貴族にも“草”がいた──情報戦の壁と沈黙の刃【裏天正記・欧州編】 | ゆうがのブログ

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アムステルダムの空気は、どこか乾いていた。
運河沿いの町並みに混じって、活字の匂いと紙の埃が漂っている。

烈馬と霞が訪れたのは、街外れの印刷工房。
表向きは宗教刊行物を扱う小さな印刷所──だが、その地下に、ひとつの影が息を潜めていた。

「遅かったな、烈馬。いや、もう“レイ・カゲ”と呼ぶべきか」

葛城梅之助は、印刷インキで黒ずんだ手を拭きながら出迎えた。
顔には笑みを浮かべていたが、目には明らかな疲労があった。

「こっちの草も、ずいぶん減った。連絡は絶たれ、印も消され、まるで存在しなかったかのようだ」
梅之助は机に置かれた一枚の報告書を見せる。そこには──

《潜入中の“ツルギ”が、運河にて変死。証の印、切除済。》

烈馬は無言でそれを読み、霞の方を見やった。
霞が頷く。「同様の報告は、フランスとドイツでも。すでに数名、消息不明のままです」

梅之助が苦笑した。

「もう、“隠れるだけの草”じゃ通用しないってことさ。……あちらにも“目”がある」

その晩、霞は記者として改めて工房を訪れ、梅之助に取材の体裁で話を聞く。
その最中、霞はある名を口にした。

「ディルク・ファン・デア・ハウテン──知ってますか?」

「……あの貴族の秘書か?あの男は何者だ?」

「書簡を届けに来る女使用人が、草の印と同じ“折り”を使っていた。
彼自身がそれを知っているかは不明。でも……偶然ではない」

霞は続けた。

「貴族たちにも、“裏の目”がある。名前も記録も残さない者たち。
私たちと似ている……ただ、奴らの目的は、“我らの侵入”を防ぐことにあるようです」

烈馬は、印刷所の壁に貼られた数枚の古地図を見つめた。

「壁だな……敵は“目に見える防壁”ではなく、“情報の構造そのもの”を使っている」

「情報が流れる前に、染まっているんだよ」
梅之助が吐き捨てるように言った。

「我々の言葉は届かない。逆に、奴らの“意志”が、活字に姿を変えて広がっていく」

その夜、草たちは決断を迫られた。

「当面の活動を凍結する。各地の草にも指示を送る」

烈馬の言葉に、梅之助は驚いたように眉を動かしたが、やがてうなずいた。

「撒いた種が発芽せねば、土を休ませるしかないか」

霞は手帳に一行、静かに記した。

《影が影を映すとき、沈黙は武器となる》

外では印刷機が静かに回る音だけが、夜の帳に響いていた。


▶『裏天正記』ヨーロッパ編 第8話「影は影を映す」をカクヨムで読む。

📖考察:「影は影を映す」──敵にも“草”がいるという事実

1. 🔁構造が反転する瞬間──草の“対称”の登場

この章で最も衝撃的な事実は、「貴族たちの中にも、草に相当する“目”が存在する」ということです。
つまり、草たちが影から敵を見つめていたように、敵もまた草たちを“見つめ返していた”のです。

  • 潜入を続ける草が次々と“静かに消されている”という報告

  • 情報が届かず、痕跡すら残らない

  • すでに貴族社会には“無名の目”が存在しており、草の作戦は見抜かれている可能性

これは草にとって「戦の本質」が変化したことを意味します。
単なる斬撃や潜入ではなく、思想と情報そのものが戦場になっているのです。


2. 🧠梅之助の焦燥──沈黙する草の限界

梅之助は、文書偽造や情報操作の草として高い技能を誇ります。
しかし彼自身が「言葉が届かない」「伝える前に染まっている」と語るように、彼の力が通用しない状況に直面しています。

ここでは、草の一種である“文士系草”の限界と苦悩が描かれます。
静かなる知の使者たちが、敵の“情報封鎖システム”の前に手詰まりになっていく過程は、草の作戦の大きな岐路を示しています。


3. 🕯“凍結”という戦略的撤退

烈馬が下した「草の一時活動凍結」という決断は、単なる敗北ではありません。

  • 敵の“目”に動きを悟られぬよう、いったん息を潜める

  • 活動を止めることで、敵の“監視網”に偽の安堵を与える

  • 草は土に潜る──次に動く時は、もっと深く、見えぬところから

これは、「草は沈黙の中でこそ本領を発揮する」ことを改めて示すものであり、次なる展開の大きな布石となります。