか、思わないか、これから何かを得られるか、得られないか、全ては無限に続く時間から短く切り取った人生の時間内にどう歩くかにかかっている。
早足、スキップ、駆け足、全力疾走、そして座り込み、また立ち上がる。
たった独り、泣いたり笑ったりしながら歩を進める。私は今どんな歩き方をしているだろう。今のことは未来に分かる。ただ、今は微笑みながら全力疾走をする自分を思い描いて過ごしている。
秋は、灰色の空でもって無用な期待と、甘美な絶望の無意味さを説いている。
嫌だった運動会、馴染めなくてうんざりした中学校への通学路、家族で行った行楽地の空、肺を満たす秋の外気が思い出させるもの。全ては思い出になった。
あれほど嫌いだったある種の人々も、怖くて仕方がなかった他人の視線も。辛かったことも楽しかったこともなにもかも。
実家を出て住み着いたこの地では、既に積雪した山から冷たい風が吹いてくる。
いや、どこから吹いてくるかなど分からないが風が、昔、登山をして山頂で吸い込んだ空気と同じ匂いがする気がする。ひんやりとして、吐く息は今にも白く色づきそうだ。
部屋から滅多に出なくなってからというもの、季節感を失ってしまっていた。まだ外に出ていた夏は将来を悲観して空気など吸っていなかった気がする。春も、その前の冬も。
今は一人になり、独りになり、いろいろなものが見えるようになったようだ。
私の人生を徒に引っ張っていく神などと言うものはいないこと、私が歩んできた人生にも重みは確かにあって、こうして歩んできた自分の足が存在するということ。
決して垂れ流される時間の流れにただ流されてきたわけではないのだ。現状が誇らしいものか否か、そのどちらにせよ自分の足跡はその後ろに続いている。
秋の外気から遮断された二重サッシの室内ではテレビが相変わらず穏やかに天気予報を流している。時間が止まっているかのように静かで淀んだ室内だ。
確かに時計は動き続けている。セットされることのなくなった目覚まし時計が。
寝そべって動かないこの間にも何かは削られ、何かは積み重ねられている。自分を誇りに思うか、思わないか、これから何かを得られるか、得られないか、全ては無限に続く時間から短く切り取った人生の時間内にどう歩くかにかかっている。
早足、スキップ、駆け足、全力疾走、そして座り込み、また立ち上がる。
たった独り、泣いたり笑ったりしながら歩を進める。私は今どんな歩き方をしているだろう。今のことは未来に分かる。ただ、今は微笑みながら全力疾走をする自分を思い描いて過ごしている。
秋は、灰色の空でもって無用な期待と、甘美な絶望の無意味さを説いている。