不平士族の反乱4件の覚え方 | 東海林直人のゴロテマ日本史ブログ

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*受験生を応援したいと思っています。これらは勤務校の教え子に紹介してきたものですが、全国の受験生に紹介し、少しでも役に立てばと思います。なおゴロ句は苦労の発明品につき、無断複製・転載は禁止です。

□(西南戦争前の)不平士族の反乱4件(年代順) ◇B
[ゴロ]佐賀景色は/
佐賀の乱・敬神党の乱)(月の乱・の乱)
[句意]佐賀県の景色といえば秋の萩、という句。

[ポイント]

1.(西南戦争前の)おもな士族反乱は、佐賀の乱敬神党の乱秋月の乱萩の乱である。

[解説]

1.佐賀の乱(1874年)は、征韓論に敗れて下野した江藤新平が、郷里の佐賀の不平士族にむかえられて征韓党の首領となり、不平士族約2500人で政府に対して征韓と攘夷を唱えて反乱をおこしたもの。

2.江藤は皮肉なことに、司法卿時代に自ら定めた新律綱領により死刑になった。


3.さらに1876(明治9)年3月に廃刀令が出され、ついで秩禄処分が断行されると、10月、復古的攘夷主義をかかげる福岡県の不平士族の敬神党(神風連、首謀者太田黒伴雄(おおたぐろともお))が反乱をおこし、熊本鎮台をおそった(敬神党の乱)。


4.これに呼応して、福岡県の不平士族による秋月の乱(1876年10~11月、首謀者宮崎車之助(みやざきくるまのすけ))、山口県萩での前参議前原一誠の反乱(1876年10~11月)など、士族の武装蜂起があいついでおこったが、反乱はいずれも政府によって鎮圧された。