■あれ程までに苛烈な愛を、私は知らない。

些かの躊躇いもなく吐き出された愛の言葉は、清廉とは縁遠く、純粋とも程遠く、
いっそ二酸化炭素を大量に含ませた静脈血のようにドロリとして、

けれど尚、不純物を一切含まない蒸留水のような輝きを放つ。





「自分が一番大切だよ」
と言う人はいる。
「私は自分勝手だよ」
と言う人もいる。


けれど、本当に自分を一番大切にして、自分勝手に生きている人は、滅多にいない。
結論はそこに帰結するのかもしれないが、自分が所属する社会の中で“うまくやっていく”為に、

人は自分だけを一番に考え振舞うことは出来ない。


だのに、あの愛の在り方はなんだろう?


自己に向けられた、揺るぎない、鉄壁の愛。
ひたすら真っ直ぐに、半径無限大の円を描き、自己に帰結する。


まるで、世界中の恋人達の言う「愛してる」が全て飯事遊びに聞こえるかのような、

「愛してるよ」。





愛の告白を聞いて鳥肌が立ったのは、あれが初めてだった。





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追慕。


自分をあれほど愛し、守ろうとしたかの人は、今、どうしているのかな、って。


ふと、気になりました。