□古代1:中国の歴代王朝 ◇S
[ゴロ]しかし/お母(かん)と義母(ぎぼ)は/ずっと五大(ごだい)狙(そ)/厳命(げんめい)し
(秦(しん)・漢(かん)・新(しん))(後漢(ごかん)・魏晋南北朝)(隋(ずい)・唐(とう)・五代(ごだい)・宋(そう))(元(げん)・明(みん)・清(しん))
[句意]しかしお母さんと義母(継母)は、ずっと「五大学を狙え!」と厳命してきた、という句。「五大学」は「五大大学」(例えばMARCHとか)の意でも、お好みで(笑)。「おかん」は方言などで「おっかさんの」の意味。離別あるいは死別した実母に加えて、後妻として来た義母もいる受験生を想定。隋・唐王朝以降の「ずっと…」以下の使い道が多いと思う。奈良時代以降はこれらの諸王朝に関連しているから。
[ポイント]
1.夏→商(殷)→周→春秋→戦国→秦→漢→新→漢(後漢)→魏(ぎ)晋(しん)南北(なんぼく)朝→隋→唐→五代→宋→元→明→清
[解説]
1 本句以前の王朝に夏→商(殷)→周→春秋時代→戦国時代があるが、日本史にはほとんど関係がないので、ゴロ句作成は割愛(かつあい)した。中国王朝は、日本史受験に必要ないと思う向きもいるかも知れない。しかしこれは基本だと肝(きも)に銘じて覚えること。常に中国史との対比を考えるようにすれば、理解が深まるはずだ。日本史は東洋史の中にあるのだから。
2 魏晋南北朝(ぎしんなんぼくちょう):後漢が滅んだ220年ころから隋が天下を統一した589年までのおよそ370年間の時代の総称。
①三国時代(魏蜀呉、220~280)
②晋(西晋)の統一時代(265~316)
③東晋と五胡十六国時代(317~420、304~439)
④南北朝時代(439~589)に4分される。
3 南朝と北朝:日本関係の記述で有名な『宋書』の宋は、全土統一王朝の宋(960~1279)ではない。魏晋南北朝時代aの4王朝(宋→斉(せい)→梁(りょう)→陳(ちん))を南朝といい、この宋(420~479)をさす。なおbの北魏以下を北朝という。

〈2013青山学院・文:「百済からわが国に仏教が公的に伝えられたのは[ a ]天皇の時代である。『日本書紀』にはその仏教伝来の翌年、百済にたいして暦博士の交替と暦本の送付を要請し、翌々年には新しい暦博士が来日したことが記される。この時期に伝えられた暦は、百済と密接な関係にあった中国南朝の[ b ]で最初に作られた元嘉暦とされるが、そのわが国での本格的な定着は、602年に百済僧[ ア ]によって暦本・天文地理書・遁甲方術の書などがもたらされ、暦法が教授されてからであった。」(答:a欽明、b宋、ア観勒)〉